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湯守と追放令嬢の辺境温泉開拓記 〜荒野に湧いた極上源泉と温泉野菜で始める旅館運営、気づけば一大温泉街へと成り上がっていました〜  作者: 黒崎 隼人


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第7話「集まる職人と温泉熱利用」

 『燈火亭《とうかてい》』の評判が東街道を越えて広まるにつれ、宿には毎日多くの客が押し寄せるようになっていた。


 だが、トウマとセレスティアの挑戦は、単なる宿泊施設の提供だけにとどまらなかった。

 二人が目指していたのは、この不毛だった荒野の恵みを極限まで引き出し、訪れるすべての人々の生活を豊かに変えることだった。

 その第一歩となったのが、セレスティアが主導した特産品開発だった。


「トウマ様、見てください! 湯畑の木樋に、こんなにも綺麗な結晶が溜まりました!」


 朝の澄んだ空気の中、セレスティアが湯畑から木箱を抱えて駆け寄ってきた。

 箱の中には、純白の雪のようにきめ細やかな粉末状の結晶がぎっしりと詰まっていた。

 温泉水の中に溶け込んでいた硫黄やカルシウム、珪酸《けいさん》などの天然ミネラルが、湯が空気に触れて冷やされる過程で結晶化したもの――「湯の花」である。


「おお、見事だな。不純物がまったく混ざっていない、極上の湯の花だ」

「はい! 私の【精霊眼《せいれいがん》】で視ると、この結晶には大地の浄化と治癒《ちゆ》の光の精霊が、濃密に宿っています。これを精製して、オリーブ油に似た天然ハーブオイルと合わせれば、素晴らしい石鹸ができるはずです」


 セレスティアは公爵令嬢時代に学んだ薬草学と調香の知識を活かし、トウマと共に試作を重ねた。

 湯の花の微粒子を限界まで細かくすり潰し、肌を傷つけないよう配慮しながら、荒野の自生ハーブから抽出した保湿エキスを絶妙な比率で配合する。

 さらに、トウマの【土水調律《ジオ・チューニング》】によって微細な結晶の角を取り、肌触りを極限まで滑らかに整えた。

 そうして完成したのが、『燈火亭特製・湯の花薬用石鹸』だった。

 泡立てると、生クリームのように濃密でキメ細かな弾力ある泡が立ち上り、ふわりと爽やかな柑橘系の香りが広がる。

 肌に乗せると吸い付くように毛穴の汚れを吸着し、洗い上がりは驚くほどしっとりと潤う。

 肌荒れや湿疹、日焼けによる炎症に悩む女性客や旅人たちに試してもらったところ、その効果は絶大だった。


「若女将! あの石鹸、十個……いや、二十個分けてくれないか!? 妻と娘に持って帰ったら、肌が陶器のように白くなったって泣いて喜ばれたんだ!」

「街道の砂風でボロボロだった顔が、たった三日で治ったよ! 王都の薬師ギルドの高級クリームなんか目じゃない!」


 土産物として販売を始めた湯の花石鹸は、並べるそばから飛ぶように売れ、瞬く間に東街道の商人たちの間で高値で取引される大人気商品となった。


◆ ◆ ◆


 一方、トウマもまた、前世の知恵を総動員した一大事業を成功させていた。

 宿の南側の開墾地に建設された、巨大なガラス張りの温室――「温泉地熱ハウス」である。

 外気は冷たい風が吹き抜ける荒野でありながら、ハウスの内部に一歩足を踏み入れれば、そこはまるで南国の熱帯雨林のような温かさと適度な湿度に包まれていた。

 地下には源泉の排水パイプが縦横無尽に張り巡らされ、地熱が土壌を常に二十五度前後に保っている。

 作物の根元にはトウマが厳選した有機腐葉土が敷き詰められ、定期的に散水されるミネラル豊富な希釈温泉水が、植物の根を劇的に活性化させていた。


「よし……今日がいよいよ収穫だな」


 トウマが青々とした蔓をかき分けると、そこには両手で抱えるほどもある丸々とした果実が、ツヤツヤと輝いていた。

 表面には、まるで芸術品のように細かく均一な網目模様《ネット》が刻まれている。

 異世界では誰も見たことがない、至高の果実――「温泉メロン」である。

 温度管理と水分調整が極めてシビアな作物だが、トウマの土壌感知魔法とセレスティアの精霊眼による水分監視が見事に融合し、奇跡の結実を果たしたのだ。

 トウマは完熟したメロンを蔓から丁寧に切り離し、大広間の厨房へと運んだ。

 待ち構えていたセレスティアと、非番で手伝いに来ていたギルバートが見守る中、包丁の刃を果実の中央へと入れた。

 サクッ……

 刃が吸い込まれるように通り、二つに割れた瞬間、部屋中に爆発的な芳香が満ち溢《あふ》れた。


「……っ! なんちゅう甘い匂いだ……!」


 ギルバートが喉を鳴らし、驚きにまばたきを忘れる。

 現れたのは、透き通るようなエメラルドグリーンに輝く、瑞々《みずみず》しい果肉だった。

 中心の種を取り除くと、窪みには泉のように甘い果汁が溢れ出している。

 トウマは果肉を一口大に切り分け、二人へと差し出した。


「味を見てくれ。俺たちの温泉農業の集大成だ」


 セレスティアがフォークで果肉を口へと運ぶ。

 噛んだ瞬間、果肉は舌の上で溶けるように崩れ、極限まで凝縮された上品な甘みと高貴な香りが口蓋いっぱいに広がった。


「……あ……っ、信じられません……! 甘いのに、少しもくどくなくて、喉を通り過ぎた後もずっと清らかな香りが残っています……! 王宮の夜会で出されるどんな南方産の果物よりも、遥かに高貴でおいしいです!」


 セレスティアが頬を染めて感動の声を上げると、隣で大口を開けてメロンを頬張ったギルバートが、目を白黒させて絶叫した。


「うめぇぇぇぇぇっ!? なんだこれ、果物か!? 果汁がジュースみてぇに溢れて止まらねぇぞ! 大将、あんた本当にただの農民か!? 豊穣《ほうじょう》の神の生まれ変わりじゃねぇのか!?」

「はは、大袈裟だな。でも、これなら胸を張って『燈火亭』の名物として出せるな」


 温泉メロンの誕生は、さらなる熱狂を巻き起こした。

 夕食のデザートとして提供されるや否や、客たちはその極上の美味に狂喜乱舞し、「あのメロンを食べるためだけに東街道を旅する価値がある」と噂された。


◆ ◆ ◆


 そして、湯と特産品の成功がもたらした最大の奇跡は、「人の定住」だった。


「トウマ様、外にお客様……いえ、移住を希望される方々がお見えです」


 ある日の昼下がり、セレスティアに呼ばれて外に出たトウマは、宿の前の広場に集まった数十人の群れに目を見張った。

 荷車に家財道具を積み、家族を連れた職人たちだった。

 先頭に立っていたのは、頑固そうな白髪の老人だった。


「わしは商業都市オルバールで大工の棟梁をしておる、バックスという者だ。……トウマ殿、単刀直入にお願いしたい。わしたちを、この土地の住人にしてはくださらんか?」

「住人に、ですか……?」

「そうだ。燈火亭の噂を聞き、わしも湯治《とうじ》に来てこの宿の造りと湯に惚れ込んだ。……今、都市部は強欲な貴族やギルドに搾取され、職人が腕を振るえる場所が奪われておる。だが、ここには本物の技術と、人を思いやる温かさがある。わしたち大工も、鍛冶屋も、陶芸職人も、この宿の周りに家を建て、トウマ殿と若女将の力になりたいのだ!」


 後ろに控えていた若い職人たちやその妻、子供たちも、真剣な眼差しでトウマを見つめていた。

 荒野だからと恐れる者は一人もいなかった。

 トウマとセレスティアが切り開いたこの場所が、希望に満ちた新天地であることを、誰もが確信していたのだ。

 トウマはセレスティアと視線を交わした。

 セレスティアは力強く、嬉しそうに頷いた。


「棟梁、大歓迎です。……ただし、俺たちの街は、誰もが支え合い、訪れる人を笑顔にする温泉街にしたいと思っています。その想いに賛同してくれるなら、土地も温泉も、喜んで分け合います」

「おお……! ありがたい! 礼を言うぞ、トウマ殿!」


 職人たちが歓声を上げ、家族たちが抱き合って涙を流した。

 この日を境に、荒野の風景は劇的な変貌を遂げ始めた。

 バックス棟梁率いる大工集団によって、温泉の配管が街区ごとに敷設され、湯煙が立ち上る美しい木造の町並みが築かれていった。

 鍛冶屋の鎚音が響いて新たな農具や調理器具が生み出され、陶芸窯からは温泉用の美しい湯呑みや皿が次々と焼き上がり、仕立て屋が心地よい麻の温泉浴衣を縫い上げる。

 子供たちの明るい笑い声が広場に響き、夕暮れには各家庭から温泉料理の湯気が立ち上る。

 ただの掘っ立て小屋から始まった開拓は、数多くの人々の温かな手によって、活気あふれる「温泉街」の産声へと結実しつつあった。

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