第13話「地熱調律と真実の告発」
王都近郊にそびえるモルグ山の山麓は、地獄の釜の底と化していた。
黒煙と刺激臭を放つ黄色い硫黄ガスが天を覆い尽くし、ドォン、ドォンと地下から激しい水蒸気爆発の轟音が鳴り響いている。
豪華絢爛を誇るはずだった『王立魔導温泉スパ』の巨大パビリオンは無残に倒壊し、蜘蛛の巣状に亀裂の走る大地からは、百度を超える沸騰熱泥が間欠泉のように噴き上がっていた。
「殿下をお救いしろ! 誰か中へ入れないのか!?」
「無理です! 熱泥の温度は百度を超えており、近づくだけで火傷を負います! それに、充満している有毒ガスを吸い込めば肺が焼けて即死します!」
現場を包囲する王都近衛騎士団と宮廷魔導士団は、パニックに陥って右往左往するばかりだった。
その中央で、金色の豪奢な甲冑をまとった老王――ベルガルド国王が、顔を蒼白にして立ち尽くしていた。
瓦礫の奥からは、「助けてくれぇ! 熱い、苦しい! 余をここから出せぇ!」と、泥まみれになったレナード王太子の無様な絶叫が風に乗って響いてくる。
「川へ毒泥が達したぞ! 王都の水源が死ぬ! もう終わりだぁ!」
兵士たちが絶望の叫びを上げた、まさにその時だった。
ドドドドッ!
現場の立ち入り禁止線を薙ぎ倒し、猛烈な砂煙を上げて一台の黒塗りの快速馬車が突入してきた。
星巡り商業連合の紋章、そして純白の近衛兵を従えた馬車から、トウマとセレスティアが真っ先に飛び降りた。
「な、何者だ!? 立ち入り禁止だ、平民が近づくな!」
近衛兵たちが抜刀して立ちはだかろうとしたが、馬車から降り立ったエレノア皇女が、氷のように研ぎ澄まされた声で一喝した。
「控えなさい! この方々をどなたと心得るのですか!」
「シ、シルフィア帝国のエレノア皇女殿下……!?」
騎士団長が息を呑み、慌てて剣を収めて平伏する。
エレノアは老王に向かって凛と言い放った。
「ベルガルド国王よ。大地を弄んだ貴国のおろかしい失態により、数万の民が毒水で死に瀕しております。その大地を鎮め、人々を救うことができる唯一無二の湯守を、帝国よりお連れいたしました!」
「な……湯守……?」
老王が呆然と見守る中、トウマとセレスティアは猛烈な熱気と煙が立ち込める崩壊現場の最前線へと駆け抜けた。
肌を焦がすような熱風と、視界を塞ぐ硫黄の黄色いガス。
だがトウマの足取りは、微塵も揺らぐことはなかった。
「トウマ様、あそこです!」
セレスティアの【精霊眼】が、眩い紫の燐光を放ちながら地中を指し示した。
「地下五百メートル、第三断層の岩脈が乱暴な魔力爆破によって垂直に裂けています! そこに超高圧の地熱マグマ蒸気と有毒な硫黄層が雪崩れ込み、激しい乱気流となって噴き上がっています! 大地の精霊たちが、痛みに耐えかねて悲鳴を上げています!」
「よし、任せろ! 湯脈の急所は捉えた!」
トウマは愛用の鉄鍬を両手で力強く握り締め、沸騰泥水が波打つ岩盤の裂け目へと全力で突き立てた。
「【土水調律】――最大展開ッ!」
トウマの琥珀色の瞳が黄金の光を爆発させた。
大気中の魔力と体内の全エネルギーが、鉄鍬を通じて大地深部へと怒涛の勢いで流し込まれる。
トウマの意識は、地殻の奥深く、暴れ狂う灼熱の奔流と直結した。
(落ち着け……怒りを鎮めろ、大地よ……!)
トウマは農夫が荒れ狂う暴れ馬の手綱を取るように、優しく、しかし強い意志を持って地中の圧力へと語りかけた。
魔力で岩盤の微細な亀裂を押し広げ、有毒な火山性ガスを地下数千メートルの深層マグマ層へと逃がすバイパス水路を瞬時に構築する。
さらに、鉱毒を帯びた泥水脈を天然の珪砂とゼオライトの濾過層へと迂回させ、熱エネルギーを地熱放熱層へと均等に分散させていく。
傷ついた大地の血管を一本一本丁寧に縫い合わせ、大地の呼吸を整えていく神技。
大地の呼吸が整うにつれ、足元を揺るがしていた不気味な地鳴りが、次第に穏やかな鼓動へと変わっていった。
トウマの額から汗が滝のように流れ落ちるが、その手は微動だにしなかった。
ゴオオオオオ……ッ!
ひときわ大きな蒸気の咆哮と共に、天を突くように立ち上っていた真っ黒な毒煙が、急速に色を変え始めた。
黒から灰へ、灰から白へ。
そして立ち上ったのは、ふわりと心地よい硫黄の香りを漂わせる、純白の柔らかな湯煙だった。
ドロドロと噴き出していた熱泥水はピタリと止まり、代わりに岩盤の隙間から澄み切った無色透明の極上温泉が、穏やかにサラサラと流れ始めた。
ルシエ川へと注ぎかけていた毒泥の流入は断たれ、王都の水源は奇跡的に守られたのだ。
「し……鎮まった……? 毒煙が消えたぞ……!?」
「川の水が綺麗だ! 助かった……俺たちは助かったんだ!」
兵士や魔導士たちから、歓喜と安堵の叫びが沸き起こった。
奇跡を目の当たりにした国王は、震える手で胸を押さえ、その場に崩れ落ちそうになっていた。
「おい、大将! こっちも片付いたぜ!」
ギルバートが、崩落したVIPパビリオンの巨岩を怪力で持ち上げ、中から引きずり出した男を泥の上に放り投げた。
現れたのは、全身泥水と自分の汚物まみれになり、震え上がっているレナード王太子だった。
かつての傲慢な宮廷服はボロボロに引き裂かれ、金髪は泥で固まり、その姿は一国の王太子とは到底信じられないほど惨めだった。
「ひぃぃっ! 余を殺さないでくれ! 余は王太子だぞ……!」
情けなく命乞いをするレナードの前に、トウマとセレスティアが静かに歩み寄った。
レナードは泥を拭い、目の前の二人を見上げた。
「お……お前は……セレスティア……!? そして、あの時の野良農夫……!?」
「そうです、レナード殿下」
セレスティアは泥まみれの元婚約者を、軽蔑でも憎悪でもなく、ただ哀れみと誇りに満ちた瞳で見下ろした。
「あなたが無能と見下し、追放した私が……そしてあなたが奪おうとしたヴェルデの湯守が、あなたとこの王都の民の命を救いました」
「な……なっ……」
レナードが絶句したその時、クラウス会頭とエレノア皇女が、国王の前に歩み出た。
クラウスの手には、星巡り商業連合の調査部が徹底的に暴き出した、分厚い公文書の束が握られていた。
「ベルガルド国王陛下。真実をお知らせいたします」
クラウスは群衆全員に響き渡る厳格な声で、糾弾の言葉を叩きつけた。
「このモルグ山の魔導爆破を主導したバルトロ男爵とレナード王太子は、ヴェルデ温泉街の利権を強奪するため、公金数万枚を横領し、安全基準を無視した違法掘削を強行いたしました。さらに、かつてセレスティア様を『魔力ゼロの無能』と貶めて追放したのも、聖女候補の嘘を利用し、自らの不祥事の責任を押し付けるための完全な冤罪工作であったことが、関係者の自白と証拠文書によって完全に証明されました!」
「何だと……!?」
国王の怒号が響き渡った。
国王は泥まみれのレナードを睨みつけ、激しい怒りに顔を真っ赤にして震わせた。
「レナード……貴様、己の強欲と虚栄のために国を滅ぼしかけ、あまつさえ無実の忠臣の娘を陥れて荒野へ追放したというのか……!?」
「ち、父上……違います、あれはバルトロが唆したのです! 余は悪くありませぬぅぅっ!」
這いつくばって見苦しく責任転嫁をするレナードに、国王は激しい怒りの平手打ちを叩き込んだ。
バチィィィンッ!
「黙れ、恥知らずめが!」
大地の怒りを鎮めた真の英雄たちの前で、悪党たちの罪が白日の下に晒された。
集まった大勢の兵士や群衆からも、激しいブーイングと怒号がレナードへと浴びせられた。
痛快なる断罪の審判が、今まさに下されようとしていた。




