第十三話 リゼの報告書
数日後。
フィリアとリゼは庭園を歩いていた。
以前訪れた時とは少しだけ景色が違う。
伸び放題だった草は減り、花壇も整えられ始めている。
まだ完璧ではない。
だが確かに変化していた。
「綺麗になっていますね」
フィリアが少し嬉しそうに呟く。
その時だった。
花壇の手入れをしていた少年が二人に気付く。
「あっ!」
慌てて立ち上がる。
「フィリア様!」
トニーだった。
以前会った時よりも表情が明るい。
「トニーさん」
フィリアも笑顔になる。
「庭園のお手入れをしているのですね」
「はい!」
トニーは少し照れながら答えた。
「正式ではありませんが、庭園の管理を手伝わせていただけることになりまして」
「空き時間だけですが」
それでも嬉しいのだろう。
顔が生き生きとしていた。
「そうだったのですね」
フィリアは驚いたように目を丸くした。
「これも、フィリア様のおかげです!」
「私の?」
「はい!」
「……?」
フィリアが困惑している。
リゼは黙って沈黙していた。
「頑張ってくださいね」
「はい!」
トニーは力強く頷いた。
◇◇◇
次に向かったのは厨房だった。
中では相変わらず忙しそうに料理人たちが動いている。
その中に見覚えのある少年がいた。
以前、野菜の皮を剥いていた少年だ。
名前はアーロン。今はヴァンの隣で働いている。
「違う違う!」
ヴァンの大きな声が響く。
「そこじゃねぇ!」
「こっちだ!」
少年が慌てて鍋を運ぶ。
厨房中が少し笑った。
だが。
ヴァンはちゃんとアーロンを近くに置いている。
以前とは明らかに扱いが違った。
「弟子入りしたのでしょうか」
リゼが呟く。
「みたいですね」
フィリアも驚いていた。
少年は怒鳴られながらもどこか嬉しそうだった。
◇◇◇
その後。
洗濯場へ向かう。
そこで今度は別の人物を見つけた。
アンナだった。
だが。
彼女は洗濯物を運んでいない。
書類を抱えて歩いていた。
「あれ?」
フィリアが首を傾げる。
「アンナさん?」
アンナが振り返った。
そして慌てて頭を下げる。
「フィリア様」
「どうされたのですか?」
「実は……」
アンナは少し困ったように笑った。
「執事長のお手伝いをさせていただくことになりまして」
「書類整理などを任されています」
フィリアはさらに驚いた。
「そうだったのですか?!」
「はい」
アンナは少し嬉しそうに微笑んだ。
「まだ見習いですが」
「頑張ります」
◇◇◇
アンナと別れた後。
フィリアは隣を歩くリゼを見上げた。
「不思議ですね」
「何がですか?」
「トニーさんも」
「厨房の男の子も」
「アンナさんも」
「皆さん以前とは違うお仕事をされています」
リゼは少し考えた後、当然のように答えた。
「採用していただけたようですね」
「え?」
フィリアが立ち止まる。
「採用?」
「はい」
リゼは頷いた。
「屋敷を案内していただいた後、人員配置についての報告書を提出しましたので」
フィリアが固まった。
「ほ、報告書ですか!?」
「はい」
「フィリア様名義で奥様に提出しました」
あまりにも当然のような返答だった。
フィリアはしばらく言葉を失う。
「い、いつの間に……」
「図書室へ行く前です」
リゼは平然としていた。
フィリアは思わず額を押さえる。
知らなかった。
まったく知らなかった。
◇◇◇
数日前。
公爵夫人の部屋。
ディオナは机の上に置かれた報告書を見つめていた。
「何なのかしら、この新人……」
思わず呟く。
そこには細かな文字で改善案が書かれていた。
庭園管理補助候補。
厨房補佐候補。
書類管理補助候補。
人員再配置案。
そして最後には。
『現在、屋敷全体で人員不足が発生しています』
と書かれている。
ディオナは小さくため息を吐いた。
「アルフレッド」
呼ばれて部屋へ入ってきたのは一人の男性だった。
整った身なり。
無駄のない所作。
長年公爵家を支えてきた執事長。
アルフレッドである。
「お呼びでしょうか」
ディオナは報告書を差し出した。
「この報告書なのだけれど、確認してちょうだい」
アルフレッドは静かに受け取る。
しばらく読み進める。
そして。
「……本気ですか」
小さく呟いた。
だが。
内容は理にかなっている。
少なくとも感情だけで書かれたものではない。
「奥様やレオナルド様付きの使用人を配置変えすることになりますが…」
ディオナは頷いた。
「数人移動させるくらいなら問題ないでしょう」
アルフレッドは僅かに眉をピクリとさせた。
「その報告書はどなたが?」
するとディオナが答える。
「フィリアさんです」
「……そうですか」
アルフレッドはすぐに平然とした表情に戻り、報告書の最後のページを閉じた。
「かしこまりました。試してみましょう」
◇◇◇
ーー現在。
フィリアはまだ呆然としていた。
「私、何も知りませんでした……」
リゼは首を傾げる。
「報告は執事長を通すものかと」
間違ったことをしたつもりはないらしい。
フィリアは思わず苦笑した。
やはりこの人は変わっている。
◇◇◇
その頃。
屋敷の廊下の先。
アルフレッドは静かに二人を見ていた。
しばらく観察するように見つめる。
そして小さく呟いた。
「少し観察する必要がありそうですね」




