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自分は凡人だと思っていました 〜異世界では万能らしいです〜  作者: 青野 陽


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第二十三話 表面張力

王城への招待が決まってから数日。

フィリアには一つだけ、どうしても気になっていることがあった。


「リゼ」


「はい」


図書室で本を読んでいたリゼが顔を上げる。


「社交界の時のことなのですが」


「社交界?」


「あのワインのことです」


その一言でリゼは理解したらしい。


「ああ」


小さく頷く。


「表面張力ですね」


「それです」


フィリアは身を乗り出した。


「結局あれは何だったのですか?」


「表面張力です」


「それは聞きました」


「はい」


「意味が分かりません」


即答だった。

リゼは少し考えた。


どう説明したものか。


「では質問です」


「はい」


「水滴はなぜ丸くなると思いますか?」


「……?」


フィリアは固まった。

そんなことを考えたこともない。


「分かりません」


「そうですか」


リゼは近くにあったコップへ水を注ぐ。

そして指先で一滴だけ机へ落とした。


透明な雫。

小さく丸い。


「これは表面張力によるものです」


「……?」


「水や液体にはまとまろうとする性質があります」


「だから丸くなります」


「なるほど……?」


フィリアの返事は怪しかった。

理解しているようには見えない。


だが、リゼは構わず続ける。


「社交界の時も同じです」


「ワインは床に落ちても散らばろうとします」


「ですが同時に、まとまろうともします」


「私はその周囲のマナを制御して」


「まとまる力を補助しました」


フィリアはしばらく黙った。


「つまり」


「はい」


「魔法だったのですね?」


「もちろんです」


リゼは頷いた。


「マナを使いましたので」


フィリアは少し安心した。


あの場で自分だけ理解できない何かが起きていたわけではないらしい。


だが次の瞬間。


「ただ」


リゼは何でもないことのように続ける。


「ファイアーボールを作る方が簡単でしたね」


フィリアは目を瞬いた。


「どうしてですか?」


今度はちゃんと質問した。

リゼは少し考える。


「火球は火を作って飛ばすだけです」


「ですが、あの時は違います」


「飛んできたワインを観察し」


「どの方向へ飛び散るのかを予測し」


「周囲のマナをまとわせ」


「形を崩さないよう制御していました」


フィリアは黙った。

リゼは続ける。


「しかも空中でした」


「速度もあります」


「飛び散る方向も一定ではありません」


「少し力を入れすぎれば弾けます」


「弱すぎればまとまりません」


「ですので、ファイアーボールより難しかったですね」


数秒の沈黙。


「……」


「……」


フィリアはゆっくり口を開いた。


「それは普通の人にはできないですね」


「そうなのですか?」


リゼは不思議そうに首を傾げた。


「そうなのです!」


フィリアは即答した。


「むしろ、なぜできると思ったのですか?」


リゼは少しだけ考え込む。


「分かりません」


「分からないのですか?」


「はい」


即答だった。


「ですが」


「説明するより見た方が早いかもしれません」


リゼは立ち上がると、近くに置かれていたコップへ手を伸ばした。


「では実際にやってみましょう」


リゼはそう言うと、

再びコップの水を一滴だけ机の上に落とした。


透明な雫が丸く並んだ。


リゼは指先へ小さくマナを集める。


次の瞬間。


机の上にあった水滴がふわりと浮き上がった。


「えっ!?」


フィリアが目を見開く。


水滴は空中で揺れながら集まり、一つの小さな球体になる。


さらに。

そのまま机の上を滑るように移動した。


「うわぁ……」


思わず声が漏れる。

まるで生き物のようだった。


「これです」


リゼが言う。


「社交界の時も似たようなことをしました」


「似たようなこと……?」


フィリアは水球とリゼを交互に見た。

これのどこが似たようなことなのか分からない。


「やってみますか?」


「えっ」


「面白いですよ」


面白いかどうかはともかく。

フィリアは小さく頷いた。


「……やってみます」


「はい」


リゼは席を譲る。


フィリアは机の上の水滴へ意識を向けた。


マナを流す。


指先に集中する。


動け。

浮け。

集まれ。


だが。

水滴はぴくりとも動かなかった。


「うぅ……」


再挑戦。

結果。


変化なし。


三回目。

変化なし。


四回目。

変化なし。


「ゔぅ……できません……」


フィリアは項垂れた。

リゼは少し考える。


「そうですね」


「何が違うのでしょう」


「私が聞きたいです」


フィリアは半泣きだった。

リゼは机の上の水滴を見る。


「イメージでしょうか」


「イメージ?」


「はい」


リゼは当然のように頷く。


「私はまず表面張力を想像しています」


「水がまとまろうとする力です」


「その周囲へマナを流し」


「どの方向へ力を加えればどう動くかを考えます」


「さらに」


「水滴同士がぶつかった時の形も予測します」


フィリアは黙った。

数秒後。


「無理です」


即答だった。


「そうでしょうか」


「そうです!」


リゼは不思議そうに首を傾げる。


「難しいことはしていません」


「しています!」


今度は即答だった。

リゼは本気で分かっていないらしい。


少し考え込む。


「では」


「ファイアーボールを作る時はどうしていますか?」


「火をイメージして……」


「はい」


「飛ばします」


「なるほど」


リゼは頷いた。


「私は、その工程が増えただけです」


「全然なるほどではありません!」


図書室にフィリアの声が響く。


だが。

その時だった。


フィリアはふと思う。


火球を作る。

光を灯す。

風を起こす。


今までの魔法は全て感覚だった。

だがリゼは違う。


何をするにも理由がある。


なぜそうなるのか。

なぜ動くのか。

どうすれば再現できるのか。


それを考えている。


まるで――

研究者のように。


フィリアはふと、本棚の方を見る。


そこには父が残した研究記録が眠っている。


もしかすると。

父もまた。


こんな風に考えていたのだろうか。


「どうしました?」


リゼの声で我に返る。


「いえ」


フィリアは小さく首を振った。


「少しだけ」


「お父様のことを考えていました」


リゼは一瞬だけ目を瞬く。

そして静かに言った。


「でしたら」


「研究記録を読んでみましょう」


「きっと面白いですよ」


その言葉に。

フィリアは少しだけ笑った。


そうかもしれない。

父のことを知るためにも。

もっと知りたい。


そう思ったのだった。


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