第十五話 仕立て屋
ーー数日後。
フィリアの部屋。
リゼは窓際に掛けられているドレスを見つめていた。
淡い水色のドレス。
上質な生地。
美しい刺繍。
丁寧な縫製。
完成度は高い。
だが。
やはり何かが引っかかる。
「そんなに気になりますか?」
フィリアが苦笑した。
「少し」
少しではなかった。
かなり気になっていた。
「一度、仕立て屋へ行ってみたいのですが」
フィリアが目を瞬く。
「仕立て屋ですか?」
「はい」
リゼは頷く。
「どうやって作られているのか気になります」
「服がお好きだったのですか?」
「いえ」
即答だった。
「構造が気になります」
「構造……」
フィリアはしばらく黙った。
やはり、リゼは変わっている。
◇◇◇
その後。
ディオナへ相談した結果、街への装飾品の買い出しのついでという条件で外出の許可が下りた。
同行するのはフィリア。
そして、護衛兼監督としてアルフレッド。
「アルフレッド様が来てくださるとは思いませんでした」
「予算の兼ね合いもありますので」
アルフレッドは即答した。
リゼとアルフレッドが淡々と会話をしている。
フィリアは、居た堪れ無さそうにしていた。
◇◇◇
馬車をしばらく走らせると、
王都の大通りに出た。
賑やかな街並み。
露店。
商店。
人々の話し声。
リゼは興味深そうに周囲を見渡していた。
「王都は初めてですか?」
フィリアが呟く。
「はい」
「見たことのないものばかりです」
「ふふっ」
フィリアは微笑んだ。
そんな他愛もない会話をしていると、
目的の仕立て屋へ到着した。
店内には様々なドレスが並んでいた。
「いらっしゃいませ」
「本日は、どのような商品をお探しで?」
年配の店主が笑顔で出迎える。
フィリアは丁寧に挨拶をした。
「社交界用のドレスを見せていただきたくて」
店主は笑顔で頷く。
「それは、それは、もちろんですとも」
「お名前を伺っても?」
「フィリア・アルヴェインです」
その瞬間だった。
店主の表情がほんの少しだけ固まる。
「アルヴェインですって…」
「あのアルヴェイン家の……」
周りから聞こえる、ほんの小さな声。
しかし、フィリアは笑顔を崩さなかった。
◇◇◇
店主が案内し、店内を見て回る。
様々なドレス。
様々な装飾。
「こちらなどいかがでしょう?」
「少し前の型ではありますが、最新のデザインに似たデザインのもので…」
「素敵ですね」
フィリアが笑顔で答える。
リゼは店主に質問した。
「最新のデザインのドレスはないのですか?」
一瞬、店主の顔が強張る。
だが、すぐに笑顔に戻った。
「当店は既製品を扱っておりますので、最新のデザインは置いてないんです」
「なるほど」
ここからリゼは質問攻めだった。
「では、いくつか質問させて頂いても?」
「はい?」
店主が困った表情になる。
だが、リゼの質問は続いた。
「なぜこの位置にレースを?」
「なぜこの形なのですか?」
「ドレスには他にどんな型が?」
「この刺繍には意味があるのですか?」
最初は戸惑っていた店主も、
次第に楽しそうに答え始めていた。
「面白い質問をするメイドさんですね。仕立てに興味があるのですか?」
「ええ、まぁ少し」
メモを取りながら、リゼは答えた。
そして店主は呟いた。
「良いドレスとは、着る人を引き立てるものだからね」
その言葉に、リゼはメモを取る手が一瞬止まる。
その時。
少し離れた場所から声が聞こえた。
「アルヴェイン家のお嬢様がなぜこの店に…」
「公爵様が倒れてから大変らしいぞ」
「社交界も厳しいんじゃないか?」
「没落寸前って噂だしな」
小さな声だった。
だが。
聞こえてしまった。
フィリアは一瞬だけ表情を曇らせる。
ほんの一瞬だけ。
すぐに笑顔へ戻った。
「リゼ」
「次のお店も見てみましょうか」
何事もなかったように言う。
「かしこまりました」
「店主様、ご丁寧にありがとうございました」
挨拶を済ませ、店を出る。
フィリアも笑顔で挨拶をする。
だが。
リゼは気付いていた。
フィリアが傷付いていることに。
◇◇◇
店を出た後。
しばらく歩く。
大通りの先。
ひときわ豪華な店が見えた。
大きなガラス窓。
美しく飾られたマネキン。
芸術品のようなドレス。
店の前には高級馬車が並んでいる。
「こちらは、有名なデザイナー、ルノール・マゼラン様のお店です」
アルフレッドが説明した。
フィリアは立ち止まる。
少しだけ見つめる。
だが。
それ以上近付こうとはしなかった。
店のガラスに映るドレスを見つめる。
「綺麗ですね」
小さく呟く。
ただ、それだけだった。
◇◇◇
帰り道。
リゼはずっと考えていた。
店主の言葉。
ドレスの構造。
そして。
あの時のフィリアの表情。
ふと。
仕立て屋で聞いた言葉を思い出す。
『良いドレスというのは、着る人を引き立てるものだ』
その瞬間。
何かが繋がった気がした。
「あ……」
フィリアが振り返る。
「どうしました?」
リゼは少しだけ目を細めた。
「少し分かりました」
「何がですか?」
「なぜ、あのドレスに違和感があったのかです」
フィリアは首を傾げる。
「違和感…ですか?」
「はい」
リゼはその後窓を見つめて何も言わなかった。
まだ確信はない。
けれど。
もう一度あのドレスを見れば分かる気がした。
そんな予感がした。




