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自分は凡人だと思っていました 〜異世界では万能らしいです〜  作者: 青野 陽


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16/21

第十六話 フィリアのために

ーー翌日。


仕事を終えた後。

リゼはまた図書室にいた。


机の上には何冊もの本が積み上がっている。


服飾史。

刺繍図鑑。

貴族礼装集。

色彩論。

裁縫基礎。


そして、社交界の流行について書かれた本。


ページを捲るたびに新しい発見がある。


しばらく本を読んで、

静かに本を閉じた。


「なるほど」


小さく呟く。


ドレスを見た瞬間の違和感の正体が見えてきた。


あのドレスは確かに美しかった。


生地も良い。


刺繍も綺麗だ。


縫製も丁寧だった。


完成度も高かった。


だが。


あれは誰が着ても綺麗なドレスだ。


"フィリアのためのドレスではない"


だから印象に残らない。


「そういうことですか」


貴族の令嬢としては、正しいのかもしれない。


けれど。


フィリアの優しさも。


穏やかさも。


我慢強いところも。


誰よりも人を大切にしているところも。


何も、伝わってこない。


「少し手を加えましょうか」


リゼは静かに立ち上がった。


◇◇◇


翌日。


リゼは使用人棟へ向かっていた。


目指す先は裁縫室。


扉を開くと数人の女性たちが作業をしていた。


裾の補修。

ボタン付け。

破れたシーツの修繕。


皆慣れた手付きで、黙々と作業をしていた。


その中でも一人だけ。

特に丁寧な縫い目の女性がいた。


リゼはその隣へ立つ。


「少しよろしいでしょうか」


女性が顔を上げる。


「はい?」


「私に裁縫を教えていただけませんか?」


女性が固まった。


「……は?」


「私がですか?」


「はい」


リゼは頷く。


「ドレスについて勉強したくて」


女性は困惑する。


「わ、わかりました」


「ありがとうございます」


◇◇◇


それから数日。

リゼは裁縫を習いに裁縫室へ通った。


その間も使用人たちを観察し続ける。


刺繍が得意な者。

細かな細工が得意な者。

色彩感覚に優れた者。

手先が器用な者。


一人ずつ声を掛けていく。


だが。

反応は予想通りだった。


「私なんかに……」


「そんな大層なことは……」


「他に仕事がありますので……」


最初は皆、戸惑っていた。


だが。

毎日のように裁縫室へ通い、真剣な眼差しで教えを乞うこの新人メイドに、少しずつ心を開いていく。


「リゼは知りたがりなのねぇ」


年配の針子が笑う。


「知らないことが嫌なんです」


リゼは真顔で答えた。


「知らない方が楽なときもあるのに」


隣で刺繍をしていた女性が肩をすくめる。


「それは責任転嫁です」


「変な子だねぇ」


裁縫室に小さな笑い声が広がった。


そんな会話を交わしながら、リゼは裁縫を学んでいった。


ある日。


リゼはふと手を止める。


「皆さんは今の公爵家をどう思いますか?」


針子たちは顔を見合わせた。


「どうって……」


最初に口を開いたのは年配の針子だった。


「公爵様が倒れられてからは良くはないわねぇ」


「まぁ、私たちもなんとかお給金は頂けてるから続けてはいるんだけど」


別の女性が小さくため息を吐く。


「また人員削減されちゃぁねぇ」


「少し前にも何人か解雇されてたし」


「次は我が身じゃないかって、いつもビクビクしてるよ」


「なるほど」


リゼは静かに頷いた。


「公爵様はどのような方だったのでしょう?」


「リゼは倒れられた後に来たから知らないのね」


年配の針子が懐かしそうに笑った。


「みんなに分け隔てなく接してくださる、本当に素晴らしいお方だったわ」


「最近の噂じゃあ、公爵様が国庫で金を横領したんじゃないかって話もあるけどねぇ」


一人の針子が声を潜める。


「私は隣国へ国家機密を横流ししたって聞いたわよ」


別の女性がさらに小声で続けた。


「そんなこと、公爵様がするはずないのにねぇ」


年配の針子が顔をしかめる。


「わからないわよ。人は見かけに寄らないもの」


「シッ!」


慌てたように別の女性が周囲を見回した。


「そんなこと口にしたら解雇されちゃうわよ!」


裁縫室に緊張が走る。


リゼは静かに頷いた。


なるほど。

公爵様は使用人たちにも慕われていた。


それに似つかわしくない噂。

何か引っ掛かる。


「では、フィリア様は?」


「え?」


今度は全員がリゼを見る。


「フィリア様のことはどうお考えですか?」


針子たちは再び顔を見合わせた。


「フィリア様はねぇ」


最初に口を開いたのは年配の針子だった。


「可愛らしくて、お優しい方よ」


「だけど魔法の才能がないって聞くし……」


「公爵家の一人娘で期待されていただけにねぇ」


「ディオナ様にも公子様がいれば良かったんだけれど……」


「公爵様も倒れられたしねぇ」


「お可哀想なことだわ」


皆どこか複雑そうな表情を浮かべていた。


「なるほど」


リゼは小さく呟く。


そして。


「では、フィリア様に魔法の才能があれば問題はないと?」


全員がぽかんとした。


「え?」


「ま、まぁ……そうなんじゃないかしら?」


「私たち下っ端には難しい話はわからないわ」


公爵家の跡取り問題か。


リゼはそう結論づけると、再び針を持った。


そして何事もなかったかのように、

黙々と布を縫い始めた。


◇◇◇


その頃。


フィリアは首を傾げていた。


最近のリゼは少し忙しそうだった。


図書室へ通う頻度も増えている。


使用人たちと何か話していることも多い。


だが。

何をしているのかは教えてくれない。


「何をしているのでしょう……」


小さく呟く。


すると隣にいたアンナが笑った。


「さぁ?」


「でも楽しそうですよ」


フィリアは少しだけ苦笑した。


確かに楽しそうだった。

それだけは分かる。


少し前までのリゼは、本と仕事のことしか考えていないように見えた。


けれど最近は違う。


使用人たちと話し、

何かを調べ、

何かを考えている。


「何を企んでいるのでしょう……」


思わず呟く。


「企んでいる、ですか?」


アンナが吹き出した。

フィリアもつられて笑う。


「リゼですから」


「確かに……」


◇◇◇


その日の夕方。

リゼは数冊の本を抱えて廊下を歩いていた。


その時だった。


「リゼさん」


落ち着いた声。


振り返ると

そこには、アルフレッドが立っていた。


「アルフレッド様」


リゼは立ち止まって、軽く頭を下げた。


アルフレッドは手に持った本を見た。


服飾。

裁縫。

刺繍。


どれも同じ分野だった。


「今度は何を始めるおつもりですか?」


「ドレスです」


即答だった。


アルフレッドは僅かに眉を上げる。


「あのドレスに問題でも?」


「問題はありません」


リゼは首を振る。


「綺麗なドレスでした」


「そうですか」


「ですが」


「…?」


「違和感がありました」


アルフレッドは続きを待つ。


リゼは少し考えた。

そして言葉を選ぶように続けた。


「フィリア様らしくなかった気がして」


アルフレッドは黙った。


その言葉に。

少しだけ驚いていた。


リゼはさらに続ける。


「あれは誰が着ても綺麗なドレスです」


「貴族のご令嬢のドレスとしては正しいのだと思います」


「ですが」


「フィリア様だからこそ似合うドレスではありませんでした」


静かな廊下。


アルフレッドはしばらく何も言わなかった。


その言葉は。

実は彼自身もどこかで感じていたことだった。


だが。

うまく言葉にできなかった。


「なるほど」


それだけを答える。


リゼは頷いた。


「ですので少し手を加えようかと」


「少し……ですか」


アルフレッドの視線が本の山へ向く。


どう見ても少しではない。

だが敢えて何も言わなかった。


代わりに一つだけ尋ねる。


「成功すると思いますか?」


リゼは少し考えた。


そして。


「分かりません」


と答えた。

アルフレッドが意外そうな顔をする。


「ですが」


リゼは続けた。


「やってみないと分かりませんので」


その言葉に。

アルフレッドはほんの少しだけ口元を緩めた。


「そうですか」


◇◇◇


その夜。

使われていない空き部屋。


机の上にはドレスが広げられていた。


集まったのは数人の使用人たち。


皆、何が始まるのか分からず戸惑った表情をしている。


その前に立ったリゼが静かに口を開いた。


「本日は、お集まり頂きありがとうございます」


「今日集まって頂いたのは、皆様のお力をお借りしたかったからです」


使用人たちは顔を見合わせた。


やがて一人の女性が手を挙げる。


「私たちは何をお手伝いすれば?」


リゼは迷うことなく答えた。


「フィリア様のドレスのリメイクです」


その瞬間。

部屋がざわついた。


「えっ?」


「リメイク?」


「フィリア様のドレスを?」


驚きの声が広がる。


そんな中、一人の女性が恐る恐る口を開いた。


「フィリア様の大切なドレスをリメイクするんですか?」


「社交界で着る大切なドレスでは……」


「はい」


リゼは静かに頷いた。


再びざわめきが広がる。


不安そうな顔。

困惑した顔。

反対こそしないが、皆戸惑っていた。


リゼはそんな使用人たちを見回した。


「私は先日、フィリア様のドレスを拝見したとき、どこか違和感を感じました」


「違和感ですか?」


「はい」


リゼは続ける。


「見た目は完璧な綺麗なドレスです」


「ですが、それは誰が着ても綺麗なドレスなんです」


使用人たちはさらに困惑した。


意味が分からない。

そんな表情だった。


「私はフィリア様に似合うドレスを見てみたいんです」


「今のドレスも綺麗です」


「ですが」


「もっと素敵になると思うんです」


部屋が静かになる。

誰も言葉を発しない。


リゼは続けた。


「そして、それには私だけの力ではできません」


「皆さんの力が必要です」


「どうか、お力をお借りできないでしょうか」


そう言って深く頭を下げた。


再び沈黙が訪れる。


失敗すれば取り返しがつかない。

それは皆分かっていた。


だからこそ迷っていた。


そんな沈黙を破ったのは、年配の針子だった。


「フィリア様は本当に優しい方だからねぇ」


小さく笑う。


誰かが頷いた。


「私、昔お茶を零したことがあったんです」


若い使用人が懐かしそうに笑う。


「本当なら叱られてもおかしくなかったのに」


「お怪我はありませんかって心配してくださいました」


「私は母の病気のことを覚えてくださっていたわ」


別の女性も続ける。


「それだけで嬉しかったの」


ぽつり。

また一人。


少しずつフィリアとの思い出が語られていく。


気付けば、皆の表情から戸惑いは消えていた。


やがて。


「私、やるわ」


最初に声を上げたのは年配の針子だった。


「リゼが裁縫室に通っていたのはこのためだったのね」


「私も手伝うわ」


リゼは頭を上げた。


「ありがとうございます」


すると。


「私も手伝います」


「刺繍なら任せてください」


「細工なら少しできます」


一人。

また一人。


協力を申し出る声が上がる。


裁縫担当。

刺繍担当。

細工担当。


皆どこか緊張している。


だが、その顔には少しだけ誇らしさもあった。


――フィリア様のために。


その場にいる全員の気持ちが、一つになった瞬間だった。


「では始めましょう」


リゼはそう言って一枚の紙を机へ広げる。

使用人たちが息を呑んだ。


「あら……」


年配の針子が目を見開いた。


そこには新しいドレスのデザインが描かれていた。


今のドレスを活かしながら。


フィリアらしさを加えた新しいデザイン。


「これを作るんですか……?」


誰かが呟く。

リゼは頷いた。


そして静かに答えた。


「はい」


部屋の空気が変わる。


一人が針を手に取る。

もう一人が布を広げる。


そしてまた一人。


静かに作業が始まった。


フィリアの知らないところで。

小さな秘密の計画が動き始めていた。


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