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自分は凡人だと思っていました 〜異世界では万能らしいです〜  作者: 青野 陽


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19/21

第十九話 社交界デビュー

フィリアの誕生日会から三ヶ月後。


その日は朝から屋敷中が慌ただしかった。


使用人たちが行き交い。


馬車の準備が進み。


玄関ホールには緊張した空気が漂っている。


今日はフィリアの、社交界デビューの日だった。


◇◇◇


フィリアの部屋。


鏡の前に座るフィリアは、落ち着かない様子で何度も手を握ったり開いたりしていた。


「緊張していますか?」


後ろからリゼの声がする。


「していません」


即答だった。


そして、数秒後。


「す、少しだけ……」


小さく付け加える。

リゼは静かに頷いた。


「それを緊張と言います」


「分かっています」


フィリアはむすっとした。


◇◇◇


やがて扉が開く。


アンナ。

裁縫室の女性たち。


数人の使用人が部屋へ入ってきた。


「それではお支度を始めましょう」


「は、はい!よろしくお願いします!」


フィリアは勢いよく立ち上がる。


ーーそして。


あの日完成したドレスが運ばれてきた。


誕生日の日。

皆で贈ってくれた特別なドレス。


使用人たちが丁寧に着付けを行う。


スカートを整え。

リボンを結び。

刺繍を確認する。


最後に。

リゼが小さな箱を開いた。


「フィリア様」


「はい」


「こちらを」


白に少し青みがかった大きな羽。


そして、星のように散りばめられた青い宝石。


あの日贈られた髪飾りだった。


そっと髪へ飾る。


鏡の中のフィリアを見て。

誰もが息を呑んだ。


「お綺麗です……」


小さな呟き。

そんな中、1人の使用人が泣き始めた。


「フィリア様……ご立派になられて……」


「公爵様も今のお姿を見られたら、お喜びになられたでしょう」


フィリアの目にもうっすらと涙が。


だが、グッと堪えた。


「皆さんが準備をしてくださったおかげです」


「本当にありがとうございます」


わぁっと歓声が上がり、

フィリアは皆に見送られながら、馬車へ向かった。


◇◇◇


馬車の中。

窓の外の景色が流れていく。


フィリアは膝の上で手を握っていた。


緊張している。

分かっていた。


社交界。

貴族たち。

視線。

評価。


すべてが怖い。


「リゼ」


「はい」


「皆様は本当に大丈夫だと思っているのでしょうか」


小さな声だった。


リゼは少し考えた。


そして答える。


「思っています」


「なぜですか?」


「皆さんが一年かけて準備しましたので」


フィリアは目を瞬く。


「一年……」


「はい」


リゼは当然のように言う。


「皆さん本気でした」


「フィリア様も、努力されたではありませんか」


「そ、そうですよね」


フィリアは窓の外へ視線を向けた。


少しだけ胸が温かくなる。


◇◇◇


社交界の会場である王宮に到着する。


巨大なシャンデリア。

磨き上げられた大理石の床。


豪華な装飾。

数え切れないほどの貴族たち。


会場までの長い階段を、一歩また一歩と歩く。


そして、

会場へと続く扉の前に立った。


「ふぅ」


フィリアは小さく深呼吸をした。


「フィリア様、よろしいですか?」


「…はい。お願いします」


リゼが静かに一礼する。


重厚な扉がゆっくりと開かれた。


そして、会場に入った瞬間。

周囲の視線がフィリアに集まった。


「アルヴェイン公爵令嬢よ」


「よく来られたな」


「公爵は倒れたままだろう?」


小さな囁き声。


フィリアの肩が少しだけ強張る。


だが。

まっすぐ前を見つめ、俯かなかった。


◇◇◇


やがて。

名前が呼ばれる。


「アルヴェイン公爵家ご令嬢、フィリア・アルヴェイン様のご到着です」


静まり返る会場。

フィリアはゆっくりと歩き出した。


一歩。

また一歩。階段を降りていく。


半年間練習した歩き方。

頭の上に本を乗せて繰り返した訓練。


自然と背筋が伸びる。


会場の中央へ進む。


リゼもその後ろに控えていた。


その時だった。

ざわめきが起きる。


「綺麗だ……」


誰かが呟いた。


「あれがアルヴェイン家のご令嬢?」


「噂とは全然違うな」


「なんて美しいドレスだ」


次々と声が上がる。


フィリアは驚いた。


馬鹿にされると思っていた。

笑われると思っていた。


だが違う。

皆が見ている。


驚いたような顔で。


◇◇◇


ーーしばらくして。


フィリアに一人の令嬢が近付いてきた。


年齢は同じくらいだろうか。


豪華なドレス。

自信に満ちた笑み。


「初めまして」


「フィリア・アルヴェイン様ですわね」


フィリアは微笑む。


「はい」


「初めまして」


だが。

相手の笑みは少し冷たかった。


「わたくし、ドルシエ侯爵家の娘マリアンヌですわ」


「ドルシエ家の……」


フィリアが返事をする前に、

マリアンヌが遮った。


「まさか本当にいらっしゃるとは思いませんでしたわ」


「え?」


「今、アルヴェイン家は大変だと聞いておりますので」


周囲が静かになる。

これは牽制だ。


フィリアにも分かる。


「ご心配ありがとうございます」


フィリアは微笑んだ。


令嬢の眉が僅かに動く。

思った反応と違ったのだろう。


「それより、そのドレス素敵ですわね?」


「どこの有名デザイナーの作品かしら?」


令嬢の視線がドレスの裾から髪飾りまで舐めるように動く。


「あ、これは……」


フィリアが答えようとした、

その時だった。


令嬢がグラスを持ち直す。


ほんの少し。

不自然な動き。


次の瞬間。


ワインが宙へ舞った。


赤い液体がフィリアへ向かう。


周囲が息を呑む。


「きゃっ……」


誰かが叫んだ。


だがーー


ーーワインは届かなかった。


空中で止まったのだ。


時間が止まったような静寂。


赤い雫が宙に浮かぶ。


誰も動けない。


そして。


ワインがゆっくりと集まり始めた。


一滴。

また一滴。


まるで見えない手に導かれるように。


最後には。

元のグラスへ戻っていた。


会場が騒然となる。


「は?」


令嬢が固まる。


そしてーー


「何だ今のは!?」


「魔法か!?」


「あり得ない……」


「ワインが戻ったぞ……?」


「液体制御!?」


「宮廷魔術師でもあそこまで精密には…」


会場がどよめき、貴族たちの声が響く。


その中心で。

リゼだけが静かだった。


◇◇◇


フィリアは呆然と振り返る。


そこには。


いつも通りのリゼが立っていた。


「リゼ……」


小さく呟く。


リゼは少しだけワインのグラスを見る。


そして。


静かに言った。


「せっかく皆さんで作ったドレスでしたので」


ほんの少しだけ間を置く。


「汚したくありませんでした」


フィリアの瞳が揺れた。


ーーあの日。

裁縫室で夜遅くまで灯っていた明かり。


誕生日の日に贈られた髪飾り。


アンナ。

トニー。

使用人たちの笑顔。


半年間の出来事が胸を過ぎる。


フィリアは思わず微笑んだ。


「ありがとうございます」


その言葉は。

ドレスに向けたものではなかった。


リゼは首を傾げたが、

それ以上は何も言わなかった。


会場のざわめきはまだ続いている。


けれど。


フィリアの胸の中にあった不安は。

もうほとんど消えていた。


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