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政略結婚した夫に毒を盛られたので潔く死のうとしたら溺愛されてるんですが、何か間違えました?  作者: 隙間ちほ


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2.夫の異変


 ――話し声がする。

 夫と誰かが、何かを話している。痺れが残るかもしれません、という言葉に、そうか、と静かに返す夫の声。

 クリスティーナは目を開けた。

 天井が見慣れた自室のものであることを確かめ、次に声の方へとそっと視線を動かす。寝台の隣で、腕組みして難しい顔をしている夫が見えた。随分と近い場所にいる、と思った。夫がこんな風に、枕元にいるなんて。

「……クリスティーナ、目を覚ましたのか!」

 カタン、と音を立ててフェリクスが立ち上がった。寝台に乗り上げるようにして手を伸ばす。そっと、労るように頬に触れられた。クリスティーナがじっとその目を見つめていると、ハッと気づいたようにフェリクスは手を引いた。それから投げ出したままのクリスティーナの手を持ち上げる。

「気分はどうだ? 口はきけるか? 手足の感覚はあるか?」

 手のひらを、それから指を握るようにしながら、フェリクスは尋ねた。クリスティーナがフェリクスの顔をぼんやりと見たままでいると、その表情に不安の色が浮かぶ。

「……クリスティーナ?」

「旦那様、奥様はまだ目覚めたばかりです。そうも矢継ぎ早にお尋ねになっては……」

「そ、そうか」

 見かねた医師が控えめに口を挟み、フェリクスは罰が悪そうな顔になった。次いで、そっと手が置かれた。ほのかに汗ばんで熱を持った大きな手指が、クリスティーナの細い指から解けるように離れていった。解放された途端、手の周りの空気が、やけにひやりと感じた。


 

 診察があるから、と医師がフェリクスに退室を促し、夫は名残惜しげに出て行った。それから、侍女の手を借りてようやくクリスティーナは上体を起こした。なお、医師によれば、クリスティーナの体調は概ね問題無さそうであった。

 ただし、と医師が神妙な顔をする。

「手足の動かしにくさは、しばらく残るかもしれません」

「そう」

 寝台の上、クリスティーナは視線を落とした。そっと手のひらを握り込む。確かに、力が入りにくい、と感じた。

「しばらく、というのはいつまで?」

「……それは」

 サッと曇った医師の顔を見て、クリスティーナは察した。

「長く、残るのね」

「……はい」

 硬い声の医師とは裏腹に、クリスティーナの心は凪いでいた。まだ生きていることが、不思議で仕方ない。どう受け止めればいいのか、わからなかった。


 

 けれども、クリスティーナの静かな困惑は、すぐに吹き飛んでしまった。

 夫、フェリクスの態度が、おかしくなっていたのだ。


 

 半日とあけずに寝室まで見舞いに来るフェリクスに、初めクリスティーナは死に損なった自分にとどめを刺すつもりなのだと思っていた。薬と称して毒を差し出されるのだろう、とばかり。

 ところが、いつまで経ってもフェリクスは体調を尋ねる以上のことをしない。ぼうっとしてぽつりぽつりとしか受け答えしない自分に対して、フェリクスは文句も言わず、些細な話をするばかりだ。とうとうクリスティーナは聞いてみた。

「フェリクスさま、何か、ご用事がおありなのではありませんか?」

「何?」

 虚を突かれたような顔になったフェリクスは、しばしモゴモゴと口ごもった。それから眉を顰めて視線を逸らす。

「様子を、見に来ただけだ」

「……」

 誤魔化されたのかしら、とクリスティーナは思った。流石に聞き方が単刀直入過ぎてしまったかもしれない。


 

 数日後、起き上がれるようになったクリスティーナが食卓へ向かった時である。いつも向き合うように置いてあった椅子が、隣同士に置かれていた。クリスティーナは目を瞬かせたが、顔には出さずに素直に席についた。

 食事が始まるともっと驚くことが起きた。フェリクスが、自分の食べかけの皿をクリスティーナに下げ渡すような真似をするのだ。何のつもりだろう、こんな、使用人相手にするようなことを。だが、悪意を持ってそのような無礼をはたらくような人間でもなかったはずだ。

 意図が分からず、手をつけないままクリスティーナはフェリクスの顔を見上げる。じっと見つめられたフェリクスは、ハッと気づいたような顔になった。

「すまない、そうだったな」

 何を納得したのかわからないが、フェリクスは皿を引き寄せ、フォークで一口分の食事を掬いあげ、クリスティーナの前に差し出した。

「……何、でしょう?」

 クリスティーナはもう一度目を瞬かせた。フェリクスは一瞬言葉に詰まったようだったが、すぐに何でもない顔をした。

「何って、ええと、魚の煮たやつだ」

 そうではない。そうではないのだが。あと、この料理はおそらく白身魚のポワレ(蒸し焼き)ではないだろうか。

 クリスティーナは困惑した。けれども差し出されたフォークが促すように突き出されるので、恐る恐る口を開いた。

「…………」

「……」

 遠慮がちに咀嚼しながらフェリクスの顔を見る。安堵したような、満足そうな表情をしている。どうやら、これが正解だったようだ。得心はいかないが。

 フォークは再び皿から一口分を掬い上げ、またクリスティーナの前に戻ってきた。

「あの……」

「なんだ、味は悪くないと思うが」

「いえ、その、美味しいです、が……」

 おずおずと開いた口にまたフォークが差し込まれる。そうするのが当然と言わんばかりの顔でいるフェリクスを見つめ、クリスティーナは本当に困惑した。

 ――ここに毒は入っていない、という弁明のつもりなのかしら?

 クリスティーナは首を傾げた。フェリクスが口にしたものだから、食事が無害なことは間違いない。でも、それなら言葉でそう宣言すれば良いだけなのに。

 ただ、このやり方で供されるものが不安なく口にできるのは確かだった。

 

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