考えろ
負けた。
悔しい。
なのにこの悔しさが何故二時間持続しないんだろう?
「太一、帰りに中華街で豚まん買って帰ろうぜ!」
「お、おう」
負けた時は凄い悔しそうな顔してたじゃん。
「今は何を食べたって味がわからん」って感じだったじゃん。
負けて悔しいのは皆おんなじだろう。
だけど悔しさの持続時間に個人差ある。
さっきまで涙を流して悔しがってたヤツが「中華とカレー、どっちが良い?」とか聞いてくる。
五十歩百歩か。
僕だって一週間もしたら稽古さぼってカラオケに行ったりするもん。
『悔しいフリ』してるだけで、実はそんなに悔しくないのかも知れない。
天界から太一を見下ろして、新米女神は思った。
「この子、悔しさを力に変えられればもう少し強くなれるのに」
少年は落ち込んでいた。
自分の弱さは理解出来ている。
問題は弱い自分の実力すら発揮出来ない情けなさだ。
「何でこんなんなんだろ?」少年は大便器に腰掛けてため息をついた。
「太一、顧問が呼んでるよ」トイレの外から友達が声をかけてくる。
怒られるのかな?
怒られるんだろうな。
しょうがないじゃん。
試合の前までは『ああやろう』『こうやろう』て色々考えてるのに、試合になると頭の中、真っ白になっちゃうんだもん。
怒られるの、イヤだな。
でも逃げる訳にはいかない。
いつかは怒られなきゃいけないんだから。
「今行くー」無感情に同級生に言う。
「どういう声だよ」と同級生は笑う。
同級生の笑い声にいくぶん救われる。
こんな情けない僕にも、笑い声を向けてくれるヤツもいるんだな、と。
個人戦は終わった。
あとは団体戦だ。
いつも通りだ。
弱小校ならではの傷のなめ合いをして、中華街で豚まんを買って、食べて悔しさを忘れる。
僕は大便ボックスの鍵を開け、ドアを開け放つ。
そこは腰の高さまで雑草が生えた草原だった。
雑草の種類はわからない。
そんな事はどうでも良い。
僕は岸根公園の武道館にいたはずだ。
今日だって前回武道館に来た時と同じ、大便ボックスに入った。
うん、間違いない。
岸根公園の武道館のトイレだ。
前回気付いたくだらない落書きだってある。
『肛門で待ってます』
なんでやねん。
なのにトイレから出たら岸根公園じゃない。
よくわからない野原だ。
こんな野原、最近横浜にはない。
一旦トイレのドアを閉めて落ち着く。
試合前の緊張で認識が一時的に狂っているのかな?
大便ボックスがノックされる。
いかん、いかん。
武道館は無茶苦茶人であふれる。
トイレも『ウンコブーム到来か!』ってくらい混む事だってある。
いつまでも『大便ボックス』を独り占めしておく訳にはいかない。
「すいません、今出ます!」
僕は大便ボックスの鍵を開ける。
そこには全身緑色の小人が立っていた。
小人はほとんど裸だが、腰ミノを巻いている。
目は大きい。
だが、目玉は細い。
例えるなら『昼間の猫の目』だ。
なんかギーギー言っている。
カミキリ虫をつかまえた時の鳴き声に似ている。
髪の毛は頭頂部に申し訳程度に生えている。
アゴは三日月のように尖っていて、イチゴのように鼻は大きい。右手には小さな石斧を担いでいる。
石斧の柄は木の枝で出来ており、先端には平べったい石が何かの植物の蔓で枝に巻き付けてある。
石斧は大きくないが「よっこいしょ」という感じに担いでいる所を見ると腕力はかなり低い。
肌の色は緑がかっていて、爪は尖っている。
素足で普段生活しているようだ。
小人は僕の全身を見回すと、僕が素肌に柔道着を着ているのに気付いて、肌が露出している部分、首筋目掛けて石斧を振り下ろしてきた。
ゴキッ
鎖骨が砕ける感覚。
激痛で意識を手放す。
意識がなくなる瞬間、僕は糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちる。
そこに僕の脳天目掛けて小人が石斧を振り下ろす。
「あぁ、死んだな」とどこか他人事のように考える。
ふと、意識を取り戻す。
ここはどこだ?
武道館のトイレだ。
コンコン
トイレのドアがノックされる。
僕はビクッとする。
「おーい、太一生きてるかー?大丈夫かー?
大丈夫なら顧問の先生が呼んでるぞー。
あの様子なら怒られるかもな。
『情けない試合をするな!』って。
ご愁傷さま!」と柔道部の同級生の声。
どうやらトイレの中で夢をみていたらしい。
トイレがノックされて、開けたら草原で草原に現れた小人に、理不尽に殴り殺される、という。
「夢・・・だった・・・のか?」
生々しい痛みの記憶が夢だった事をなかなか受け入れない。
だが『夢だった』以外に自分を納得させられない。
だって僕はどうやら無傷で生きているようだから。
僕はドアの向こうにいる同級生に聞く。
「僕を呼びに来たのは二回目か?」と。
何でそんな事を聞きたいのか?
『納得したいから』に決まってる。
考えてもみろ。
僕は理不尽に知らない所に飛ばされて、殺されたんだぞ?
『二回目だよ。太一トイレにこもりっぱなしないんだもん』と同級生に言って欲しい。
それで何とか自分を納得させられるのだ。
じゃなくても脂汗と震えが止まらない。
『理不尽に小人に殺された』
自分の身体がそう信じて疑わない。
同級生に答えて欲しいのに、何にも言わない。
コンコン、コンコン
同級生は答えずにトイレのドアをノックするだけだ。
「だから、何とか言えってば!」
僕はイラっときてトイレのドアをガバッと開けた。
そこに広がっていた光景は見渡す限り、雑草が生えた草原だ。
鍵を開ける前に上を見ろよ。
トイレの上に大空が広がってるんだから。
・・・ということは、トイレのドアをノックしてたのは同級生じゃなく・・・石斧をかついだ小人だった。
小人は前回と同じように、肌が露出している僕の首筋に石斧を振り下ろしてきた。
「な、何で!?」
意識を失って、絶命するまで前回より若干落ち着きがあった。
イヤだ。
痛いのも、怖いのも、苦しいのも、もうイヤだ!
『次回があるなら』
同じ方法で殺されるのはもうイヤだ。
何か逃げる方法があるはずだ。
考えろ・・・考えろ・・・考えろ




