第14話 暖かさと冷たさと
朝食中、何か今日はやたら母さんに見られている。
もしかしたら、何か感づかれたろうか。でも、自分ですら昨日のは唐突だったと思うもんな。あれで、よく首を縦に振ってくれたよ。ほんと。
今日は母さん、家で仕事するっていうけど、きっとリィナへの警戒だろうな。うん、分かってる。たぶん、母さんはリィナに部屋を貸すことを納得していない。
母さんなら、俺が強く言ったら頷いてくれる、とか打算的なことも考えてたもんな、俺だって。だから、昔からあんまりわがまま言わなかったんだ。なんか、心苦しくて。
リィナに説得するとか言いながら、感情で訴えることしかできなかった。まだまだ子どもだな、俺も。
あいつ、ちゃんと母さんと仲良くできるかな。最悪、色々とバレて俺が怒られるってのは許容するんだけど。リィナが追い出されないか、それだけが心配だ。
頭の中に、『拾ってください』と書かれた段ボール箱の中で震えているリィナを想像しながら、朝食を食べ終わった。さて、洗い物するか。そう思った瞬間だった。
ドアをノックする音が微かに聞こえる。チャイムも鳴らさずに、おかしな来客だ。
「あっ」
思い当たって俺は玄関に走る。後ろからとがめる声が聞こえたが気にしない。
玄関を開ける。
そこには案の定、白い服の少女が立っていた。
「おかえり、リィナ」
自然と出た言葉。それを聞いたリィナの眉がピクッと動いた後、彼女はは不自然に固まった。しばらく、フリーズしたパソコンの画面のように、リィナは立ち止まっていた。
「えっと、どうした?」
沈黙に耐えられなかった俺が声をかけると、ぱちぱちとまぶたを何度か動かした後、リィナは深々と頭を下げた。
「ただいま帰りました、ユータ様」
自分で言っておいて違和感があるのかリィナは胸に手を当てて考え込んでいる。
……ああ、そういや、こいつの呼び方が様付けだった。これ、母さんに聞かれたら変なこと思われないかな。
とはいえ、ちゃんと帰ってきてくれたことに安堵しながら彼女を迎え入れる。本当に他人だった昨日は我が物顔で入ってきたくせに、リィナは恐る恐るといった様子で入ってくる。
そっか、こいつにも遠慮という道徳はあったか。
俺はリビングまでいくと、半ば強引に着席を勧める。首をかしげるリィナだったが、おとなしく従ってくれた。
「ごはん、食べてないだろ。軽く用意するから待っててくれ」
「ごはん?」
住居のことを尋ねたときと同じように、リィナは首を傾げた。おい、その反応。まさか、食べ物にも困ってるとか、そういうんじゃないだろうな。
リィナなら合理的とかいって、軽い犯罪くらいはしそうだ。偏見だけど。ほら、あの人払いの術とか使ってさ。
そんなこと、させたくないなぁ、リィナに。
そう思いながら、手を動かす。もしかしたら、と思って用意しておいてよかった。どちらにせよ、作り置きの昼食があるからな。
「ほい、和食で悪いけど、これでも食べて」
俺はリィナの前に朝食を並べた。まだ炊きたての温度を保つ白飯、温め直した味噌汁、そして今焼いてきた焼き鮭などなど。
リィナはそれをじっと見つめている。そう、見つめているんだ。いつものどこを見てるか分からない目じゃない。注視している。
ただ、また固まってるよな。どうしたんだろ。
「……これは、どうすればいいんでしょうか」
ああ、もしかして。
俺はキッチンに戻ってスプーンとフォーク。そして、戻ってきてから、「ちょっと待って」とリィナの前に置かれた箸をとる。それを使って、焼き鮭から皮と骨をとって、フレークみたいにした。
「これ使って食べてみな。こいつと一緒に」
それをひとかけら、白飯の上に置いてリィナにスプーンを差し出した。それを、おずおずと受け取ったリィナは、スプーンを握りしめる。
おい、何だ、その持ち方。グーで握りやがったぞ、こいつ。
そのまま鮭とご飯をすくって、口へと運んだ。
「!!」
分かりやすく目が見開いた。
「おお」
リィナの表情が、これだけ大きく動いたのは初めてだ。俺は思わず声をもらした。
しばらく固まっていたリィナはもぐもぐと口を動かしてから、また固まる。そして、また噛む。しばらく天井を眺めた後に飲み込んだ。
それからは早かった。咀嚼しているのか分からないほどの速度でスプーンが動く。卵焼きを塊のまま、フォークで突き刺して食べてしまった時には驚いた。あいつ、あんなに口が開くんだな。漫画みたいな大口で、一口で飲み込んでしまった。
「!!」
おお、気に入ったか。卵焼きはすぐになくなった。と、いうか二きれを二口だな。
リスのように頬をふくらませて次々と口へ運んでいく姿は、本当に小動物みたいだ。気づけばご飯だけ無くなっていた。
「……」
もしかして、悲しんでるか?
無表情なのは変わらないが、空になった茶碗を見つめる目が何か切ない感じがする。
「おかわり、あるぞ。もう一杯くらい」
俺の声に見上げたリィナの朱の瞳が、明らかに輝いている。おかず、足りるか?
空になった茶碗をみて思う。作りがいがあるな、こうして食べてもらえると。
父さんに温かいのをそなえても、冷めるだけだから。
「雄大」
キッチンに戻って、ご飯をよそっていたら、いつのまにか近くにいた母さんに話しかけられた。
「なに、母さん?」
母さんの方を見ると、その顔が今朝より柔らかくなっていることに気づいた。
「あの子、食費凄そうね」
その言葉にうれしさを覚える。どうやら、母さんはリィナを受け入れる気になってくれたらしい。
きっと、毒気を抜かれたな。餌付けされる小動物だもんな、今のリィナ。
今朝、そんな様子を見たことで憂いが消えた俺は意気揚々と学校へ向かった。昨日の鬱々とした気分はどこへやら。晴れ晴れとした気分になっている。
周囲も一日で慣れたのか、それとも最初から気にしすぎだったのか。普通に俺に接してくれている気がする。
いや、きっと、心持ちだな。俺は明らかに浮かれてた。
食べてもらうのって、嬉しいんだな。
俺は家族にしか、俺の料理を食べてもらった経験が無い。もちろん、母さんはいつも口に出して感謝してくれる。ただ、家事に関しては若干義務みたいに思ってるところがあった。
父さんの代わり、とまではいかなくても、父さんがしてきたことの少しは家でしよう。父さんが亡くなってからは、意識的にも無意識的にも、そんな風に考えていた気がする。
それが純粋に。あんなに動物的に。リィナは態度でおいしさを示してくれた。
それが嬉しかったし、次へのモチベーションにつながる。あいつ、昼食はどうするんだろうな、一応作り置きは二人分置いてきたけど。夕食のときは、家にいるのか?
そんな風に、俺は浮かれていたので、背後に近寄ってきた影に気づかなかった。
「おい、上月」
「わっ!」
俺はガタンと大きく机にぶつかる。声をかけられて、反射的に後ずさった。椅子から落ちそうになったのを、ぎりぎりで耐える。
俺の顔は、おそらく引きつっている。呼吸が荒い。心臓が主張する。
「え、なんで、そんなにリアクションでかいんだ?」
声をかけた友人が、目を丸くしている。
「は、ははは。なんでだろうな」
俺は何とかごまかしながら、そいつの話を聞いていた。でも、ほとんど頭に入ってこない。まだ、心臓が落ち着いていないから。
俺が思い出してたのは、昨夜の出来事。
振り返れば、目が笑っていない少年がいた。そして、明確に命を狙われた。そんな経験。
勘弁してくれ、と俺は思う。
その後も、カラスの鳴き声がすれば振り返ったし、存在しない誰かの視線を感じてキョロキョロと周囲を見回す。不審者みたいだ。
俺は小さく息を吐く。
――適合者は、この札を奪い合う。
今も俺のポケットには精霊符がある。俺の心臓は、これで保たれている。もし、奪われたら。
「ほんと、勘弁してくれ」
俺は誰もいない階段横で、小さく息を吐いた。




