第二話 だから言うたのに……
--六月。
梅雨空の下、朝から雨がしとしと降っていた。
教室の窓を叩く雨音を聞きながら、タケシがため息をつく。
「絶対あいつ傘持ってきてへんやろな……」
「誰のことだ?」
隣の席のアイが首を傾げる。
「ユキや。
朝、空見ながら家出てきたからな。
悪い予感しかせえへん」
「なるほど。
忘却確率、九割以上」
「な、高すぎるやろ」
二人はクスリと笑った。
◇
そして放課後。
予感は見事に的中した。
出入り口で窓の外を見ながらユキが固まっている。
「うわぁ……、めっちゃ降っとるやん……」
「何してんねん」
後ろから声がして振り返る。
タケシとアイだった。
「あはは……
いや、なんもしてへんよ」
「傘忘れたんやろ?」
「……」
「図星やな」
ユキが両手を合わせる。
「助けてください」
「嫌や」
即答だった。
「そんなこと言わんと、なぁ!」
「朝から天気予報で言うとったやろ」
「見てへんもん」
「だから言うたのに」
タケシは呆れた顔をする。
その横でアイが静かに考え込む。
「解決案提示」
「おっ?」
「タケシの傘にユキが入る」
「却下」
「即答!?」
「近いやろっ!」
「何がやねん!……せやな、近いな」
アイは少し考えた。
二人とも顔が赤い……なぜだ?
「代替案提示」
「おっ!」
二人が期待の目で見る
「私の傘にユキが入る」
がっかりした様子で
「アイの傘、小さいやん」
アイの折りたたみ傘は、見事なまでに小さかった。
「濡れるぞ」
「確かに」
真面目に頷くアイ。
◇
その時だった。
校門の外に黒い車が止まっている。
黒のアルファードの窓が開く。
「アイ、迎えに来たよ」
アイの父ケイだった。
「あ、おじさん!」
「こんにちは」
「こんにちは、皆さん」
丁寧に頭を下げるケイ。
相変わらず怖そうな見た目と裏腹に
丁寧な態度が一致していない。
ケイは三人の様子を見ると、空を見上げた。
「もしかして、傘ですか?」
「ユキが忘れたんだ。忘却過多」
アイが簡潔に説明する。
「なるほど」
ケイは納得したように頷いた。
「よろしければ送っていきますよ」
「えっ、ホンマですか!?」
ユキの目が輝く。
「もちろんです」
「助かるーっ!」
◇
--車内。
後部座席でユキが感動していた。
「アルファード広っ!」
「静かやな」
「快適」
三者三様の感想である。
ケイはバックミラー越しに微笑んだ。
「気に入ってもらえて良かったです」
「おじさん、優しすぎやわ〜嬉しいねんけど」
「いえいえ。
アイがいつもお世話になっていますから」
隣のアイが小さく頷く。
「事実」
「事実なんや(笑)」
車内に笑いが広がる。
◇
やがてユキの家の前に到着した。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
車内のアイが小さく手を振った。
「また」
二人が降りる。
その時、ユキの母親が玄関から顔を出した。
「あらユキ、アンタどうやって帰ってきたん……って、高そうな車!?」
「おばちゃん、送ってもろてん」
「あらまぁ!ありがとうございます!」
ケイも慌てて頭を下げる。
「いえいえ、とんでもありません」
二人で頭を下げ合う。
ユキが小声でタケシに言う。
「なんか大人同士の会話が始まったな」
「せやな」
「帰ろうか」
「帰ろう」
◇
走り去るアルファードを見送りながら、タケシが言う。
「だから朝言うたやろ。雨降るって」
「うっ……」
「明日は忘れんなよ」
「分かった分かった」
そう答えたユキだったが、
--翌朝。
「あっ」
玄関に置かれた傘を見て固まるのだった。
「ユキーッ!アンタまた傘忘れてるでー!」
母親の声が住宅街に響く。




