第4章-夜の叛逆-感染
すべてを純に話した。
尋常でないことが起きていることは確か、それを見ている純はすべてを疑わずに聴いた。
そして、純はすべてを信じた。信じないわけにはいかなかった。
リサが隠れ家に使っているマンションに4人が集まっていた。
ベッドに寝かされている純を診断した三野瀬は簡潔に口を開く。
「早くホストを見つけて来い」
やはりあのワクチンだけでは治らなかった。そういうことだ。
三野瀬はワクチンの入ったケースを置いて帰った。
部屋に残された3人。
戒十は純の手をずっと握っている。
「絶対にキャットピープルになんかさせないから」
純はニッコリと笑った。
「平気だよ、もしなっても死ぬわけじゃないんでしょう。それに三倉くんだってキャットピープルなんだから、わたしだってなっても平気だよ」
自分がそうだから純にはなって欲しくなかった。
死ぬわけじゃない、ただキャットピープルになるだけ。
ただなるだけ?
そこに今までどおりの生活はない。
重い表情をしていたリサが急に明るい顔をした。
「そうそう、昨日はなんかスゴイ光景、純ちゃんに見せちゃったけど、キャットピープルの中にはケンカすら無縁で生きてる人もいるんだから。てか、そっちのほうが断然多いもん」
戦いの渦に巻き込まれている戒十には信じられない言葉だ。
「なに笑ってんだよ、全部、全部……純がこうなったのはリサのせいじゃないか!」
戒十はリサに掴みかかった。
リサは抵抗もせず、俯いて悲しい顔をしている。
戒十にもリサにもわかっている。
あのとき、リサが純を置いていかなければ良かった。だが、それでは戒十は助からなかった。
リサを責めてもどうにもならない。それでも戒十はリサを責めた。
自分が連れて行かれたら、実験台にされ、クイーンを捕まえる道具にされ、最後はカオルコに喰われていたかもしれない。けれど、自分が犠牲になっていれば、純は助かったのだ。
ベッドから上体を起こした純が戒十の手を掴み、リサの胸倉からゆっくりと手を解かせた。
「やめて、リサさんを責めないで。わたしが三倉くんを助けてってお願いしたの。だからいいの、三倉くんが助かったんだから」
その言葉を聞いて戒十は余計に胸を痛めた。
戒十は一刻も早くカオルコを見つけたい気持ちでいっぱいだ。だが、カオルコの居場所がわからない。そのヒントすらなかった。
ここでじっとしていても解決しないが、もうすでに夜は明けようとしていた。戒十の活動時間が終わろうとしていた。
キッカが殺され、その情報は瞬く間に広がった。もともと好戦的な者が多い〈バイオレットドラゴン〉は、キッカの弔い合戦だとして、多くの者が純と関係なくカオルコと〈シャドームーン〉を追って動いている。だが、リーダーを欠き、サブリーダーもキッカと共に失っており、〈バイオレットドラゴン〉は統制が取れていない状況だった。
リサはある物音を聴き取った。
「シンが来たみたい」
その直後、チャイムが鳴った。
リサが玄関に向かい、シンを連れて部屋に戻ってきた。
軽くリサが紹介する。
「こっちシン、この子は純ちゃん」
純は優しく微笑んだ。
「水城純です、よろしくお願いします」
「如月シンだ」
名乗ったシンを見ながら戒十が小さく呟く。
「苗字あったんだ」
「当たり前だろう」
と、シンに言い返された。
戒十はリサにも尋ねる。
「リサの苗字は?」
「実はアタシもミヅキって発音するんだぁ」
「わたしと同じなんですか?」
驚きながら純は嬉しそうな顔をしていた。
「うんうん、同じ。ちなみにアタシは『観る』に『月』って書いて観月って言うの」
リサは指で文字を書きながら言い、純も同じようにした。
「わたしは『水』にお城の『城』って書くんですよ」
二人はにこやかに笑いながら話していた。
重たかった空気もいつの間にか消えていたが、それが戒十には歯がゆかった。
時間がない。
戒十はシンに話を振った。
「どうしてシンがここに来たの?」
「カオルコの行方を調べてみたが、まだ手がかりすら掴めない。そのことと、リサに――」
「そ、アタシが呼んだの。シンにも聞いて欲しい話がいろいろあったから」
リサは部屋を移動しようと歩き出し、途中で振り返った。
「部屋変えよっか。純ちゃんは聞かないほうがいい、聞いたらこっち側に漬かっちゃうもん」
純は小さく頷いた。
3人は純をこの部屋に残して、隣のリビングに移動した。
整理しなくてはならない話はいろいろとあった。
リサは少し考え込み、この話からはじめた。
「みんなわかってると思うけど、カオルコはアタシがキャットピープルにしたの。でもね、それは間違えだった……あのまま死なせて置けばよかった。あの子の闇にアタシは気づけなかった、で、まあ、いろいろあったんだけどさ、あの子はアタシの元を飛び出して、そのあとなにがあったかわかんないけど、久しぶりに再会したら、あんな感じになっちゃったわけで……」
シンが口を挟む。
「つまり〈シャドームーン〉の首領として現れたわけだな」
さらにシンは続けた。
「〈シャドームーン〉の目的はキャットピープルの支配、そして人間も支配するつもりだろう。その段階としてクイーンの力を必要としている」
世界征服の夢は時の権力者が見た夢。一地方の一時的な征服を成し遂げた者は人間の歴史でもいた。だが、その夢は長く続いたためしがない。
戒十も不可能だと思っていた。
「馬鹿げてる。いくらキャットピープルが身体能力に優れていても、軍隊に勝てるわけがないじゃないか」
人数、武力、どちらにおいても、キャットピープルは人間には劣る。だが、キャトピープルの本当の武器は別にある。
リサは呟く。
「ウチらの間ではこう呼ばれてるの、〈感染〉って。それがキャットピープルが世界を統べる方法だと思う」
戒十は自分のこと、そして純のことを思い出した。あんなにも簡単に〈感染〉してしまう。脅威というほかない感染力だ。あっという間に人間全員がキャットピープルに変わることも可能のように思える。
だったらなぜそれをしないのか、戒十は当然のように疑問に思った。
「鼠算式に増えていけば、数日で世界中はキャットピープルで溢れ返ると思うけど、なんでそれをしないの?」
それにリサが答える。
「今まで何度も大きな事件はあったんだよ。無闇矢鱈に〈感染〉させてやろうと思う奴が出てくるのは当然でしょう。そのたびに阻止して、事件を隠蔽してきた。運良くそれでどうにかやってきたってわけ。あと、感染力も100パーセントじゃないし、発祥まで数時間が必要なの。大々的に〈感染〉させてやろうとしたら、仲間を増やし終わる前に人間にバレて結局潰されるのがオチだと思う」
さらにシンが補足した。
「よく映画でこんなシーンが描かれているだろう。ヴァンパイアに噛まれた者はその下僕となる。しかし、キャットピープルはそうではない。無理やりキャットピープルにされた人間がどのような行動を取るか想像も付かない。その者が俺たちの仲間になることを拒否し、すべてを人間の前で明るみにしたらどうなるか、俺たちは怪物扱いされ、一部の過激派の闘いが火種となって、人間と全面戦争になることは目に見えている。統制が取れないのにキャットピープルを増やすことは、自らの首を絞めることになる」
キャットピープルが世界征服をすること、または考えなしに仲間を増やそうとする行為、それはキャットピープルによって阻止されてきた。事件はすべて闇に葬られる。
長く生き、自分たちの身を守ろうと画策すると、当然のように権力を手に入れようとキャットピープルはする。実際、キャットピープルは各界に顔が利く。だが、あくまで裏でのみだ。
たとえばキャットピープルが大統領になり、それが世間に明るみなった場合、それでも大統領は権力を保持できるか?
無理だろう。
数は最大の武器である。人間に比べたらキャットピープルなど絶滅危惧種だ。権力はそれに従う者があって効力が発揮されるものだ。
キャットピープルが人間の世界に明るみになってはいけない。これは絶対的な掟だった。
リサがなにかを思い出したように軽く手を叩いた。
「そうだ、あの事件は近年ではもっとも危なかったなー。輸血用の血液にキャットピープルの血を混ぜるってやつ。輸血だったら感染率100パーセントだもんね。しかも、〈感染〉したほうが、まったく気づかない間に〈感染〉しちゃうから、気づいたら自分もキャットピープルでしたみたいな」
気を取り直すようにリサは座りなおした。
「話はちょっと逸れちゃったけど、カオルコの率いる〈シャドームーン〉は政界征服の段階として、クイーンを探していろいろしようとしてるってこと」
ここまでは確認のための要約だ。リサが話したい本題はこれからだった。それ切り出す前に、戒十からその話題が振られた。
「ところでリサ、〈夜の王〉ってなに者なの?」
戒十はすぐ近くでその会話を聞いていた。
あの驚いたリサの表情を思い出す。
――彼はもう死んでいるはずじゃ?
「〈夜の王〉は世界征服を目論んだ殺戮者。そして、アタシが殺したハズの男」
だが、〈夜の王〉は生きていた。
なにかを思い出すように、リサは天を仰いで話しはじめた。
「アタシが〈夜の王〉、当時は別の名前で呼ばれていたんだけど、そう、はじめて会ったのは12世紀ごろだったかなぁ。当時はまだ正義感に溢れ、より良い社会の実現のため、理想に燃えているような人だった。キャットピープルと人間、どちらのためにもなるような世界を作ろうってね」
「話の途中で悪いが、少しいいか?」
シンが途中で口を挟んだ。どうしても気になる点があったのだ。
「今まで俺はリサに年齢を尋ねようとしなかった。それはリサが隠しているそぶりをしていたからだ。しかし、今は聞かせてもらう、リサはいつから生きていて、いったい何者なんだ?」
12世紀ということは、800〜900年前のことだ。キャットピープルの寿命を超えている。
カオルコもその点を指摘していた。
必死な延命で生きながらえている〈夜の王〉。それにくらべて、リサは若いまま、永い時を生きている。
「その話はあとでってことで」
いつものようにリサは答えをはぐらかした。そして、その話を忘れるように、話題を戻して一気に話そうとした。
「とにかく〈夜の王〉は変わってしまったの。はじめて会ったときから100年くらい経ったころかな、彼の噂を聞くようになったのは。〈夜の王〉と呼ばれるようになった彼は積極的に人間を侵略し、仲間を徐々に増やし、ヨーロッパ全土を侵略しようとした。特に教会との戦いは壮絶だったなー。んで、まあ最後はアタシが彼を殺したの。遺体は発見されなかったけど、誰もが絶対に死んだと思ってた。だって、そのあとなんの噂も聞かなかったし。歴史的にも教会が隠蔽して、記録された書物は全部焼き払われたし、そのことを話すこともタブーにされたの。それでも多少は伝承とか伝説の類として残っちゃったけど、その問題は時間が解決してくれて、今じゃ誰も信じないような感じだしね。アタシに言わせてみれば、歴史の教科書なんてウソっばかりだよ、ここだけの話ね」
ひと段落付け、リサはこう付け加えた。
「死を間近にしたキャットピープルはタチが悪い」
敵はカオルコだけではない。
リサのケータイが鳴った。非通知だ。
「もしもーし、リサです」
《決着をつけましょう》
ケータイから漏れる声、その声は戒十とシンにも届いていた。