第十四話 執事長の呼び出し
翌朝。
リゼはいつものようにフィリアの身支度を手伝っていた。
髪を整え終えた頃。
部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします」
入ってきたのはアンナだった。
以前より少しだけ表情に自信がある。
「どうされましたか?」
フィリアが尋ねる。
アンナは軽く頭を下げた。
「リゼさん」
「執事長がお呼びです」
リゼが首を傾げる。
「私ですか?」
「はい」
アンナは少し困ったように笑った。
「私について来てください」
なるほど。
リゼは頷いた。
「分かりました」
◇◇◇
アンナに案内され、執事室へ向かう。
執事室は屋敷の中央にあった。
書類棚が整然と並び、机の上にも無駄な物はない。
部屋の主の性格がよく分かる。
ーーコンコン。
「リゼをお連れしました」
「どうぞ」
落ち着いた声だった。
中へ入る。
窓際の机に一人の男性が座っていた。
整えられた髪。
無駄のない所作。
年齢は四十代半ばほどだろうか。
鋭い目をしているが、威圧感はない。
「初めまして」
「私がこの公爵家で執事長として任されているアルフレッドと申します」
公爵家執事長。
リゼも軽く頭を下げた。
「先日より、フィリア様の専属メイドを務めております、リゼと申します」
「存じております。お時間をいただきありがとうございます」
アルフレッドは机の上に置かれた紙へ視線を落とした。
見覚えがある。
数日前に提出した報告書だった。
「この報告書について少しお聞きしたいことがありまして」
「はい」
リゼは素直に頷いた。
「この提案をしたのはフィリア様ですか?」
「それともあなたが?」
「先日、フィリア様にお屋敷の案内をしていただいた際に私が感じたことをまとめて、フィリア様名義で提出させていただきました」
即答だった。
アルフレッドの眉がわずかに動く。
「何か問題がありましたか?」
リゼは質問する。
「いえ……」
アルフレッドはそれ以上は何も言わなかった。
「では、この者たちを推薦した理由を伺っても?」
アルフレッドは、純粋に気になった。
全くの素人を別の場所に推薦した理由が。
「はい。もちろん」
リゼは当たり前かのように頷いた。
「まず、トニーを推薦した理由は?」
「花や植物が好きだったと仰っていたので」
「それだけですか?」
「はい」
リゼは頷く。
「自分の空き時間を使ってまで庭の手入れをしていました」
「好きでなければできないと思います」
アルフレッドは黙って続きを促した。
「アンナを推薦した理由は?」
「整理が得意そうでした」
「アーロンは?」
「周囲をよく見て行動していました」
アルフレッドは静かに報告書へ目を落とした。
理由は単純だった。
あまりにも単純すぎる。
だが。
結果は出ている。
トニーは庭園へ。
アンナは執事補佐へ。
アーロンはヴァンの弟子になった。
偶然にしては出来すぎている。
「なるほど」
アルフレッドはそれだけ言った。
リゼもそれ以上は何も言わない。
しばらく沈黙が流れる。
やがて。
「ありがとうございました」
アルフレッドが口を開いた。
「今後も気付いたことがあれば報告してください」
「かしこまりました」
リゼは素直に頷いた。
そして、一礼して部屋を後にした。
◇◇◇
フィリアの部屋へ戻る途中。
屋敷の中が少し騒がしいことに気付く。
大きな箱を運ぶ使用人たち。
何やら慌ただしい。
「あっ!」
フィリアの声が聞こえた。
部屋へ入ると、フィリアが箱の前で目を輝かせていた。
「届いたんです!」
「何がですか?」
「ドレスです!」
社交界デビュー用のドレス。
採寸していたものだろう。
使用人たちが丁寧に箱を開ける。
中から現れたのは淡い水色のドレスだった。
上質な生地。
繊細な刺繍。
確かに美しい。
フィリアは少し嬉しそうに見つめている。
「どうでしょう?」
リゼへ振り返る。
リゼはしばらく無言だった。
裾。
縫製。
レース。
装飾。
生地。
視線が細かく動く。
フィリアは少し不安になった。
「リゼ?」
「面白いですね」
返ってきたのは思っていたのとは違う感想だった。
「え?」
「構造が良く考えられています」
「ですが……」
フィリアは首を傾げる。
どうやら見ている場所が違うらしい。
「気に入りませんでしたか?」
「いえ」
リゼは首を横に振る。
「綺麗だと思います」
それは本心だった。
縫製も丁寧。
刺繍も美しい。
貴族令嬢のドレスとして完成されている。
だが。
なぜだろう。
どこか印象に残らない気がした。
「そうですか」
フィリアは少し安心したように微笑んだ。
◇◇◇
その夜。
図書室。
リゼは本を閉じた。
そして、今日の昼間のドレスを思い出していた。
縫製。
生地。
刺繍。
装飾。
どうやって作られているのだろう。
どんな人が考えたのだろう。
しばらく考えた後。
小さく呟く。
「一度、仕立て屋へ行ってみたいですね」
静かな図書室に声だけが溶けていった。




