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自分は凡人だと思っていました 〜異世界では万能らしいです〜  作者: 青野 陽


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18/21

第十八話 十三歳の誕生日

ーー朝。


柔らかな陽射しがカーテンの隙間から差し込んでいた。


フィリアはゆっくりと目を開く。


今日は誕生日。

十二歳最後の朝だった。


けれど。


特別な予定は何もない。


昔は小さな誕生日会が開かれていたこともあった。


父がいて。

母がいて。

使用人たちがいて。


皆で食卓を囲み、笑い合っていた。

けれどそれも昔の話だ。


公爵家の状況が悪くなってからは、そんな余裕もなくなった。


今年もきっと、いつも通りなのだろう。


少しだけ寂しい。


けれど。

今はそれよりも大切なことがある。


三ヶ月後には社交界デビューを控えているのだから。


あれから、半年の月日が流れていた。


礼儀作法も。

ダンスも。

勉強も。


少しずつではあるが前へ進んでいる。


午前中。

礼儀作法の授業。


フィリアの頭の上には一冊の本が乗っていた。


半年前なら数歩で落ちていた本だ。


「では歩いてみましょう」


エルマン先生の言葉に頷く。


一歩。

二歩。

三歩。


本は落ちない。

そのまま部屋を横切る。


さらに歩く。

そして一周。


「素晴らしいです」


エルマン先生が満足そうに頷いた。


「合格です」


フィリアは目を丸くする。


「本当ですか?」


「ええ」


「半年前とは別人のようです」


「良く頑張りましたね」


フィリアの顔がぱっと明るくなる。


そんな様子を見ていたリゼが静かに言った。


「本も無事でした」


フィリアが振り返る。


「そこなんですか!?」


「落下による損傷は確認できませんでした」


真面目な顔だった。


エルマン先生が咳払いをして顔を逸らす。


肩が少し震えていた。


◇◇◇


続いて、カーテシーの練習。


「ではカーテシーを」


フィリアはゆっくりと足を引く。


スカートの端を摘み。

美しく一礼する。


以前なら何度もふらついていた動作だ。


だが今は違う。


動きに無駄がない。


「見事です」


エルマン先生が微笑んだ。


「社交界でも十分通用するでしょう」


フィリアは少しだけ頬を赤くする。


「ありがとうございます」


その横でリゼが小さく頷いた。


「三回転んでいた頃が懐かしいですね」


「それを言わないでください!」


思わず声を上げる。


リゼは不思議そうに首を傾げた。


フィリアは思わず笑ってしまう。


◇◇◇


昼食後。

部屋へ戻る途中だった。


廊下の先でアンナの姿が見える。


何やら大きな箱を抱えていた。


「あれ?」


フィリアが声を掛ける。


「アンナさん?」


「ひゃっ!?」


アンナが飛び上がった。

慌てて箱を背中へ隠す。


明らかに怪しい。


「どうされたのですか?」


「い、いえ!」


「何でもありません!」


アンナの目が泳いでいる。


「その箱は?」


「な、何でもありません!」


そう言うと、アンナは慌てて走り去ってしまった。


フィリアは呆然とする。


「何だったのでしょう……」


◇◇◇


さらにその後。


庭園の近くを歩いていると、今度はトニーを見つけた。


両手いっぱいに花を抱えている。


「トニーさん?」


「あっ!」


トニーも固まった。


「綺麗なお花ですね」


「こ、これは庭園の管理です!」


「花束ですよね?」


「庭園の管理です!」


力強かった。


そしてそのまま逃げていった。


フィリアは首を傾げる。


「最近、本当に皆さん変ですね……」


◇◇◇


その日の夕方。


部屋で本を読んでいると扉がノックされた。


「フィリア様」


アンナだった。


「少しお時間を頂けますか?」


「今ですか?」


「はい」


どこか緊張しているように見える。


フィリアは本を閉じて立ち上がった。


「分かりました」


◇◇◇


案内されたのは使用人棟の奥だった。


普段あまり来ない場所。

やがて一つの扉の前で立ち止まる。


「こちらです」


アンナが微笑んだ。


「どうぞ」


フィリアはゆっくり扉を開いた。


次の瞬間。


「お誕生日おめでとうございます!」


部屋いっぱいに声が響いた。


フィリアは固まった。


花。

飾り付け。

小さなケーキ。


そして。

大勢の使用人たち。


トニーも。

アンナも。

ヴァンさんも。

裁縫室の女性たちも。


皆が笑顔で立っていた。


「え……」


言葉が出ない。


「お誕生日おめでとうございます、フィリア様」


アンナが微笑む。


「皆で準備したんです」


フィリアの目が大きく見開かれた。


誰も覚えていないと思っていた。

今年は何もないと思っていた。


なのに。

胸の奥が熱くなる。


「あ、ありがとう……ございます……」


それだけ言うのが精一杯だった。


◇◇◇


誕生日会が始まる。


小さなケーキ。

手作りの飾り付け。


普段は忙しく働いている使用人たちが、今日は皆笑顔だった。


「お誕生日おめでとうございます、フィリア様」


「おめでとうございます!」


「今日は楽しんでくださいね」


次々に掛けられる祝福の言葉。


フィリアは戸惑いながらも微笑む。


誰も覚えていないと思っていた。

今年も静かに終わると思っていた。


けれど違った。

こんなにも多くの人が、自分の誕生日を祝ってくれている。


胸の奥がじんわりと温かくなる。


◇◇◇


しばらくして。

リゼが前へ出た。


「皆様」


部屋が静かになる。


「そろそろよろしいでしょうか」


リゼは壁際に掛けられていた大きな布へ近付く。


「フィリア様」


「プレゼントです」


フィリアが顔を上げる。


バサっと布が外された。


息を呑む。


そこにあったのは。


一着のドレスだった。


「綺麗……」


自然と声が漏れる。


誰かが言った。


「着てみてください!」


リゼはフィリアにそう言って試着を促した。


「い、いいんですか?」


「こんなに素敵なドレスを私なんかが…」


「元々フィリア様のドレスですから」


リゼは当然のように、そう答えた。


◇◇◇


しばらくして。


扉が開く。


ドレスに着替えたフィリアが姿を現した。


「ど、どうでしょうか……?」


フィリアは恐る恐るみんなの顔を見る。


だが、誰も言葉を発しなかった。


フィリアは居た堪れなくなった。


しかし、どこからかぽつりと声が聞こえた。


「お綺麗です……」


誰かが呟く。


それをきっかけに歓声が広がった。


「フィリア様、素敵です!」


「フィリア様の可愛らしさが引き立っています!」


「どの令嬢にも負けません!」


「まるでフィリア様のためだけに作られたドレスのようです!」


「なんと可愛らしい!」


フィリアは思わず、恥ずかしそうに頬を染めた。


「皆さん、あ、ありがとうございます」


その時だった。


リゼが静かに近付く。


「フィリア様」


手には小さな箱。


「こちらを」


箱を開く。


中には髪飾り。


白に少しブルーがかった大きな羽。


そして、青い宝石が星のように散りばめられた髪飾りだった。


リゼはフィリアの髪へそっと飾る。


鏡の前に立つ。


「これは?」


「ドレスに合うかと思い、作りました」


フィリアが目を丸くする。


「リゼが作ったのですか?!」


「はい」


「ドレスは裁縫担当の者たちと少し手を加えました」


「そんな……」


「お気に召しましたか?」


鏡に映る自分は、

今まで見たことのない姿だった。


「私には勿体ないです……」


小さく呟く。


すると。

リゼが静かに答えた。


「私はフィリア様だから似合うと思います」


「皆さんもそう思っていますよ」


フィリアは使用人たちを見る。


皆が今のフィリアの姿を見て、頷いていた。


誰一人として、否定する者はいなかった。


部屋が静まり返る。


フィリアの瞳が揺れた。

気付けば涙が溢れていた。


「ありがとうございます……」


その場にいた全員が、幸せな笑顔に包まれていた。


◇◇◇


ーーその頃。


公爵家の執務室。


窓の外には夜の闇が広がっていた。


机の上には書類の山。


その中でディオナは一枚の書類から目を離し、窓の外へ視線を向ける。


遠く。

使用人棟の明かりがまだ灯っていた。


「無事終わったようね」


ぽつりと呟く。


その後ろに立つアルフレッドが静かに頷いた。


「そのようです」


短いやり取りだった。


しばらく沈黙が流れる。


やがてディオナが小さく息を吐いた。


「まさか本当にやるとは思わなかったわ」


アルフレッドの口元が僅かに緩む。


「リゼのことですから」


ディオナは肩をすくめた。


「使用人たちを巻き込んでドレスを作るなんて」


「普通は思いつかないでしょう」


「あれは普通ではありませんので」


即答だった。


ディオナは思わず苦笑する。

確かにその通りだった。


「フィリアは喜んでいたかしら」


ふと。

そんな言葉が漏れる。


アルフレッドは少しだけ考えた。


そして、静かに答える。


「ええ」


一拍置く。


「おそらく」


ディオナは何も言わなかった。

ただ窓の外を見る。


遠くで揺れる灯りを。


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