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シャドービハインド  作者: 秋月キアラ
第五章 夜の終焉
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第八節 身体は一つ

 補助制御室の扉を閉めた瞬間、戒十はもう一度だけ振り返りそうになった。


 シンは床に座り、背を壁へ預けている。


 右腕は、リサの銀糸と応急固定具で吊られていた。肉体としてはまだそこにある。肩から指先まで、人間の腕の形を保っている。


 けれど影には、もう右腕がなかった。


 医療用ライトが作るシンの影は、左腕だけで壁に映っている。右肩から先は、まるで最初から存在しなかったかのように途切れていた。


 それが、ひどく現実味を持っていた。


 血が流れるよりも。


 悲鳴を聞くよりも。


 失われた影の形を見せられるほうが、ずっと残酷だった。


「戒十」


 シンの声が背中に届いた。


 弱い。


 それでも、命令の芯は残っている。


「行け」


 今度は、置いていけという意味ではなかった。


 戻ってくることを前提にした声だった。


 戒十は振り返らなかった。


 振り返れば、足が止まる。


「はい」


 短く答えた。


 その返事を聞いたリサが、先に中央再接続室へ戻る通路を走る。


 彼女の背には、シンの影縫刀が銀糸で固定されていた。刀を持つ姿は似合っていない。けれど、まったく不自然でもなかった。


 リサは刃を抜かない。


 抜いたところで、シンのようには使えない。


 それでも、あの刀を置いていかない。


 シンが生きていることと同じように、刀もまだ戦場に残す。


 戒十はその後を追った。


 足元の影が、彼より半歩遅れてついてくる。


 半歩先ではない。


 半歩遅れ。


 それは珍しいことだった。


「どうした」


 戒十は走りながら足元へ言った。


「痛い」


 影の戒十が答えた。


 正直な声だった。


「シンの右腕?」


「少し残ってる。いっぱい来た」


「都市の影?」


「うん。怖い。怒ってる。帰りたい。帰りたくない。置いていかないで。触らないで。全部一緒に来た」


 戒十は歯を食いしばる。


 縫界を支えたあの数十秒。


 シンだけでなく、自分たちもわずかに影流へ触れた。


 その残響が、まだ影の戒十の中に残っている。


「ごめん」


「謝るところ?」


「わからない」


「じゃあ、謝らなくていい」


 影は少しだけ黙った。


「でも、さっき助けたのは、よかった」


「シンさんを?」


「うん」


「おまえが止めたんだろ。行かないって」


「君も止まった」


「純の受け売りだったけどな」


「借りても、使えば自分の言葉になる」


 戒十は思わず影を見る。


「何それ」


「純っぽいことを言ってみた」


「似てるような、似てないような」


「うるさい」


 そのやり取りが終わる前に、中央再接続室から轟音が響いた。


 通路の壁が震える。


 天井のパネルが何枚か落ち、白い火花が散った。


 リサが立ち止まらずに叫ぶ。


「来るよ!」


「何が!」


「女王様のご機嫌!」


 冗談の形をしているが、声は笑っていない。


 戒十は速度を上げた。


 扉の向こうから、銀白色の光が漏れている。


 月光。


 施設照明。


 市内の街灯。


 それらが重なった、影を作るための光。


 中央再接続室へ戻った瞬間、戒十は息を呑んだ。


     ◇


 クイーンは、さらに大きくなっていた。


 中央再接続室の天井に届くほどの銀白色の巨体。


 頭上には影の冠。


 足元には、宵浜市全域から流れ込む黒い影の川。


 その身体の表面には、街の断片が無数に浮かび上がっている。


 駅のホームの影。


 病院のベッド柵の影。


 旧商店街の看板の影。


 雨に濡れた道路の影。


 学校の机の脚。


 誰かの手。


 誰かの髪。


 誰かの小さな靴。


 街に生きる人々の足元から剥がれかけた影が、女王の外殻に組み込まれている。


 リサは一歩も引かなかった。


 銀糸を広げ、シンの影縫刀を背負ったまま、クイーンを見上げる。


「派手になったね」


 クイーンが笑う。


「ようやく、肉体を得たのよ」


「それ、カオルコの身体でしょ」


「彼女は私を呼ぶために作られた」


 クイーンは答えた。


「そして、私がここへ来るために十分なほど育った」


「本人に聞いた?」


「肉体を持つ者は、いつもそれを言う」


 クイーンの声が低くなる。


「聞いたか。許されたか。選ばれたか。影は、いつもその問いで閉じ込められる」


 リサが言い返そうとした瞬間、戒十の足元の影が大きく揺れた。


 クイーンの視線が、戒十ではなく、その影へ向く。


「あなたは、もう知っているでしょう」


 その声は、影の戒十へ向けられていた。


 戒十の背筋が冷たくなる。


 クイーンは優しく言った。


「肉体人格は、最後にはあなたへ責任を押しつける」


 影の戒十が止まった。


「違う」と、戒十は言おうとした。


 だが、言えなかった。


 違うと言い切れない。


 一度、自分は身体を渡そうとした。


 純を救うためという理由で。


 自分が消えて、影に戦わせ、影に汚れを背負わせようとした。


 その事実は消えない。


 クイーンは笑った。


「身体を渡すなと言ったのは、あなた自身」


 影の戒十の輪郭が、床で濃くなる。


「身体をくれるんじゃなくて、一緒に使え、と」


 クイーンは、まるで大事な言葉を撫でるように言った。


「ならば、奪いなさい」


 中央再接続室の光が、一瞬だけ戒十を照らす。


 その影が、濃く、長く、女王の足元へ伸びる。


「閉じ込められる前に」


 クイーンの声が、影の中へ染み込む。


「また美しい犠牲のために差し出される前に」


 影の戒十が、戒十から少しだけ離れた。


 ほんの数センチ。


 だが、それだけで戒十の胸に穴が開いたような感覚が走る。


「おい」


 声が掠れた。


 影は返事をしない。


 クイーンは続ける。


「あなたは身体が欲しい」


 銀白色の指が、戒十の影へ向けられる。


「自分の口で話したい。自分の手で触れたい。自分の足で純の隣に立ちたい。雨に濡れたい。写真に写りたい。あなたは、それを欲しいと言った」


「言った」


 影の戒十が答えた。


 声は低い。


 戒十の左手が熱くなる。


 影が離れそうになるたび、左手の傷が内側から裂けるように痛む。


 クイーンは嬉しそうに微笑んだ。


「なら、なぜ守るの」


 その問いは、刃のようだった。


「あなたを閉じ込めてきた肉体人格を」


 戒十は奥歯を噛む。


 反論しなければと思う。


 でも、頭の中に別の考えが滑り込んでくる。


 自分が消えれば。


 影が完全に動けば。


 今より強くなれるのではないか。


 クイーンの影網へも潜れる。


 都市の影をたどれる。


 純の管制に頼らなくても、影は影のまま女王へ届けるかもしれない。


 リサを守れる。


 シンの作った時間を無駄にしなくて済む。


 純を、もう二度と傷つけずに済む。


 自分が迷うから遅い。


 自分が怖がるから止まる。


 自分が人間の倫理に縛られるから、影の速さを殺している。


 なら。


 自分が奥へ引っ込めば。


 影が前に出れば。


 身体を全部、影へ明け渡せば。


「戒十」


 純の声が通信から響いた。


 その声で、戒十は息を取り戻した。


『今、何を考えましたか』


「……」


『申告してください』


 戒十は言いたくなかった。


 言えば、また怒られる。


 軽蔑されるかもしれない。


 純に。


 リサに。


 影に。


 でも、言わなければ、同じことを繰り返す。


 戒十は震える息を吐いた。


「僕が消えれば」


 影の戒十が揺れる。


 戒十は続けた。


「影が身体を使えば、もっと強く戦えるって思った。純も、リサさんも、シンさんも、街も、助けられるかもしれないって。だから、僕が奥に引っ込めばいいって、一瞬思った」


 言い終えた瞬間、影の戒十が戒十へ向き直った。


 その目が、怒っていた。


 怖いほど怒っていた。


「また?」


 影の声。


 短い。


 だが、痛烈だった。


 戒十は言葉を失う。


 影は床から立ち上がる。


 人型に近い影。


 獣の輪郭を内側に持った、戒十の影。


「また、僕に全部押しつけるの?」


「違う。今のは」


「違わない」


 影の戒十は叫んだ。


 中央再接続室に、その声が響く。


「助けたいから。守りたいから。強いほうがいいから。綺麗な理由を並べて、また僕に身体を渡そうとした」


 戒十は何も言えない。


 リサも、純も、口を挟まない。


 これは、二人の問題だとわかっているのだ。


 クイーンだけが、楽しげに見下ろしている。


「そうよ」


 彼女は囁く。


「だから奪えばいい。押しつけられる前に、あなたのものにすればいい」


 影の戒十は、クイーンを見た。


「閉じ込められたからって」


 声が低くなる。


「同じことをしていいわけじゃない」


 クイーンの表情が、わずかに変わった。


「何ですって」


「僕は身体が欲しい」


 影は言った。


「今も欲しい。純の隣に立ちたい。自分の手で触りたい。君より前に話したい。写真に写りたい。全部、本当だ」


 戒十は胸を掴まれたような気分になった。


 影の欲望が、言葉になっていく。


 それは自分を責める言葉ではない。


 でも、聞くのは苦しい。


 影は続けた。


「でも、君を追い出して身体を取ったら、僕は君と同じことをする」


 クイーンの冠が、黒く揺れる。


「私と?」


「肉体を奪われたから、今度は奪う。閉じ込められたから、今度は閉じ込める。選ばれなかったから、今度は自分が選ぶ。それじゃ、同じだ」


 クイーンの銀白色の顔に、怒りが浮かんだ。


「あなたに何がわかる」


「少しはわかる」


 影は答えた。


「足元に押し込められること。勝手に危険だと決められること。名前がないこと。自分の言葉を、肉体の反応だとか病気だとか言われること」


 そこで影は、戒十を見た。


「でも、だからって、戒十を消していい理由にはならない」


 戒十の喉が詰まった。


 呼吸がうまくできない。


 純の声が、静かに入る。


『二人とも、呼吸を合わせてください』


 その言葉で、戒十はようやく息を吸った。


 影も、同じタイミングで揺れる。


 クイーンの声が冷たくなる。


「甘いわ」


「甘くていい」


 影の戒十が言う。


「僕は、君みたいになりたくない」


 クイーンの影が、床を走った。


 怒り。


 銀白色の女王の手が、戒十と影を同時に押し潰そうとする。


 リサが銀糸を飛ばし、シンの影縫刀を抜く。


 しかし、刃はまだうまく扱えない。


 銀糸がクイーンの手を少しだけ逸らす。


 戒十は影と同時に後ろへ飛んだ。


 だが、距離が足りない。


 影のほうが先に反応する。


 肉体の戒十が一瞬遅れる。


 そのズレが、クイーンの狙いだった。


 分断する。


 肉体と影の呼吸をずらす。


 影だけを引き抜く。


『戒十、影が離れます!』


 純の声。


 戒十は叫ぶ。


「止まれ!」


「命令するな!」


 影が叫び返す。


「じゃあ、どう言えばいい!」


「頼め!」


「止まってくれ!」


「遅い!」


「でも言った!」


 影が一瞬だけ止まる。


 その一瞬で、クイーンの影の手が二人の間へ入り込んだ。


 影の戒十を引き離そうとする。


 戒十は手を伸ばす。


 掴めない。


 影は肉体ではない。


 それでも、左手の傷から黒い光が噴き出した。


 クイーン影紋への接続点。


 そこから、戒十と影の間に細い影脈が見えた。


 切れかけている。


 細い。


 けれど、まだある。


 戒十はその影脈を掴むように、左手を握った。


 痛みが走る。


 爪が伸びかける。


 瞳が熱くなる。


 でも、完全な獣化ではない。


 自分を失う感覚ではない。


 影の戒十が内側から叫ぶ。


「渡すな!」


「奪うな!」


「閉じ込めるな!」


「消えるな!」


 言葉が重なる。


 リサが叫ぶ。


「言葉、整理して!」


「今やってます!」


 戒十は苦しげに笑った。


 こんな状況で、言葉の整理。


 でも、それが必要だった。


 力ではなく、条件。


 激情ではなく、契約。


 戒十は影を見る。


 影も、戒十を見る。


「勝手に僕の身体を使うな」


 戒十が言った。


 影がすぐに返す。


「僕を勝手に閉じ込めるな」


「純を守るためでも、僕が消えるって言い出したら止めろ」


「僕が奪うって言い出したら止めろ」


「僕が怖がっても、勝手に前へ出るな」


「君が怖がっても、勝手に奥へ引っ込むな」


「血に呑まれたら止めろ」


「綺麗な犠牲に逃げたら噛む」


「噛むな」


「じゃあ殴る」


「影で殴るな。言え」


「二回言っても聞かなかったら?」


「純に言え」


 通信の向こうで、純が息を呑んだ。


 それから、はっきり答えた。


『聞きます』


 リサが泣きそうな顔で笑った。


「名前会議の次は契約会議かあ」


「茶化さないでください!」


「茶化してない。ちょっとだけ感動してる」


 クイーンの影の手が、さらに力を増す。


「そのような約束で、何が変わる」


 女王の声が響く。


「肉体は裏切る。影は飢える。怖くなれば、またどちらかが相手を閉じ込める」


 戒十は頷いた。


「そうかもしれない」


 影も言う。


「僕も、また欲しくなる」


「僕も、また逃げたくなる」


「じゃあ」


 クイーンが笑う。


「無意味だわ」


「無意味じゃない」


 戒十は言った。


「だから条件を作るんだ」


 影が続ける。


「完全に信じてないから」


 戒十は影を見る。


「消えるな」


 影が戒十を見る。


「消すな」


「僕を置いて、勝手に綺麗に終わるな」


「僕を置いて、勝手に身体を取るな」


「同じ人生を使うなら」


「一緒に責任を持て」


 二人の声が重なった。


 その瞬間、左手の傷が黒く光った。


 焼けるような熱ではない。


 冷たい痛みでもない。


 内側から扉が開くような感覚。


 戒十の影が、足元へ戻る。


 ただ戻ったのではない。


 肉体の足元に一つの影として落ち、その内側に獣の輪郭が重なった。


 人の影。


 猫のような獣の影。


 二つは完全に溶け合わない。


 互いの線を残したまま、同じ輪郭の中に収まっている。


 戒十の瞳が琥珀色へ変わった。


 だが、獣化ではない。


 爪は伸びない。


 牙も剥き出しにならない。


 肉体は人の形を保ったまま、影の感覚だけが深く開く。


 都市の影の流れが見えた。


 クイーンの冠へ向かう線。


 病院へ戻ろうとする影。


 駅前で迷っている影。


 旧市街の落影に絡まれた影。


 リサの足元にほとんど影がないこと。


 補助制御室で、シンの影が左腕だけで壁に映っていること。


 管制室で、純の影が右側に細い縫合痕を残しながらも、彼女の身体と一緒にあること。


 全部が見える。


 全部を奪えそうだった。


 全部に触れそうだった。


 でも、触れない。


 選ぶ。


 戒十は息を吸う。


 影の戒十も、内側で同じ呼吸を選ぶ。


 純の声が震えた。


『戒十、影反応が変わりました』


 リサが目を見開く。


「共生……」


 彼女の声が掠れた。


「完全統合じゃない。分離でもない。二つのまま、同じ影に入ってる」


 クイーンの巨大な目が、戒十を見る。


 初めて、明確な苛立ちが浮かんだ。


「歪な形」


「そうかも」


 戒十は答えた。


 声は落ち着いていた。


 自分の声だ。


 でも、内側に影の声もある。


「でも、あなたの救済よりはましだ」


 影の戒十が内側から言う。


「僕もそう思う」


 戒十は少しだけ口元を歪めた。


「意見が合ったな」


「珍しい」


「失礼だな」


「事実」


 リサが息を吐く。


「こういうときまで言い合うんだ」


「落ち着くので」


「それはよかった」


 クイーンが手を振る。


 銀白色の影が、再び戒十へ襲いかかる。


 今度は見えた。


 手ではない。


 街の影を束ねた拘束。


 肉体と影の間へ差し込み、共生を引き裂くための線。


 戒十は動く。


 影が先に動くのではない。


 肉体が先でもない。


 二つの判断が、同じ瞬間に重なる。


 右へ。


 低く。


 足元の影で床を噛み、肉体の脚で踏み込む。


 クイーンの影線を避け、一本だけ爪で弾く。


 弾いた瞬間、その影線がどこのものか見えた。


 駅前の防犯灯に引かれている影。


 切ってはいけない。


 戒十は引き裂かず、流れを逸らした。


 純が通信で叫ぶ。


『今の流れ、駅前へ戻りました!』


「やっぱり」


 戒十は言う。


「クイーンの身体、街の影でできてる。傷つけたら市内に返る」


「じゃあ、どうするの!」


 リサが叫ぶ。


「取り戻す道を作る」


 戒十の口から、その言葉が出た。


 影の戒十も同時に言った。


「戻るかどうかは、それぞれが決める」


 リサは一瞬だけ二人を見る。


 それから、強く頷いた。


「純ちゃん!」


『聞こえています。市内光源、区画ごとに切り替えます。戒十、影流の戻る先を見てください』


「見る」


「僕が探す」


 戒十と影の声が重なる。


 完全に一つではない。


 でも、同じ目的を選んでいる。


 クイーンが冠を大きく広げた。


「影を肉体へ戻すの?」


「戻れって命令するんじゃない」


 戒十は言った。


「戻る場所を作る」


「また肉体の足元へ?」


 クイーンの声に怒りが混じる。


「そこが檻だと言ったでしょう!」


 影の戒十が、内側から答える。


「檻かどうかは、本人が決める」


 戒十が続ける。


「あなたじゃない」


 クイーンの銀白色の巨体が震えた。


 中央再接続室の光が、再び三十二方向に割れようとする。


 だが、その前に純の声が飛んだ。


『次の同期、来ます。戒十、共生状態の安定時間は未知数です。無理に延ばさないでください』


「わかった」


「たぶん無理する」


 影が言う。


「言うなよ」


「申告」


「じゃあ記録」


『記録しました。無理をしそうなら、私が止めます』


 戒十は笑った。


「お願いします」


 クイーンが吠えた。


 銀白色の冠が膨れ上がり、都市の影をさらに引き寄せる。


 今度は、戒十には見えた。


 その冠の中心に、カオルコの固有影核が押し込められている。


 小さく、黒く、まだ消えていない。


 その奥に、クイーンの影核。


 そして、さらに外側へ広がる都市の影。


 この巨体をただ壊せば、街の影も、カオルコも、クイーンも一緒に散る。


 だから、壊すだけでは駄目だ。


 戒十は左手を握る。


 黒い傷が光る。


 影が足元で獣の輪郭を重ねる。


 身体は一つ。


 意志は二つ。


 完全な信頼はない。


 だが、条件はある。


 戻るための声もある。


 純が見ている。


 リサが隣にいる。


 シンが生きている。


 だから、消えない。


 だから、奪わない。


 戒十はクイーンへ向かって走り出した。


 影も、同じ身体の中で走った。


 その一歩目は、今までで初めて、完全に同じ歩幅だった。

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