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第2章-夜の侵食-敵の影

 マンションの前に停まっている小型のバン。

 運転席には誰もいない。

 後部座席の様子は、窓にカーフィルムが張られているため、視覚的には確認できない。

 戒十とリサは何気ない顔をして、その車の横を通り過ぎた。

 歩きながらリサはケータイに文字を打ち、それを戒十に見せた。

 ――車から2人降りて来た。付いてくるよ。

 車のドアが開閉する音はカイトにも聞こえた。だが、付いてくる音は聞こえなかった。

 リサは一度も振り返っていない。

 追跡者はカイトには感知できない熟練した業を持っているらしい。

 それを感知したリサは、追跡者のさらに上を行っている。

 ――ヤツラを人気のないとこまで誘い込みたいんだけど?

 それを見せてリサはすぐにしゃべった。

「ねぇ〜カイトどこ行こうかぁ? カイトの好きな場所に連れて行って」

「わかった、付いてきて」

 まだ陽が落ちはじめるには早い。

 人気の少ない場所となると探すのが難しそうだ。

 とりあえず戒十は歩き出すが、行くあては決まらない。リサもこの辺りの地理はそれほど詳しくない。

 しばらく歩いていると、前方から見慣れた顔が近づいてきた。

 戒十は少し嫌な顔をした。向こうは少しはにかんだ顔をしている。

「あ、三倉くん」

 スーパーの袋を持っている水城純と戒十は出くわした。

 猫を被っているリサは満面の笑みを浮かべている。

「こんにちわ、学校の前であったお姉さんだよね?」

「あ……こんにちは、水城純です」

「アタシはリサ」

「三倉くんの……彼女ですよね?」

「えぇー違うし、友達以上恋人未満だし」

「……違うんだ」

 と、純は小さく呟いた。

 少し考え込んでいた純はハッと我に返った。

「ごめんなさい、わたしが引き止めちゃったみたいで。どこか行くところだったんだよね」

 純は戒十に視線を向け、目が合いそうになるとすぐに伏せてしまった。

 高鳴っている心臓の鼓動。純の胸の奥で響く鼓動は、戒十の耳まで届いていた。

 難しい顔をして戒十は黙っている。

 何が可笑しいのかリサはクスクス笑っている。それを鋭い眼で睨み付け、戒十は純に顔を向けた。

「水城さん、また明日、学校で……」

 これで別れようと戒十はしたのだが、リサがそれをさせなかった。

「その袋、今日の夕飯?」

「はい」

「ふ〜ん、買い物の手伝いするなんてエライじゃん」

「母は仕事で遅いので、いつも食事の仕度はわたしがしてるんです」

 純の家庭は純と母と弟の3人暮らしだった。仕事で忙しい母の変わりに、純は家事をしているのだった。

 リサは純の腕を強引に掴んで引っ張った。

「夕飯の仕度なんていいじゃん。お母さん遅いなら遊びに行こうよ」

 強引なリサに少し困った顔をする純。

「でも、弟がいるので……」

 さらに困った顔をする純を見て、戒十が少し眉を吊り上げてリサを見た。

「買い物帰りなんだから無理に付き合わせることないだろ」

「いいじゃん別にぃ」

 無理やりリサは純の腕を掴みどこかに連れて行こうとした。

 そのとき、背後から男の悲鳴が!?

 急いで振り返ろうとする純の顔をリサは掴みに、無理やり前を向かせた。

「早く行こ行こ」

「でも、今……男の人の叫び声が聞こえませんでしたか?」

「うっそー? ねぇカイト聞こえた?」

 戒十は一部始終を見ていた。だが、首を横に振った。

「ううん、なにも聞こえなかったけど?」

 戒十の視界の端で白いバンが走り去っていく。運転しているのはシンだった。

 純は申し訳なさそうにリサの腕を振り解いた。

「やっぱり帰ります。弟がお腹すかせて怒ると困るから」

「しょーがないなぁ。じゃ、また今度遊ぼうね!」

 リサはあっさりと純を開放した。もう引き止める理由もなくなった。

 純が去った後、戒十は静かにリサに尋ねた。

「どういうこと?」

「2重尾行してたシンが、奴らの車を奪って、ついでにウチらを付けて来た奴らも片付けたみたい……あ、メール来た」

 ケータイでシンからのメールを見て、リサは話を続けた。

「ちょっと先の道路で待ってるから来いって」

 二人はシンが待つ場所まで向かうことにした。


 地下室に連れ込まれたのは3人。

 戒十とリサはシンと合流したのち、奪ったバンで近隣に住む、リサたちの知り合いの家に向かった。

 この家に住む住人はリサたちの仲間のキャットピープル。

 住んでいる家は住宅街の一角にある普通に家だが、その地下にある部屋には医療設備や手術台があった。

「その男たちは何者だね?」

 眼鏡をかけた30前後の男が尋ねた。この家の主の三野瀬克己だ。

 リサは縛りあげた男たちを前にして言った。

「それを今から聞くとこ」

 縛られた3人の男たちは、みな口を固く結んでいる。簡単には口を開きそうもない。その姿を見てリサはため息をつく。

「この子たち口固そうなんだけど、誰かこの子たちに心当たりがある人いるー?」

 その質問は戒十とシンに向けられたものだ。

 シンは首を横に振り、残る戒十は目を伏せて何かを考えているようだった。

 静かに戒十が口を開く。

「関係ないかもしれないけど、今日変な女に襲われた……だぶん僕らと同じキャットピープルだ」

 それを聞いたリサはほっぺたを膨らませた。

「なんでそんな面白いこと早く言わないのぉ!!」

「怒ることないだろ、いつ言うか迷ってたんだ」

 保健室での出来事は戒十の中でまだ整理がついていない。女についてわかることは、カオルコという名と、キャットピープルであるという推測。

 シンはリサに視線を向けて深くうなずいた。二人で示し合わせたなにかがありそうだ。もしかしたら戒十が襲われた理由に心当たりがあるのかもしれない。

 再びリサは男たちに視線を戻した。

「さてと、そろそろこの子たちにも話を聞こうかなってことで、カイトは外に出てって」

「なんで? 僕をのけ者にする気かよ。今だってシンと何か合図を送ってたじゃないか」

 少し感情を揺らす戒十の肩をシンが掴んだ。

「行くぞ、ここにいると嫌な光景を見ることになる」

 それは何かと聞く前に戒十はそれを見てしまった。

 謎の薬品や注射器、切れ味の鋭そうなメスを用意する三野瀬の姿。

 口を閉ざす男たちと、用意される道具の数々。おのずと察しが着いてしまった。

 戒十は狂人ではない。そんな光景など見たくもない。すぐに地下室をシンと共に後にして行った。

 リサは小悪魔のような笑みを浮かべた。

「アナタたちは何者で、どーしてアタシたちを付けてたのか教えてくんない?」

 その質問に答えは返ってこない。

 さらにリサは嬉しそうに笑った。

「アナタたちの顔についてる口は飾りなのかぁ? さっさと口を開かないと、そこの怖いお兄さんがキレるよー?」

 怖いお兄さんはメスを握り、リサの身体を押し退けた。

「退け、私が代わりに話を聞こう」

 眼鏡の奥で光る切れ長の瞳。

「さて、誰に話を聞こうか?」

 三野瀬は3人の男たちを見比べた。そして、もっとも身体つきが良い男の前に立った。

「君にしよう。口が1番固そうだ」

 あえて口の固そうな男を選ぶ。

 縛られて動けない男の袖をまくり上げ、三野瀬は注射器の針を男の腕に刺した。

 いったい何の注射なのか?

「この薬は身体の感度を良くする薬でね。快感もそうだが、痛みも増幅させてくれる」

 真症のサディストだ。

 メスが妖しい光を放った。

「キャットピープルの自然治癒能力は哺乳類でもっとも高い。だが、痛覚は一般的な人間のそれと変わらない。つまり、拷問の披見体として、これほど適したモノはないということになる」

 そして、メスは男の皮膚の上を奔った。

 切られたのは指。

 男は表情ひとつ変えていない。

 三野瀬は「ふむ」と鼻を鳴らした。

「指は感覚の鋭い場所だ。細い血管も多く、痛みが強い。顔も細い血管が網の目のように走っている」

 メスは男の頬を切った。やはり男は動じない。傷もすぐに塞がってしまう。

 同属であれば、この程度の外傷は意味を成さないと熟知している。

 ここまでの間で、目の前の男が屈強な精神を持っていることがわかった。

「では、はじめよう」

 三野瀬は言い、リサに顔を向けた。

「さて、最初の質問は何にするかね?」

「どこの誰か知りたいかなー」

「だそうだ、答えてもらおう」

 誰もこれで答えてもらえるとは思っていない。男は固く口を閉ざしたままだ。

 メスは服を切り刻み、男の胸板が露になった。

「それではキャンパスに絵を描こう」

 滑らかな手の動きで、メスは男の乳首の周りに円を描いた。

 二つの乳首の周りに円を描き、そこで手が止まった。

「好きなときに口を開きたまえ」

 作業は淡々と進み、紐の付いたリングピアスが乳首に刺された。

 拷問を受けている男は口を固く結び、まだ口を開く気配はないのだが、その近くにいる二人には変化が見て取れるようになっていた。

 にじむ汗、引き吊る頬、その変化を三野瀬は視界の端で捉えていた。

 三野瀬は乳首に繋がれたピアスから伸びる紐を持った。

「リサ、やるかね?」

 爽やかな笑顔で三野瀬は尋ねた。

「やるやる、おもしろそ!」

 こちらも笑顔で答えた。


 数分後、地下室からリサと三野瀬が上がってきた。

 リサは笑顔を浮かべている。

「ちゃんと聞き出してきたよぉん。二人の子は簡単に口を割ってくれて助かっちゃった」

 はじめに拷問を受けた男を最後まで口を開かず重症を負わされた。それでいいのだ。最初からのこの男に口を開かせる必要はなかった。

 強い者を拷問し、弱い者の恐怖心を高める。目の前で繰り広げられる光景を見て、より確実に弱い者を落とすことができたのだ。

 リサはシンと示し合わすように頷き、少し真面目な表情で言った。

「やっぱりあいつらの仲間だったよ」

「狙いはやはり戒十か」

 シンは驚きもせず呟いた。

 わずかな衝撃を受けた戒十だが、周りの反応を見てその衝撃を胸の奥で抑えた。

 あの男たちは戒十を狙っていたらしい。もしやカオルコの仲間なのか?

「僕が襲われたカオルコって女と男たちとの関係は?」

 戒十は尋ねた。

「やつらのボスだって。戒十を捕まえることが目的らしいけど、やっぱりアレのせいだろね」

「アレってなんだよ?」

「戒十がウチらの同属になった要因を作った『お姫様』のこと」

「姫ってなんだよ。それでなんで僕が狙われるんだよ?」

「姫っていうのは、キャットピープルの中でも絶大な力を持ってる存在。姫から血を受けた者は他のキャットピープルと比べものにならない力を得ることになるんだよねぇ」

 煙草に火をつけた三野瀬が付け加えた。

「研究対象としても一級品だ。クイーンが血を分けた者は片手で数えるほどしかいないらしいからな」

「じゃあ僕は捕まえられて解剖されるために狙われてるってことか?」

 その言葉を聞いて、三野瀬は煙を吐きながら笑った。

「私ならばそうしたいが、理由は別にあるだろうな。そう、おそらく政権争いというところか?」

「僕はそんなことに巻き込まれるのはごめんだね」

「それは無理な相談だな。血の運命は変えられない……死なない限りな」

 三野瀬は悪魔のような笑みを浮かべた。

 戒十が叫ぶ。

「うるさい!」

 血が煮え滾るように熱い。

 なぜか戒十は感情を抑えられなかった。

 どうしてこんなに血が熱いのか?

 部屋を飛び出そうとする戒十の腕を掴むシン。

「待て」

「放せよ!」

 シンの手を振り払い戒十は部屋を出て行ってしまった。

 呆れたようなため息をリサは吐き、シンに頼んだ。

「気づかれないように尾行お願い」

「わかっている」

 シンは静かな足取りで戒十の後を追った。

 リサはソファに深く座り、天井を仰ぎ見た。

「この時期がもっとも精神が不安定になるだよねー」

「そして、もっとも道を踏み外しやすい時期でもある」

「そのときはアタシかシンがちゃんと責任を取って殺すから」

「クイーンの血に勝つのは至難の業だぞ」

「性能の違いは戦力の決定的な差じゃないも〜ん。こう見えてもアンタなんかより、いっぱい生きてるんだから」

 リサは犬歯を見せながらにっこり笑った。

 しばらくの沈黙のあと三野瀬が口を開く。

「ところで……リサはいくつなんだ?」

「にゃははん、女の子に歳を尋ねるなんて失礼だよぉ〜」

 さらにリサは大きく笑って見せた。

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