第二十四話 王城の庭園
王城へ向かう当日の朝。
フィリアは鏡の前で何度目か分からない確認をしていた。
「変ではありませんか?」
後ろに立つリゼへ不安そうな視線を向ける。
今日着ているのは社交界で着たドレスではない。
以前から持っていたドレスをリゼが手直ししたものだ。
派手さはない。
だが上品で落ち着いた印象があり、フィリアによく似合っていた。
「大丈夫です」
リゼは即答した。
「本当に……?」
「はい」
それでも不安そうなフィリアを見て、
リゼは少し考える。
「気になるなら頭に薔薇でも刺しますか?」
「刺しません!」
即答だった。
「そうですか」
「そうですか、ではありません!」
フィリアは思わず声を上げる。
だが隣のリゼは至って真面目だった。
それが余計に困る。
「本当に大丈夫ですよ」
今度は少しだけ優しい声だった。
「フィリア様によく似合っています」
「……ありがとうございます」
フィリアは少しだけ頬を緩めた。
そうして二人は王城へ向かうことになった。
◇◇◇
アルカディア王国の王城。
王都の中心にそびえ立つその姿は、
遠くから見ても圧倒的だった。
どこまでも続く高い城壁。
柱の一つ一つに施された、精巧な彫刻。
城門を守る兵士たち。
中に入ってからも途切れることのない警備の数。
「すごい……」
思わずフィリアが呟く。
王城の中へ入るのは、
小さい頃、父に連れられてきたとき以来だ。
ほとんど記憶には残っていない。
だが、この目に映る光景は
王国の中心に相応しい威厳があった。
そんな中。
リゼは別の方向を見ていた。
「石材が違いますね」
「え?」
「西側と東側で使われている石の種類が違います」
「そうなのですか?」
「はい」
「なぜ違う石材を使っているのでしょう……」
「増築したのでしょうか……」
リゼはぶつぶつと何かを考えているようだ。
その理由は、フィリアには全く分からなかった。
◇◇◇
王城に到着し、
そのまま案内された先は王城内の応接室だった。
豪華だが嫌味のない内装。
磨き上げられた家具。
窓の外には美しい庭園が広がっている。
しばらく待つと扉が開いた。
「待たせてしまったかな」
入ってきたのは王太子のセドリックだった。
フィリアは慌てて立ち上がる。
「お、お久しぶりです」
「やぁ。社交界のとき以来だね」
「王太子殿下、この度は拝謁の機会を賜り、身に余る光栄に存じます」
フィリアは深々と頭を垂れ、丁寧に挨拶をする。
「そんなに畏まらなくて大丈夫だ」
「今日は楽に接してくれ」
セドリックは苦笑する。
「急に呼び出してすまなかったね」
「い、いえ」
「一度ゆっくり話をしてみたかったんだ」
その言葉にフィリアはさらに緊張する。
耳は真っ赤になっている。
「こ、光栄です!」
そんな様子を見てセドリックは少しだけ笑った。
すると再び扉が開く。
「殿下、ご依頼の資料をお持ちしました」
一人の青年が部屋へ入ってくる。
整えられた黒髪。鋭い目つき。
二十代前半ほどだろうか。隙のない立ち姿をしている。
セドリックはソファへ腰掛けたまま頷いた。
「ありがとう」
「そこへ置いておいてくれ」
「かしこまりました」
青年は手にしていた資料をテーブルへ置く。
「ちょうど良かった」
セドリックが振り返る。
「紹介しよう」
「私の側近のレオンだ」
青年は丁寧に一礼した。
「レオン・ヴァルクスです」
フィリアも慌てて頭を下げる。
「フィリア・アルヴェインです」
「リゼと申します」
挨拶を終えると、レオンは自然な動作でセドリックの斜め後ろへ下がった。
主君を守るような位置。
だが決して前へ出すぎず、視界も遮らない。
そんな様子をリゼは何気なく見ていた。
◇◇◇
その後もしばらく談笑が続く。
「王城はいかがですか?」
セドリックが尋ねる。
「とても立派でした」
フィリアは素直に答えた。
「近くで見るとより壮大で素敵でしたし、建物も美しくて……」
「それは良かった」
セドリックは微笑む。
「リゼはどうだ?」
突然話を振られたリゼは少し考えた。
「……維持が大変そうです」
数秒の沈黙。
フィリアの顔が悲壮な顔に変わる。
「そこなのですか……」
「はい」
リゼは頷く。
「敷地が広すぎます」
「警備も多いですし、清掃だけでも相当な人数が必要です」
「庭園の管理にも専属の方がいるのでしょう」
「建物も古い部分と新しい部分が混在しています」
「補修費だけでも大変そうです」
セドリックは思わず吹き出した。
「初めて言われたな」
「普通は美しいとか壮大だとか言うのだが」
「もちろん綺麗です」
リゼは真面目な顔で答える。
「ですが、それを維持している方々も凄いと思いました」
その言葉に。
セドリックとレオンは一瞬だけ目を見開いた。
「確かに、そうだな」
フィリアは少しだけ誇らしい気持ちになる。
リゼは変わっている。
だが。
こういうところが好きだった。
ーーその時だった。
窓から強い風が吹き込む。
テーブルの上の書類が舞い上がった。
バサリ。
大きな音が響く。
次の瞬間。
レオンの腕がセドリックの前へ伸びていた。
庇うような動き。
あまりにも自然な反応だった。
「失礼しました」
レオンはすぐに散らばった書類を拾い集める。
その時。
リゼの視線がレオンの手へ向いた。
固くなった掌。
剣を握り続けた者特有の豆。
「……なるほど」
数秒後。
リゼが口を開く。
「レオン様は騎士様なのですか?」
レオンの動きが止まった。
「……なぜそう思われたのです?」
レオンは僅かに驚いたようだった。
「立ち位置です」
リゼは答える。
「殿下の斜め後ろへ自然に立っておられますよね」
「護衛の方がよく立つ場所だと思いまして」
「それに先ほどの動き」
「物音がした瞬間、殿下を庇おうとしました」
「あと手です」
「手?」
「剣を握る方の手ですね」
レオンの表情がみるみる強張る。
その横でセドリックが肩を震わせた。
「レオン」
「顔に出ているぞ」
レオンはハッと表情を戻す。
「失礼いたしました」
そして苦笑した。
「普段は騎士団の副団長を務めています」
フィリアが目を丸くする。
「副団長様だったのですか?」
「はい」
レオンは頷いた。
「側近として動く時は騎士の制服を着ておりませんので」
そこで少しだけ笑う。
「普段はあまり気づかれないのですが……」
リゼは首を傾げた。
「そうなのですか?」
「そうですね」
今度はフィリアが即答した。
その様子にセドリックは楽しそうに笑う。
「なるほど」
「確かに面白いメイドだ」
セドリックは楽しそうに笑った。
「よく言われます」
リゼは真顔で答える。
フィリアは少しだけ頭が痛くなった。
だが。
「とはいえ」
セドリックは窓の外へ視線を向ける。
「維持が大変という意見は初めて言われたな」
少し苦笑する。
「王城の庭園や建物は、この国の象徴でもありますから」
「そうなのですね」
フィリアが頷く。
セドリックはそんなフィリアへ視線を向けた。
「そういえば」
「フィリア嬢は王城は初めてですか?」
セドリックがフィリアに質問をする。
「い、いえ、昔父に連れてきてもらいました」
「レオナルド公爵に?」
「はい」
「その時、庭園は見ましたか?」
「申し訳ありません。幼かったので、あまり記憶がなくて」
「そうでしたか。ではこの後フィリア嬢がよろしければご案内しますよ」
「この王城の庭園は、どの国にも負けない美しさだと評されている自慢の庭園なんです」
「そうなのですね」
「それは見てみたいです。ぜひ、お願いします」
セドリックに案内されながら、
王城の長い廊下を歩いていく。
そして外へ続く扉を、レオンが静かに開いた。
そこに広がっていたのは、まるで別世界だった。
「これが王城自慢の庭園です」
セドリックは少し誇らしげに話してくれた。
色とりどりの花。
美しく整えられた植木。
巨大な噴水。
アルヴェイン家の庭園も立派だった。
だが規模が違う。
徹底的に管理されていることが一目で分かった。
「綺麗……」
フィリアが感嘆の声を漏らす。
一方。
「あ」
リゼが足を止めた。
「?」
「この花、図鑑で見たことがあります」
指差した先には青い花。
「この花の蜜には鎮静作用があります」
少し歩く。
「あちらは気付け薬ですね」
「葉を細かく潰して煎じて飲むと良いらしいです」
さらに歩く。
「こちらは傷薬ですね」
「茎の汁を傷に塗ると効くそうです」
「お花ですよね?」
フィリアが確認する。
「お花です」
「でも薬にもなりますよ」
真顔だった。
セドリックは少し驚いたように花を見る。
「詳しいのですね」
「本に書いてありましたので」
リゼは当然のように答えた。
「随分と幅広く学ばれているのですね」
「調べるのが趣味みたいなものです」
セドリックが優しく微笑んだ。
「なるほど」
「では次は、私がよく利用している庭へ行きましょう」
そう言って庭園の奥へ歩き出した。




