第8話 魂響の儀
「先ほど申し上げましたとおり、そちらの札は精霊符。ユータ様のものは特に『炎の精霊符』と呼ばれるものです」
俺の呟きに、リィナは淡々と答えた。
精霊、といえば地とか水とかにいる不思議なやつだったか。そんなのが、こいつに入っているというのか。
実際、不思議なんだよな。こいつ、俺の声に応えてるみたいに見えるし。ほら、今も何か俺の思考に合わせて絵のはずの羽の先が揺らいでる。
「精霊って、どんなのなんだ?」
俺は、心に生まれた疑問を思わず口にした。
「それは……」
流暢に話していたリィナだが、そこで言いよどんだ。表情は変わらないが、若干目が泳いでいるように見える。言うのが恥ずかしい、そんな感情を感じ取れる。
意を決する、といった様子でリィナは口を開いた。
「その札に込められたものは、魂。かつて存在した魔術師そのものです」
「はい?」
なんか不穏な言葉が聞こえた。魂、だって? しかも、魔術師ってことは人間の?
思わず、俺は手にした札を畳の上に半ば投げ捨てるように置いた。
リィナは小さく息を吐いた。だから言いたくなかった、とでも言いたげだった。
いや、気持ち悪いだろ、実際。俺の反応が普通だと思うんですけど、いかがかな?
「かつて、世界の理は魔術が支配していた。その頃、魔術師達は未来の繁栄を疑わなかった」
気を取り直して、リィナは説明を続ける。確かに中途半端だったから、どうせなら知った方が気分が良い。
俺はちらちらと、畳の精霊符を気にしながら話を聞く。
「しかし、世界の理は科学に傾いていった。そして、急速に衰えていく力を見て、魔術師達は恐れたのです。このままでは自分達が積み上げていった術式が、全て無に帰してしまう、と」
おそらく大昔の話だ。それなのに、リィナの話しぶりはその歴史を見てきたかのように鮮やかである。
妙に熱入ってるもんな。表情変わらないのに。
「そして、選んだのが肉体からの魂の解放。魂だけの存在となり科学に害されない、純粋な魔術の理の権化と化す。そうすれば、魔術を忘れずにすむ。彼らはそう考えたのです」
いや、そんなむちゃくちゃな。なんで、そんな思いっきりのいい方法をとろうとするんだよ。
俺は顔をしかめた。その顔を見て、リィナはこくっと頷く。
「おっしゃりたいことは分かりますが、価値観の違いとしか説明できません。彼らにとっては、人としての死よりも魔術師としての死の方が怖かったのです」
リィナは畳の上におかれた金色の札を手にとる。
「精霊符となった魂は、しばらく世界から魔力を集める装置となる。そして、魔力をためきったとき、この魂は己と響き合う魂の持ち主を探す。そして、契約を結ぶのです。この科学が満ちる世界に、新たな魔術師を生むために」
札に描かれた針が、折れ曲がる。俺は思わず後ずさった。こんなにはっきりと動いたのを見るのは初めてだ。
「この一連の術式を、彼らは『魂響の儀』と呼びました。一つの肉体に、二つの魂を入れ込むことで魔術の行使を可能とする禁忌の儀式です」
リィナは金色の札をしまいこんだ。その瞬間、びかっと強く札が光った。まるで、抗議するかのように。
「私は、精霊符を適合者から回収しています。争いを、止めるために」
回収。
そういえば、その金の札も俺を襲ったやつから回収したんだっけ。
「だったら、俺のも持ってってくれ」
俺は思わず口にした。
ここまでの話を聞いていて、気味が悪いという感想しか持てなかった。これ以上、面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。
俺の申し出に、リィナは明らかに固まった。どうしたんだろ、と俺がしばらく待っていると、彼女は大きなため息をついた。
「やはり、貴方は理外者ですね」
もう一度、深々と息を吐いたリィナは視線をそらす。
「適合者は、二つの魂が入った歪な存在。そんな無理をしたら、どうなるか、貴方は想像できますか?」
「ん、あー、それは」
急に聞かれても困る。あれだろ、一つしか入らない入れ物に二つ無理矢理入れるってことだろ。それってつまり。
「えっと、破裂する」
リィナは俺の解答を聞いて視線を戻す。少しだけ、眉根が寄っている。
「そこまで人間、弱くはありませんが、無理をしている状態ということはご理解いただけますよね」
そりゃあ、な。
「その状態がもたらすのは、魂の変容です。適合者は、欲望に忠実になる。故に、もっと強い力を欲しがって他の精霊符を奪い取ろうとするのです」
いってたな。それが本能だって。
「手放すなんて、もってのほか。だから、私は貴方を理外者と言うのです」
「いや、だって」
そんなこと言われても、実際、俺は俺だもんな。死の淵から生還するとか、不思議なことは起こってるけど、無意識だし。
そんな俺を見て、リィナはまたため息をついた。こいつ、無表情のくせに呆れてやがる、俺に。
「それによろしいのですか?」
「何が?」
リィナの確認に、俺は疑問で返す。何がよろしいのか、なんて本当に分からない。
「貴方の精霊符、治癒の術式の際に貴方の心臓と強く結びついています。おそらく、精霊符を使って心臓を再生させたのでしょう」
心臓の再生……と、いうことは『金の適合者』とやらは、俺の心臓を壊したのか。で、それを治してもらったと。
ぶるり、と震えが出た。死の淵、なんて思ってたけど、もっと死んでいる方に近かったんだ、俺。
胸を触る。高鳴る鼓動を確かに感じる。俺はそれを確かめて、安堵の息を吐いた。
「私が精霊符を回収すると、その結びつきも絶たれてしまいます。そうなると、魔力で動いている心臓は停止する」
「つまり? それで、俺はどうなると?」
嫌な予感しかしない。表情は引きつっている。
そんな俺を冷ややかな視線で見つめながら、リィナは言った。
「死んでしまいますが、よろしいですか?」
「よろしくないです!」
何を言っているのかね、この子は。淡々と言ってくれちゃって。そりゃ、渡すと言ったのは俺ですけども、そんな事務連絡みたいに。
結局、これは持っていないといけないというわけか。札をポケットに入れ、俺は席を立つリィナを見送る。
玄関で振り返り、彼女は言った。
「一つ、ご忠告が」
「うん」
「本来であれば、契約時に得る魔術の心得を貴方は持っていない。だから、貴方には自覚がないかもしれませんが、貴方も適合者です」
そういうことになるな。使おうと思えば、魔術を使ったりできるのか。
……あれ、ちょっと楽しそうかもしれない。
「魔術が使えない、ということは好都合。他の適合者は、貴方を感知しにくい。普通に生活していれば、襲われることはないでしょう」
俺の浮かれた心に、リィナは冷や水をぶっかけてきた。襲う。まずい、また忘れてた。何で、俺はこんなに危機感が薄いんだろう。
「人の目を嫌うのも、適合者の本能です。ここはたくさんの人がいる。こんなところに踏み込んでくる者は稀です」
集合住宅だもんな、俺の家。隣は神谷一家の部屋だし、そうじゃなくても、上にも下にも人がいる。
「私もしばらく近くにいますが……十分にお気をつけください。特に、夜間に一人では出歩かぬように」
「了解」
俺はこわばった顔で頷いた。リィナを見送った後、脱力してその場に座り込んでしまった。色々聞きすぎて、整理ができていない。どっ、と疲れが出た。
一つだけ、確実に分かったことがある。
「面倒なことになっちまった」
俺の日常は、帰ってこないという事実が俺の肩にどっしりとのしかかっていた。




