表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫の愛とは如何なるや?  作者: よるの
20/38

幕間・歪

とある白い人の視点です。

「お前は相当歪んでいるな」


何時もの様にあの人は言う。真っ黒の長い――前髪でさえ腰へと及ぶ髪を無造作に垂らしているせいで顔すらも良く見えない、しかしその声は不愉快であると如実にわかる響きを伴っていた。

私だって歪んでいるという自覚はある。歪んで治らなくなってしまったこの心も思考も、すっかり体に馴染んでしまった。

自己嫌悪なんてモノは既に消え果てて久しい。今はもうこの『歪み』を楽しんでいる。だから笑っている。いつもいつも笑っている。


「お前の笑みは不愉快だ」


あの人は言う。

でも笑うしかないから笑っているのだ。楽しいから、面白いから。それ以外何もいらないから。

つれない事を言ってくるあの人の腕に纏わりつく様に抱きついて囁く。楽しいから仕方ないじゃない、と。


「少しは黙れ……それとも黙らせてほしいのか」


黒髪の隙間から澱んだ赤い瞳が私を睨みつける。ああ、そうだ、そうだ、この瞳が、この何処までも暗い光を灯した眼が、どうしようもなく私を高ぶらせる。

だから再び笑った。顔を覆う黒髪を指で除ければ不愉快気に眉を顰めるあの人の顔。私のお気に入りの顔。綺麗な顔を歪ませたその表情が愛おしい。


「本当にお前は歪んでいるな」


それは貴女もだなんて、言葉を紡ぐ前に唇は塞がれた。



******



――目が覚めた時には既に月が昇りきっていた。ベッドへともつれ込んだのが夕方ぐらいだったから結構長い時間眠ってしまったらしい。

隣にあった体温の低い、痩せていて柔らかさも足りない、それでも触れると心地の良い身体をしたあの人はもう居ない。

身体を起こせば少しの痛み――あの人に抱かれた証の痛み。いつもいつも乱暴で、身勝手で、私の体を気遣わない。


それでいい。それがいい。知らず知らずに笑みが浮かぶ。これが嬉しいだなんて言ったらまた歪んでいると言われるのだろう。


剥き出しになった右肩を手で擦るとピリリとした痛み。そういえば今日は思いきり噛まれたのだった。血は出ていないようで残念だった。


「アルマ、クロちゃん帰っちゃった?」


私のベッドの傍、まるで置物の様に蹲っていたソレ――真っ白の毛並を持つ狼が私の声に少しだけ尻尾を揺らした。

あの人が――私の『飼い主』であるクロウディア・ウルフェリュート中佐が私の『お目付け役』として傍につけてくれた白の狼。

名前は無かったので勝手に「アルマ」と名付けている。私の名前から分けてあげたソレは、既にこの狼にも己の名前だと認識されている様だ。


「なぁんだ、残念…っていっても、クロちゃんが目覚めるまで一緒にいてくれたことなんか滅多にないけどぉ」


いつも気を失うまで続けられる行為。もう数えきれない位しているけれど、目覚めた時にクロちゃんの姿を見れた事なんて片手で数えるほどしかない。

それが何時だったか、なんて明確に覚えている私はどれほどクロちゃんに飢えているのかと笑ってしまった。

ああ、会いたい。そんな事を考えてしまえば我慢などできる筈もなく、身支度を整える為に力の入り難い腰を何とか壁で支えて立ち上がった。


「―――ん、これでいいかなぁ」


情事の残滓が残る体を濡らしたタオルで確り拭いて、ベッドに投げ捨てられた衣服を着れば何時も通りの私だ。でもお風呂には後でちゃんと入ろうと思う。


「クロちゃんの所に行こ、アルマ。今ならまだ起きてるかもしれないし、寝てたら夜這いでもしちゃおっか」


冗談半分本気半分の事を言いながら、ゆっくりと歩き出すとアルマも身を起こして私の後ろについてくる。

あの人の命令を忠実に守る良い子。でもその白の毛並を撫でようとすれば避けられる。傍にいてくれても懐かれたわけではないのだと、まるでクロちゃんみたいだと笑ってしまった。




――いつも賑やかな道も夜になればとても静かだ。見回りの兵や夜勤の使用人達が動き回ってはいるが朝の様な訓練の声などは聞こえない。

私が歩く通路は人通りが少なく薄暗い。アルマが一緒で良かった、一人で歩くのは遠慮したいところだ。


クロちゃんと私は兵舎に部屋を持っている。クロちゃんはちゃんと家があるけれど一々戻るのが面倒くさい様でいつも兵舎の方へ泊まっている。私もそれに付き合っている形だ。

兵舎といってもクロちゃんが泊まる所は貴族の出身が集まっているので豪華な作りになっている。私もクロちゃんの計らいで小さめだけれど部屋を持てているのがありがたい。

私を近くに置いて何時でも好きにできると言う意味で持たせたのかもしれないけれど、それならそれでいい。本当はずっと傍にいたいのに部屋に居座ると仕事の邪魔だと蹴りだされてしまうのが残念だ。


「ツェッビラルダ!!!」


突如として思考を邪魔する無粋な男の声。気安く名前を呼ばれたことに微かに苛つきを覚えて声がした方に振り返れば、そこにいたのはクロちゃんの同僚である騎士だ。確か――。


「――バライオン中佐、私に何か?」


「気軽にザークでいい。お前とは仲良くしたい」


軟派な態度で笑いかけてくる金髪の優男――ザーク・バライオン中佐、貴族である『バライオン家』の長男坊。表面上はにこやかな笑みを浮かべているが、その目は下心を含んでいる事が分かる。

この男は色々な『実力行使』を任されるクロちゃんと違って、領地管理の監察として各地へと飛び回っていた筈だが今日は帰ってきていたらしい。出来れば会いたくない人物だった。


「お戯れを。クロウディア様と同じ帝国の騎士であらせられるザーク様となんて恐れ多いです」


「ふん、あの『出来損ない』に様などつけなくてもいい。あいつは奴隷の子供だぞ」


「………失礼しました。しかしクロウディア『中佐』は私の主ですから」


奴隷の子だろうがなんだろうが、今は王族にも近しい『ウルフェリュート家』の家督を継いだクロちゃんは少なくともこの男の家よりも格が上の筈なのだけれど。

それでも口答えする権利は私にはない。失態をすれば主の責任となる。文句をつけられるのはクロちゃんだ。そんな迷惑をかけるのは嫌だ。私はクロちゃんの道具で、クロちゃんの役に立つことが私の存在意義なのに。

――それに迷惑をかけるなら私からが良い。他の奴からは不愉快なだけだ。クロちゃんのあの顔を見るのは私だけで良い。


「そうだ、それだ。お前を『所持』するのにあいつは分不相応だと常々思っていたんだ」


「……何を仰っていらっしゃるのか分かりませんね」


「お前も嫌だろう?奴隷の子に使われるなんて。たまたま『拾った』のがあいつというだけでまるで我が物の様に扱われているなんて許せることじゃない」


好き勝手な事を言っている。楽しくない。面白くない。でも何も言わない様にしないといけない。ぐっと口を引き結んで男への罵詈雑言を我慢する。

確かに私を拾って――いや、正確には『奪って』からは、クロちゃんは我が物の様に私を扱っている。それがなんだ。それがいいのだ。私とクロちゃんの何が分かるのか。


「有能なモノは有能な主が使う事によって真価を発揮する。お前のその『魔物を惹きつける』能力はあいつに使われるべきじゃない」


「………」


「陛下も人が悪い。ウルフェリュートというだけであの下賎な血が混じった者が自由にすることを許すとはな。次の『作戦』だって大佐昇格が近い俺の方が――」


「あれはクロウディア中佐が考えたモノでございますので」


これ以上見苦しい嫉妬を聞くのが耐え難くて声に出す。作戦の立案者に任せるという陛下の当たり前の判断にさえ文句をつけるなんてどれだけ馬鹿なんだ。

私からの思わぬ言葉に相手は黙り込む。しまった。しくじったか。


「……いや、それだって俺がお前を所持していれば、俺から陛下へと立案できた筈だ。あいつの功績はお前が支えている。お前がいなければあいつは何もできない出来損ないだ」


「………」


そう来たか。いい加減イライラしてきた。クロちゃんがいる場では始終畏まってる事しかできない無能のくせに。


(私を使う?お前が?頭空っぽの上に夢見過ぎじゃない?馬鹿すぎて笑っちゃうんだけどぉ)


苛立ちと混ざった歪んだ笑みが微かに浮かぶ。それをあろう事か『肯定』と取ったのか、満面の笑みでますます私と距離を近づけようとする。思わず後ずさりかけたところを、その無遠慮な手が私の右腕を掴んできた。


「なにを――!?」


にたにたといやらしい笑みを浮かべた男に、無理やりその腕の中へと引きずり込まれる。きつく抱きしめられて体が痛む。息が苦しい。

身体を這い回るその手が気持ち悪くて更に苛立ちと嫌悪が積もる。クロちゃんになら強引にされたって構わないけれど、それ以外はお断りだ。気持ち悪い。気色悪い。


「……ザーク様、お止め下さい」


「そう遠慮するな。俺がお前を最高の形で使ってやる。有能な主の下で働け。報酬も生活も――『色々』と満足させてやる」


「………」


ブチリと頭の中で堪えていた何かが切れた気がした。思わずそのにやけた面を殴ろうかとも思ったけれど、低い唸り声が耳を刺激して我に返る。

私の足元でアルマがその牙をむき出しにして低く唸っていた。あともう一押し何かをすれば飛びかかるであろうその殺気立った顔に苛立ちと嫌悪で沸いた頭が一気に冷える。


「…申し訳ありませんがザーク様。私の主の『番犬』が貴方に咬みつく前に離れて頂けると、無駄な怪我人が出なくて良いかと」


「ふん、その『駄犬』がどうした。噛みつこうものなら俺の剣で叩き斬ってやるさ」


そうされると困るから言っているのだけど。私のお気に入りの子が傷つくのは見たくない。

どうすべきか考えを巡らせていると体を這い回っていた手が、私の顎を捕らえて無理やり上へと。


(あ、やばいかも)


段々と男の顔が近いづいてくる。アルマの唸り声が一段と強くなって―――。


「あまりお戯れが過ぎるのも考え物ですよ」


咄嗟に間に差し込んだ手で男の顔を受け止める。男の唇が手に当たってとても気持ち悪い。あとで石鹸で念入りに洗おう。


「戯れなどしていない、俺は本気――」


「本気ですか、それなら仕方ないですね――エルマ」


男の声をこれ以上聞きたくないので遮る様に私の特別な『友達』を呼ぶ。魔力が瞳の中を駆け巡り、熱を伴って体の奥を刺激した。


『嗚呼、わたしの愛しい人。何か御用かしら?』


妖しい響きを伴った声が耳を打つ。それと同時に背後から艶やかな肌をした腕が私の肩を抱く様に現れた。


「なっ――!?」


男が私の前から飛び退く。その目は驚きに見開かれて、私を――私の背後、私を抱きしめている『悪魔』に。

普通の男ならば誘われずにはいられないような蠱惑的な肉体と美しい顔、銀色の髪と朱色の瞳。背に生えた蝙蝠の様な黒い翼。悪魔。正確には『夢魔』のエルマ。

ああ、人通りが少ない通路で良かった。私も遠慮なく『対処』ができる。


「エルマ。どうやらザーク様が飢えていらっしゃるみたいだからお相手してあげて」


『あらあら、いいの?貴女が望むならいくらでもしてあげるけど、『あの方』が困らない?』


「あはは、エルマってばクロちゃんの心配してくれてるの?やさしーい!」


「な、なにを、何を言ってるんだ!そいつはなんだ!」


「うっるさいなぁ、ちょっとはその気持ち悪い口閉じてよ、不愉快」


にっこりと笑って、男に言い放つ。あんぐりと口を開けて呆然とした顔。にやにやした笑みよりもまだマシだ。

もう畏まる必要もない。こいつはやり過ぎた。クロちゃんの唇が触れた場所に男の唇が触れるなんて耐えられない。

勝手にクロちゃん周辺の人間を『変える』と、すごく怒られてしまうから我慢していたのに。


(もういいや。どうせクロちゃんにとっては害にしかならないし潰しちゃってもいいよねぇ)


「お前!無礼だぞ、拾われ子風情が――」


『はいはい、お兄さん。ちょっとお口が悪いわねぇ。私がた~っぷり躾し直してあげるわ』


「む、ぐ……!?」


剣を抜く暇もなくエルマに唇を奪われる男。抵抗する男の腕も、人間ではないエルマにとっては非力も良い所だ。段々とその抵抗が失われていった頃には男の目は光を失いぼんやりとしていた。

まるで夢現の中にいる様に立ち尽くした男を満足そうにエルマは見やって、私の方へと艶のある笑みを浮かべた。


『ねぇ、愛しい人。このお兄さん、本当に私の好きにしていいの?きっともう何もできなくなっちゃうわよ』


「いいよ、元々いらないし。役立ってる人材ならまだしも、各地に飛び回っては領主から賄賂を受け取ってるだけの騎士なんて生きてても恥ずかしいだけでしょ」


『あらあら、辛辣。それじゃ遠慮なく『貰う』わね。あなたといると良いエモノが手に入って良いわぁ』


「あっはは!そうでしょー?帝国には腐った奴らがいくらでもいるからさぁ、クロちゃんも手を焼いてるんだよねぇ」


『苦労してるのね、『あの方』も。でも一番手を焼かせているのは、貴女じゃないかしら?』


妖しい笑みを浮かべて、私の頬を撫でるエルマの手。ひやりと冷たい、人非ざる手を払いのけて笑い返す。ああ、今きっとクロちゃんの嫌いな歪んだ笑みだと自分で分かる。


「当たり前じゃん?クロちゃんには私を一番に見て貰わないと嫌だもん。クロちゃんの役に立つのも、手を焼かせるのも、私が一番だよ。クロちゃんの事を一番愛してて、憎んでて、傍にいたくて、殺したいのは私だからね。私が全てにおいてクロちゃんの一番にならなきゃ駄目でしょ」


『歪んでるっていうか複雑っていうか、相変わらずよね貴女達。そんな所が愛しいのだけど。それじゃ楽しんでくるわ、『あの方』にも宜しく言っておいてね』


「エルマの事、大嫌いだからきっと良い顔しないよ」


『あら残念』


然程気にしていない様にエルマは肩を竦めて笑った。嫌われている自覚はあるらしい。エルマ自身はきっとクロちゃんの事をそんなに嫌ってはいないだろうけど。私の『友達』だから当たり前か。

エルマに操られてゆらゆらと覚束ない足取りで歩いて行くザーク中佐を見送りながら息を吐く。ただクロちゃんに会いに行こうとしただけなのにとんだ災難だった。

とりあえずクロちゃんには精も根も搾り取られて生きてるだけの人形になる予定のザーク中佐の事を報告しないといけない。きっとすごく怒られる。お仕置きされる。


「…………あはっ」


それはそれは、楽しみだ。とてもとても、楽しみだ。

彼女の怒りを伴った瞳が私を睨むたびに喜びが駆け巡る。


「さあ、アルマ。クロちゃんのところへ行こっか!」


あの黒く長い髪を、青白い肌を、細くて骨ばった長い指を、低めの体温を、痩せた身体を、澱んだ赤い瞳を思い出して笑みが浮かぶ。

私の全てを奪い尽くして、私を何処までも好き勝手に扱って、私に何処までも振り回される、愛しくて憎くて壊したくて大切にしたい人。


ああ、私の愛しい愛しい――――ひとでなし。

エルマ:貴女、ただのドMなのでは…?


ツェビ:否定はしないけどクロちゃん限定だからね!他の奴にされても「殺す」としか感情が沸かない。


エルマ:あらやだ怖い


幕間、とある歪んだ人のとある夜の話。


ブックマーク、アクセスありがとうございます。毎回励みになっております!

累計ユニーク人数も2000人を超え、とても嬉しいです!これからも頑張ります!


評価、感想などもお待ちしております。次回も宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ