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三倍段  作者: 海星
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試練

 横浜の岸根公園に武道館がある。

 日本武道館だけが武道館じゃない。

 大きさはそれぞれだが全国各地に武道館はある。

 神奈川県の武道館は横浜にあるのだ。


 武道の強豪校は県毎にいくつか存在する。

 神奈川にもいくつか武道の強豪校はある。

 そしてその数十倍武道に力を入れていない高校はある。

 神奈川もそれは同様だ。

 武道と言っても一つじゃない。

 柔道もあれば、剣道もあれば、弓道もあれば、合気道もある。

 僕が行っている県立高校には柔道部と剣道部しか武道はないが。

 で、僕は柔道部に入部した。

 僕にも『強さ』に対する憧れが少しはあった。

 『史上最強』を夢見た事も恥ずかしながらある。

 本当は空手がやりたかった。

 だが、僕が通う事になった県立高校に『空手部』はなかった。

 だいたい空手には流派が多すぎる。

 だから『自分が想い描くような空手部』が通う高校に偶然存在する可能性は低い。

 だから柔道を始めた。

 柔道でも『強さ』は追い求められる。

 しかし高校からでは間に合わない事が多い。

 間に合うレアケースも存在するが。

 プロレスラーになった小川直也は高校から柔道を始めて、オリンピックで銀メダルを取った。

 でも僕に小川直也と同じ、身体能力があるワケじゃない。

 むしろ身体能力が低い者は、そのハンディを埋めるため、子供の頃から柔道をやるべきなのだろう。

 特別な身体能力がない者こそ、小学生、遅くとも中学生から武道を始めるべきなのだ。

 だから審判をしている者からしても『高校生で無段者』なんていてもいなくても同様な存在だ。

 審判をしている者達が『性格の悪い能力主義者』という訳ではない。

 審判の多くは教員であり、生徒達の安全を祈っている。

 『生徒達の安全を祈っている』からこそ、受け身も出来るか怪しい初心者達が強者の中に混じる事を恐れているのだ。

 教育者としては弱者が強者を目指すことに大した問題を感じないのだが、強者の中に弱者が混じって練習する事に危険を感じる。

 言うまでもない、『強者が弱者に怪我を負わせる可能性が高いから』だ。

 強者には技術も知識も充分に与える。

 弱者には最低限の技術と知識しか与えない。

 こうして柔道をやっている高校生は『強者』と『弱者』に二極化される。


 教育者の多くは生徒に大怪我をさせたくないだけなのだが、『強者』に区分された生徒の中には『選民意識』に目覚めた者もいる。

 逆に『弱者』に区分された者の中には『劣等感』を感じる者も多い。


 武道館の空き部屋で僕ら選手は道着に着替える。

 が、強豪校が着替える場所を大きく確保している。

 弱小県立高校は着替える場所を探すだけでも試合前から一苦労しなきゃならない。


 その日は珍しく、着替えるスペースが開いていた。

 「こりゃラッキー!」と空いているスペースに荷物を置く。

 着替えようとしていると背中の方向から大声が聞こえる。

 「ここは先輩達が荷物を置く場所です!

 申し訳ありませんが、場所を譲ってはもらえませんか!?」

 そちらの方向を見るとヒョロヒョロガリガリのいかにも『高校一年生』。

 贅肉が一切ついていないから、下手したら僕らよりヒョロヒョロに見える。

 僕がビビったのはそのガキを見てじゃない。

 そのガキの制服を見て、だ。

 そのヒョロガリのガキの着ている制服は間違いない。

 神奈川で二番目に柔道の強豪校と言われている学校の制服だった。

 今の段階で僕はヒョロガリのガキよりは柔道は強いだろう。

 そりゃそうだ。

 僕は一応、一年以上柔道の練習はしている。

 しかし一ヶ月後、僕はこのヒョロガリのガキに勝てないだろう。

 というか、一ヶ月後、ガキはヒョロガリじゃないはずだ。

 それに「今、柔道をやったら、僕はコイツになんとか勝つだろう。

 でももし喧嘩になったら、僕はこのガキに負けるかも知れない」

 それは予感じゃない。


 去年、同時に柔道を始めた友達がいる。

 まだ、柔道に自分の能力のなさに絶望していなかった頃の話だ。

 昇段審査を受けに行った。

 二回目だった。

 全勝すれば一日で初段になれる。

 一回目に行った時、僕は一敗した。

 一日じゃ初段にはなれなかった。

 何回か昇段審査に参加すれば僕だって初段になれる。

 で、二回目の昇段審査に参加したときに、強豪校で柔道をやっている高校から柔道を始めたヤツと仲良くなった。

 ソイツはセンスがないのか、大して強くなかった。

 だが、二試合終えた段階でスタミナがバケモノのようにあることがわかった。

 強豪校で稽古する、という事はそういうことだ。

 結局、ソイツは一回で初段を獲得した。


 僕は愛想笑いしながら、場所を譲った。

 現時点では勝てる。

 でも数ヵ月後に僕は雑魚扱いされる。

 

 試合は散々だった。

 試合前にお決まりの吐き気に襲われた。

 相手は大して強いヤツじゃない。

 だが、試合前に緊張とパニックに襲われた僕は無様にボロ負けする。

 『何がいけなかったか?』

 反省が次への課題になれば負けも無駄じゃない。

 でも緊張とパニックで訳がわからなくなっている僕は後から振り返ってみて、試合内容を何一つ覚えていない。

 つまり、負けても得るモノがない。

 

 「クソだな」1人の神が言う。

 「だが『人財』はその世界から引き抜けない。

 『人罪』の中からマシなヤツを選んで連れて行くしかない」違う神が言う。

 「で?

 あの男のどこがマシなのかしら?

 負け犬にしか見えないけど」女神らしき女性が辛辣に言う。

 「一応、ソイツは武術をかじってはいる。

 一般人よりは体力も技能も・・・そして知能も高い。

 だが、とにかくあがり症で本番は持ってる力の半分も発揮出来ないようだが。

 それよりソイツは『善人値』が極めて高い」

 「能力が高くても『善人値』が低かったりするからな」

 「すいません。

 私、女神になったばかりで『善人値』というモノが良くわかりません」

 「『善人値』が高くないと『善人』にはなれないのさ。

 ましてや我々が必要としている『救世主』とか『勇者』というのは『善人値』が絶対必要なんだ。

 『善人値』が低かったら、いくら能力値が高くても『暗殺者』とか『独裁者』にしかなれない」

 「だから異世界に『善人値』が高い人物を異世界に連れていこうとしてるんだけど、なかなかめぼしいヤツがいない」

 「でもあんなヤツ、異世界に連れて行っても瞬殺されるに決まってますよね?

 だいたい『倒すべき敵がいる』からこそ、こちらの世界から異世界へ人を連れて行くんですよね?」

 「『殺される』事は大した問題じゃない」

 「『人の命を軽んじる』ような事は言うべきでは・・・」

 「軽んじているわけじゃない。

 死なないように考えてはいる。

 そもそも神は本来『不干渉』でなくてはならない。

 だから異世界で『望ましくない者たち』が勢力を伸ばし始めた状況でも本来、傍観しなくてはならない。

 神に出来る事など異世界に『人』を数人送り込む事だけ。

 その者達が異世界を変革出来れば良し。

 出来なければそれも仕方ない」

 「でも、アイツ、何の役にも立ちませんよね?

 強豪校の下の学年の者にビビって、試合にビビって・・・。

 元々、大した実力もないクセにそのほとんどない実力も発揮出来ないロクデナシじゃないですか」

 「手厳しいのお。

 だがこの世界の『善人で実力者』はこの世界の未来のために異世界に連れていってはいけない決まりなのだ。

 こやつを異世界に送るのは既に決定事項じゃ。

 だがアヤツが異世界で『何の役にも立たない』というのも事実だろう。

 だからアヤツには『ギフト』が与えられる」

 「『ギフト』?

 何ですか?それは?」

 「ギフトは『経験値3倍』だ。

 アヤツが生きている日本には経験値もレベルアップも存在しないがな。

 

 アヤツの特技は『柔道』

 素手での武道だ。

 しかし『柔道』と『剣道』が闘った場合『剣道三倍段』などと言われており『武器を持った者が三倍強い』とされている。

 だから、素手での武道でありながら三倍早く成長するのだ」

 「その理屈はおかしいです!

 私が女神になったのはつい最近です。

 その前は『亜神』と呼ばれ、50年ほどの時を過ごしました。

 その前は神に仕える『巫女』でした。

 つまり人間だったのです。

 だからわかっています!

 『柔道初段』の者が、三倍経験を積んだところで『柔道三段』にはなれない!」

 「・・・何が言いたい?」

 「三倍経験をつんでも、三倍は強くなれない!

 それに三倍強くなったとしても、武器を持った敵に勝てるかは全く違う話です!」

 「わかっている。

 だからアヤツには『死に戻り』も授ける」

 「『死に戻り』は『ギフト』ではないんですね?」

 「・・・・・」

 「『死に戻り』は『ギフト』ではなくて、何ですか?

 『呪い』の類いですか?」

 「おい、神が『呪い』を扱うと言うのか?

 口を慎め!」

 「大変失礼しました。

 で、あれば、『死に戻り』が何なのか、教えて下さい」

 「・・・・『死に戻り』は『試練』だ」

 「理不尽に『何度も殺す』のですか?」

 「・・・だったら貴様が『ギフト』を与えたらどうだ?

 『新米女神様』?」

 「っ!

 わかりました。

 私から『石上太一』に何かしらギフトを渡します!」

 女神は太一に『弱点補強』の『ギフト』を渡す。

 


 

 

  

 

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