第十七話 みんな何か隠している
最近、みんなの様子がおかしい。
フィリアはそんなことを考えながら朝のお茶を飲んでいた。
窓の外は晴天。
穏やかな朝だ。
けれど。
屋敷の中は何となく慌ただしい。
今までも忙しそうではあったけど。
「リゼ」
「はい」
いつものように、
隣で仕事をしている専属メイドへ声を掛ける。
「最近、何をしているんですか?」
「仕事です」
即答だった。
フィリアは瞬きをする。
「そうではなくてですね……」
「仕事です」
「……そうですか……」
どうやら教えてくれないらしい。
◇◇◇
それはアンナも同じだった。
廊下で出会ったアンナへ声を掛ける。
「アンナさん」
「はい?」
「最近、何か隠していませんか?」
アンナが吹き出した。
「どうでしょう?」
「その反応は隠していますね?」
「ふふっ」
アンナは笑うだけだった。
やはり教えてくれない。
フィリアはますます首を傾げた。
◇◇◇
午後。
社交界デビューへ向けた礼儀作法の練習が始まった。
「背筋を伸ばしてください」
家庭教師のエルマン先生が言う。
フィリアの頭の上には一冊の本が置かれていた。
姿勢を矯正するためだ。
「では歩いてみましょう」
「はい」
一歩。
二歩。
三歩。
ドサッ。
本が落ちた。
「もう一度です」
「はい……」
再挑戦。
一歩。
二歩。
三歩。
ドサッ。
また落ちた。
フィリアは肩を落とす。
「はぁ……」
「難しいです……」
すると後ろで見ていたリゼが静かに口を開いた。
「本が可哀想です」
フィリアが振り返る。
「本を心配するんですか!?」
「落下による損傷が懸念されます」
真顔だった。
フィリアは思わず吹き出す。
家庭教師は二人のやり取りを見ていたが、
目を瞑り、口元を隠し肩を小刻みに震わせていた。
◇◇◇
その後はカーテシーの練習だった。
何度も。
何度も。
何度も。
足を曲げる。
立ち上がる。
また曲げる。
「ふぅ……」
フィリアの足は既に限界だった。
だが家庭教師は容赦しない。
「あと十回です」
「じゅ、十回……」
フィリアは絶望した。
その様子を見ていたリゼが小さく頷く。
「順調ですね」
「どこがですか!?」
思わず叫んでしまう。
ハッと、エルマン先生の顔を見る。
何か言いたげな表情をしている。
「し、失礼しました」
リゼは首を傾げた。
「昨日より安定していますよ」
「それは……そうかもしれませんが……」
フィリアは、肩を落とした。
◇◇◇
休憩時間。
窓際の椅子へ腰掛ける。
外では使用人たちが忙しそうに動いている。
以前も忙しそうではあったが、
最近は皆どこか楽しそうだった。
何か良いことでもあったのだろうか。
「リゼ」
「はい」
「私、ちゃんとできるでしょうか」
ぽつりと呟く。
社交界。
公爵家。
期待。
不安。
色々なものが頭を過ぎる。
リゼは少しだけ考えた。
そして。
「できます」
そう答えた。
フィリアが顔を上げる。
「なぜですか?」
「今も、練習しているからです」
それだけだった。
難しい理屈も。
励ましの言葉もない。
だが。
不思議と安心した。
「そうですね」
フィリアは小さく笑った。
しばらく沈黙が流れる。
ふと。
フィリアは隣に立つリゼを見上げた。
「リゼ」
「はい」
「リゼは疲れないのですか?」
突然の質問だった。
リゼは少しだけ考える。
そして。
「疲れます」
そう答えた。
フィリアは目を瞬く。
「疲れるのですか?」
「人間ですので」
当然のような返事だった。
フィリアは思わず苦笑する。
確かにそうだ。
だが。
リゼは疲れを感じさせない。
いつも動いている。
本を読んで。
仕事をして。
何かを調べて。
誰かと話して。
毎日忙しそうだ。
「では、なぜそんなに動けるのですか?」
フィリアが尋ねる。
リゼは少しだけ視線を上げた。
まるで自分でも考えるように。
「好きだから、でしょうか」
「好き?」
「はい」
リゼは頷く。
「知らないことを知るのは楽しいです」
「できなかったことができるようになるのも好きです」
「皆さんから色々教えて頂けますし」
淡々とした口調だった。
けれど。
少しだけ楽しそうだった。
フィリアは気付く。
最近のリゼは忙しいのではない。
楽しんでいるのだ。
「そうだったのですね」
自然と笑みが浮かぶ。
リゼは首を傾げた。
「何かおかしかったでしょうか」
「いえ」
フィリアは首を横に振る。
少し前までのリゼは、本と仕事のことしか考えていないように見えた。
けれど最近は違う。
使用人たちと話し。
新しいことを学び。
何かを調べている。
忙しそうだった。
けれど。
今なら分かる。
「良かったです」
フィリアはぽつりと呟いた。
「……?」
リゼが首を傾げる。
「リゼが、この屋敷を気に入ってくれたみたいで」
一瞬。
リゼは言葉を失った。
そして、少しだけ考える。
「そうかもしれません」
珍しく否定しなかった。
フィリアは思わず笑う。
窓から風が吹き込む。
穏やかな午後だった。




