06
二月になった。
つまり一カ月が経過したということだがやはり大変なのは最初だけだった、いや、なんなら転校前の方がアレだった。
向こうの高校のときと違って人といることもできているし至って平和だ。
「もうすぐにバレンタインデーがくるね」
「末吉は一色にあげるのか?」
「私と広子はそういうことをしたことがないよ、それより君は貰ったことがあるの?」
ない、ゼロだ。
でも、否定的でもないから盛り上がっていても全く問題ない。
まあ、そもそも俺が否定的な立場の人間だったとしても影響力はそれこそゼロだからな。
やっかむような人間ではなくてよかったとそれだけは心からそう思っている。
「今年は天田先輩に渡そうかな」
「お、手作りか?」
「どうせならね。意外と言われるかもしれないけどお菓子を作るのは結構得意なんだよ? だからチョコはあげないけどお菓子を広子にあげたことは何回もあるよ」
「そうなのか」
菓子だったらスーパーにいって買うと決まっているため作ろうなんて考えたことはなかった。
誰かがなにかを作っているところならテレビなんかでも見られるのもある、前提となる材料なんかを買うぐらいなら出来上がった物を買った方が安い。
ただ、これも俺はこうするというだけで作る人を馬鹿にしているわけではないから誤解しないでほしかった。
そもそも作ることを馬鹿にするなら出来上がった物を買うことすらできなくなるのだから。
「あ、いまちょっと期待したでしょ? でも、まだあげるような仲じゃないからね」
「一色に作ってあげたら喜ぶんじゃないか?」
甘い物が好きそうという偏見がある。
この前みたいに敢えてコーヒーを飲んで雰囲気を出そうとしすぎる人間でもないだろう。
「スルー……それにバレンタインデーで喜ぶのは男の子ぐらいでしょ、あ。あとは女の子が好きな女の子ぐらいでさ」
「いやほら、この前の末吉みたいにこっそり見ているぐらいだからさ」
「またそんな冗談を……うわっ!?」
実は最初から見ていたから言うべきだったが言えなかった。
その顔が真剣すぎた、だから一色の話に変えてきっかけを作るしかなかった。
「私も天田先輩に作りたい、だから日和には手伝ってもらいたい」
「わ、わかったからもうちょっと離れて」
一色に圧倒される彼女が見られるとは思わなかったから新鮮だ。
怖いことには変わらないのと、聞かれたくないだろうから貫一のところに移動する。
もう放課後であまり期待もしていなかったが窓際の生徒の席を借りてのんびりしてくれていたから無駄な時間にはならなかった。
「最近、バレンタインデーの話で友達が盛り上がっていてな」
「もしかして……」
気に入らないとかではなければいいが、という考えを「気に入らないとかではない、だが、俺はまだ一度も貰えたことがないんだ」とすぐに本人が否定してくれたが……。
「マジ? 意外だな」
「基本的に男子としか過ごさないからな、だから盛り上がっている人間を見ると悲しくなるからバレンタインデー当日は休日であってほしかった……」
「あ、ほら、母さんがいるだろ?」
「母ちゃんはこっちのことを考えて渡してきたりしないぞ」
難しい問題だ。
ま、あの二人が途中でやめたりしなければ今年は貰えるのだから触れなくていいか。
当日に彼が喜んでいるところを見られればそれでいい。
「帰るか」
「おう」
昇降口のところで合流となって四人で帰ることになった、三対一になったから後ろは静かだ。
見た感じだと貫一のことが好きなのは末吉のように感じるがそうではない、また、一色もまだ諦めたわけではないとわかる。
「十四日に天田先輩とお出かけしたいんです」
動いたのは一色だ。
「十四日か、なにも予定はないが」
敢えて当日にする彼女の自信もすごい、冷静に対応をできる彼もすごい。
「二人きりでとは言いません、いまいる四人で遊びにいきたいんです」
だが、こういうところが彼女らしかった。
二人だけはまだ緊張するのだとしても末吉も含めた三人でいいだろうに。
「そうか、ならまた飲食店にでもいくか」
「そうですね」
まあ、彼は彼女にはっきり言っている状態だ、だからまた作ってほしいとはならないのもわかるが気になる。
気になると言えばこういうところでは黙っている末吉の方もそうだ。
彼が来たときに積極的に動こうとするときがあるのも彼女が動きやすくするために、なんて可能性だってゼロではない。
「ふぅ、友達といるのも楽なことばかりじゃないよね」
「合わせなければいけないときだって出てくるからな」
「でも、広子が真面目に頑張っているところを見られるだけで十分だよ」
どういう目線で見ているのかがよくわからなかった。
だからそれ以上は広げずにただ緩く会話をしながら歩いただけだった。
「おかしいな」
「そう?」
「十四日、つまり今日は四人でという話だっただろ? いやまあ、参加しないことになっても全く変ではないけどなんで末吉は残ったんだ?」
「参加するなんて空気が読めないことをできるわけがないでしょ」
「仮にそうでもなんで一緒にいるんだ? もう放課後で一時間は経過しているぞ」
なんならここは教室ではない、前に走るために利用した公園だ。
今日は俺達以外に利用している人間がいないから物凄く静かだった。
「だって広子を取られちゃったから、そうしたら暇だからね」
「俺と違って他にも友達がいるだろ」
あ、積極的に他クラスを見にいっているわけではなくて歩いているときによく廊下で盛り上がっているというだけだ。
「いつもと違うことを気にするじゃん、いつもならそんなことを言ってこないのにどうしたの? バレンタインデーだからなるべく期待しないように過ごしたいってこと?」
「いや、一色のいないところで俺と過ごしても得なことはないからだよ」
当日になったら気が変わって逃げているとかではないのだ。
暇だったとしてもゲームをやるとか本を読んだりした方が有意義な時間となる。
それこそ彼女なら頼んだところで受け入れてくれなさそうなのにどうしたというのか。
「はぁ、応援したい自分と認めたくない自分がいて落ち着かないんだよ」
「取られたくないからか」
「女の子として好きとまではいっていないよ? でもね、安定して一緒にいられなくなるのが嫌なんだよ。だからこの前のは完全に失敗だったけどさ……」
そうだな、嫌われたくない存在の前でやったのは失敗だったな。
一色としても上手くやりたいところだったからひやひやしたことだろう、同じ学校にいるからいつ貫一が来てもおかしくなかった。
義理とはいえ弟に正論でも自由に言うところを見たら……いや、これは完全に人によるがなにかしらの影響を受ける可能性もある。
「ちゃんと言わないと駄目だぞ」
「それこそ告白をするぐらい勇気がいることでしょ。広子からすればただ友達としていただけなのに重いってなるし、邪魔でしかないし」
「だからってずっと我慢をしようとするのは現実的じゃないからな」
一緒に過ごしたい相手ならすぐにそれとこれとは別だと言ってくれるはずだ。
「……言わない、だから一緒にいられないときは相手をしてよ」
「俺はいいけど……」
「だったら問題はないよね。よし、いまからドリンクバーでジュースをいっぱい飲もう」
彼女もあのときと同じだった。
何杯もおかわりをして「美味しいねっ」などと無理やりテンションを上げているだけ、実際はこんなことをしても虚しいことには変わらないのに。
「少し落ち着けよ」
「別にいつも通りだけど」
「それならいいけど内にあるなにかをなんとかするために飲んでいるだけならいい方に変わったりはしないぞ。そもそも一色といたいのにいられないから俺といるという時点で話にならないからな」
いや待て、確かに彼女が指摘してきた通り普段の俺ならこんなことを言わずに〇〇がいいならと片付けているところだろ。
それなのに露骨に態度を変えていて恥ずかしい、やはり影響を受けているということなのか?
「悪い、ジュースを注いでくるわ」
「私もいく、いまのでもっと飲まないとやっていられなくなったから」
「おう」
それこそ俺こそ落ち着かなければならないからコーヒーを飲んで抑え込もうとした。
だが、苦いだけでなにも変わらない、寧ろやってしまった感が凄くなって駄目になった。
「あー……今日はもう帰っていいか? その際は末吉の分も払うからさ」
「駄目だよ、ちゃんと最後まで付き合ってもらうよ」
「そうか……」
言ってしまえば無意識に八つ当たり的なことをしていただけだからしゃあない。
「あ、広子と天田先輩だ」
「妄想……じゃないみたいだな」
「楽しそう、興味がある対象からはっきり言われたようにはとてもじゃないけど見えないね」
「一色は俺と違って表に出さずに上手く対応できる人間なんだな」
いいことだ、だからこそ貫一だって警戒せずに済んでいるのだ。
だからこそより恥ずかしくなってきたからこちらがヤケジュース状態になっていた。
それでも十八時になる前には退店、大人しく帰らずに公園のベンチでゆっくりとする。
「ここ好きだよね」
「早く帰らないと危ないぞ?」
「そういう気分じゃない、私もやっぱり普段通りじゃなかったのかもしれない」
「俺はずっと一緒にいられた友達なんていないからアレだけどそういうものなんじゃないか? いい状態だからこそどうしようもなくなって足を止めるしかなくなるんだ」
勝手に期待をして勝手にがっかりすることになるぐらいなら一人の方がいいと言い聞かせて生きてきた。
上手く片付けたり、切り替えられる人間だけが前に進めると思う。
でも、それは結局自分一人ではどうしようもないからそうやって抑え込んできただけで……。
「ずっと一緒にいるのに言えないことばっかりだよ。これだったら君みたいに誰もいなかった方がマシだったかもしれない」
「それもだな、結局わかっているんだ、末吉だって一色が大切だからこそ困っているんだろ」
「はあ~ごちゃごちゃ考えてしまえる脳なんかなければいいのに」
それはそれでつまらない、と考えることもなくなるがなにもかもが変わってしまう。
一色のこともどうでもよくなるということだし絶対にそうならないから言えるのだ。
「よう」
「貫一か、もしかして母さんが怒っているとか?」
「違う、さっき解散になって歩いていたら二人を見つけただけだ」
彼は「よっこらしょ」と呟いて横に座る。
「一色は細かく言えないが上手いんだ、気が付けば距離を詰められているというか……」
「そうなのか」
「だが、それよりチョコを貰えたのが大きいんだ」
よかったなと言おうとしてやめた。
どこから目線だよとなるし余計なことを言いかねないからだ。
「末吉を送って帰ろう」
「だな」
無駄な抵抗をせずに付き合ってくれて助かった。
自宅とは違う方向に歩いているのに彼女が付いてきてくれなかったら困る。
「もう食べたのか?」
「おう、持って帰ると気恥ずかしくなりそうだったから目の前でな。それにすぐに感想を言いたかった」
「はは、一色がそのときどんな顔をしていたのかが気になるぞ」
「真顔だったな、あ、いや、真剣な顔……か? 美味しかったと伝えた後はすごいいい笑顔だったが。その笑顔を見たときに……いや、なんでもない」
考えない考えない。
「あ、ここです」
「そうか、じゃあ暖かくして寝ろよ」
「ありがとうございました」
はいいが、渡さなくてよかったのだろうか? それともただ教えただけで作ったりはしていないのだろうか?
ただ、貫一がここにいる時点で下手に聞くわけにもいかないから挨拶だけして別れた。
「末吉は変わったな」
「どうだろうな」
「仮に言いたいことがあったとしても口にしなくなった時点で違うだろ?」
「んー失敗だったのは一色や貫一がいるところでしてしまったことでそれ以外は問題はないぞ」
前もこんな話をしたが他者からしたら無理してそう口にしているようにしか見えないのかね。
そうなら延々平行線になる、だったらこの話自体を広げようとしない方がいい。
「正直に言うとだな、俺は末吉とは仲良くなれそうにないと思った」
うわ……それでも普通に対応できてしまうところが怖い。
「あれぐらいで駄目なら俺でも駄目になっているはずだろ」
「なんでだよ、鉄はなにもしていないだろ?」
「なにもしていないけどなにもないぞ」
「鉄は余計なことを気にしすぎだ、かと思えば他人に合わせすぎる」
他人に合わせすぎているのは彼だろう。
俺は無意識に表に出して恥ずかしいところを晒すぐらいの人間だ、どうして前の学校で友達的存在ができなかったのかがよくわかった。
知らないままの方がいいこともあるのは事実だが知らないままだと怖いこともある、だから活かせるかはわからないものの、今回の件でちゃんと見ることができてよかった。
「「ただいま」」
「おかえり。あんた達は最近、わかりやすく家に帰ってくるのが遅いね」
「大人しく家に帰りたくないときもあるんだよ、先に風呂に入ってくる」
「自由か……」
こちらも着替えるために二階に移動しようとしたところで「ちょっと待ちな」と止められた。
そういえばこちらもこちらで気になっていることがあったから丁度いいのかもしれない。
「母さん、ため息が増えていたみたいだけど理由はなんだ?」
「ん? 貫一のやつ……運動もせずに同じ量のご飯を食べ続けていたから少し太ってしまっただけだよ、見られてしまったうえに正直に吐いてしまったのは問題だったね」
「嘘だったらあれだけどそれならよかったよ、俺が理由だと思っていたから」
ただ、逃げられる末吉とは違ってはっきり言えることばかりではないか。
「なんであんたのことで……あ、変に頑張ろうとするところは気になるけどね」
「それはない。それで今回はなんだ?」
「少し楽しそうに見えたから……かもしれないね」
「楽しいよりも嬉しい、かな。まだまだどうなるのかはわからないけどなんにも期待できないわけではなさそうだからさ」
つまり勝手に期待してしまっているわけだがまあ悪く考えるよりはいいだろう。
本人達の前では余計なことを言わないを今日は貫けたし一日ずつ守っていくだけだった。
なにか俺のことみたいに変な勘違いをされてしまったものの、こちらも気にしなくていいはずだった。




