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湯守と追放令嬢の辺境温泉開拓記 〜荒野に湧いた極上源泉と温泉野菜で始める旅館運営、気づけば一大温泉街へと成り上がっていました〜  作者: 黒崎 隼人


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第14話「王太子の失脚と強欲貴族の破滅」

 モルグ山麓の暴走が鎮静化してから数時間後。

 ベルガルド王宮の大広間「白銀の円卓の間」には、重苦しい緊張と冷厳な空気が張り詰めていた。

 普段であれば華美な装飾品と絢爛なドレスを身につけた貴族たちが社交に興じる場だが、今は近衛騎士たちが抜剣した状態で厳重に居並び、玉座の国王の前には、二人の罪人が引き立てられていた。

 全身泥まみれのまま重い鉄の手錠を嵌められたレナードと、失禁して泡を吹きながら兵士に両脇を抱えられているバルトロ男爵である。

 広間の周囲を取り囲む貴族や大商人たちからも、軽蔑《けいべつ》と怒りの視線が二人へと集中していた。


「静粛に!」


 司法大臣が羊皮紙《ようひし》の巻物を広げ、大広間中に響き渡る声で罪状を読み上げ始めた。


「――罪人バルトロ! 貴様は観光利権の独占を目論み、王室公金四万枚の横領、ヴェルデ温泉街に対する不法な武力封鎖および接収未遂、さらに安全基準を無視した違法な魔力爆破を強行し、王都全域を水没と毒煙の危機に晒した! さらに、かつて公爵令嬢セレスティア様に無実の罪を着せ、『魔力ゼロの無能』と貶めて陥れた偽証・国家反逆の主犯である!」

「ひぃぃっ……! ご慈悲を、陛下、ご慈悲をぉぉっ!」


 バルトロ男爵が床に額を打ち付けて命乞いをするが、玉座の国王の眼光は氷のように冷徹だった。


「主犯バルトロに対し、全財産の没収、爵位の永久剥奪、ならびに最果ての極寒の地、ガルズ硫黄鉱山での終身強制労働刑を言い渡す! 連れて行け!」

「あぎゃあああああっ!? お許しをぉぉぉぉっ!」


 阿鼻叫喚の叫び声を上げながら、かつて贅を尽くした強欲貴族は、衛兵たちによって引きずり出されていった。

 二度と日の目を見ることはない、自業自得の惨めな末路だった。

 そして、国王の視線は、ガタガタと震える我が子――レナードへと向けられた。


「そして、レナード」

「ち、父上……! 余は……いえ、私はバルトロに騙されていたのです! セレスティアに罪を着せたのも、すべてあいつの入れ知恵で……私は何も知らなかったのです!」

「見苦しい言い訳をするな!」


 国王の雷鳴のような怒声が大広間を揺るがした。


「己の虚栄心からセレスティアを無能と罵り、聖女候補の嘘を利用して冤罪を着せ、死の荒野へ追放した罪! 民の安全を顧みず暴走を招き、自ら瓦礫の下で泣き叫んでいたその無様な醜態! 民を導くべき王族として、貴様の魂は腐り果てている! お前には、王族としての誇りも、一人の人間としての誠実さも欠片もない!」


 国王は冷酷に宣告した。


「レナードの王位継承権を永久に剥奪し、王族籍より除名する! 北の凍土に建つ監獄塔へ永久幽閉《ゆうへい》とし、一生涯、己の浅ましき罪を悔い改めよ!」

「な……廃嫡……!? そ、そんな……余が……余が王になれぬだと……!? 嘘だ、嘘だと言ってくれぇぇぇぇっ! セレスティア、頼む、父上に言ってくれ! お前を愛していたんだ、許してくれぇぇぇっ!」


 レナードは髪を振り乱して発狂したように叫び、セレスティアの足元へと縋り付こうとした。

 だが、その前にギルバートの巨躯が岩のように立ち塞がった。


「失せろ、青二才が。嬢ちゃんにその汚ねぇ手で触れるんじゃねぇ」


 ギルバートに睨《にら》みつけられたレナードは恐怖に悲鳴を上げ、近衛騎士たちに両腕を拘束され、引きずられていった。

 かつて持たざる者を嘲笑《あざわら》い、踏みにじっていた愚かな王子は、すべてを奪われ、誰からも顧みられない暗闇へと永久に堕ちていったのだった。


◆ ◆ ◆


 大広間から罪人たちの喚き声が消え去り、静寂が戻った。

 国王は玉座から立ち上がると、一段ずつ階段を降り、トウマとセレスティアの前に歩み寄った。


「セレスティア殿」


 国王は老いた身体を深々と折り、セレスティアの前に頭を垂れた。


「……王家の愚昧なる息子が、貴女に筆舌に尽くしがたい侮辱と苦難を与えたこと、国王として、そして一人の親として、心より謝罪する。すまなかった……」


 大広間にいた大臣や近衛騎士たちも、一斉に平伏した。

 元公爵令嬢セレスティアの完全な名誉回復が、王国の公式記録として宣言された瞬間だった。

 さらに、不当に没収されていたセレスティア個人の全財産と身分の返還も公式に認められた。

 セレスティアはそっと首を横に振った。


「頭をお上げください、国王陛下。……私を陥れた者たちは去りました。今の私には、守るべき大切な街と、愛する人々がおります。過去の恨み言を申し上げるつもりはございません」


 凛としたセレスティアの気品と寛大さに、国王は涙を拭い、そしてトウマを見上げた。


「トウマ殿。貴殿の類まれなる大地の技と、人を救う高潔な魂がなければ、今頃王都は壊滅し、何万もの無辜の民が命を落としていた。……全ベルガルド国民を代表し、心より感謝を申し上げる」


 国王は真剣な眼差しで尋ねた。


「貴殿の功績は、一国の領地や爵位を与えてもなお足りぬ。望む恩賞を申すがよい。金銀財宝か、王都の貴族の地位か、何でも叶えよう。王宮筆頭魔導士の座でも、大臣の地位でも、貴殿が望むならすべて与えよう」


 群衆が固唾《かたず》を呑んで見守る中、トウマは琥珀色《こはくいろ》の瞳を真っ直ぐに国王へと向けた。

 貴族の地位にも、巨万の富にも、トウマの心は微塵《みじん》も動かなかった。


「陛下。俺の望みは一つだけです」


 トウマは力強く言葉を紡いだ。


「ヴェルデ荒野の地を、王家からも、いかなる貴族からも干渉されない、すべての人々が心と身体を癒やすための【独立永世温泉特区】として正式に認めていただきたい」

「温泉特区……とな?」

「はい。税の過酷な取り立てや不当な武力介入を禁じ、自由な交易と湯治《とうじ》が行われる平和の聖域として、不可侵の自治権を保証していただきたいのです。不毛だったあの荒野を開拓したのは、王都の権力ではなく、土と湯を愛し、汗を流してくれた職人たちと領民です。あの街は、訪れる誰もが平等に安らげる場所でなければならないのです」


 トウマの誇り高き言葉に、傍らに控えていたシルフィア帝国のエレノア皇女が一歩進み出た。


「国王陛下。その申し出、我がシルフィア帝国も全面的に支持いたします。もしヴェルデ特区の自治が認められるならば、帝国としてもヴェルデを『国際中立保養地』として公認し、両国の平和の架け橋として不可侵条約を締結いたしましょう」


 大陸最強の帝国からの強力な後押し。

 クラウス会頭もまた、眼鏡を光らせて深く頷いた。


「星巡《ほしめぐ》り商業連合も、ヴェルデ特区への全面的な経済支援と流通網の整備を確約いたします。ヴェルデを大陸第一の自由交易都市として発展させることをお約束しましょう」


 国王はトウマとセレスティアの顔を交互に見つめ、やがて晴れやかな笑顔を浮かべて力強く頷いた。


「見事な志だ。……よかろう! 本日ただいまをもって、ヴェルデの地を王家からのいかなる干渉も禁じる『独立永世温泉特区』に認定する! そしてその領主にして最高湯守として、トウマ殿、ならびにセレスティア殿を共同代表に任命する!」


 国王自ら署名し、黄金の王璽が押された勅書が、トウマの手へと手渡された。

 ワアアアアッ! と大広間から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。


◆ ◆ ◆


 王宮での厳粛な儀式を終え、帰路につく快速馬車の中。

 手渡された黄金の特区認定書を膝の上に置き、トウマは深く息を吐き出した。

 窓の外には、王都の街並みが後方へと遠ざかっていく。


「終わりましたね、トウマ様」


 セレスティアが隣でそっと呟いた。

 その紫水晶の瞳には、過去のすべての呪縛から解き放たれた、どこまでも澄み切った光が宿っていた。

 トウマは優しく微笑み、彼女の小さな手を包み込んだ。


「ああ、終わったよ。……いや、ここからが本当の始まりだな。俺たちの、誰にも邪魔されない街へ帰ろう」

「はい! 私たちの愛するヴェルデへ!」


 セレスティアは満面の笑みを咲かせ、トウマの手をぎゅっと握り返した。

 不毛の荒野から始まった小さな湯守と追放令嬢の歩みが、国の理不尽を打ち砕き、最高峰の栄誉と自由を勝ち取った瞬間だった。

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