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異世界剣風録~その少年は、自分が武士だったことを知らない~  作者: 詩雪
第一章 スルト村編

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第6話 背を追って

 今年で三度目か。


 去年の悔しさを、まぶたの裏で数え直す。今年の聖誕祭こそはと、村中がどこか俺以上に浮き足立っているのが分かる。


 十二の歳、俺は父上と母上に「冒険者になりたい」と申し出た。理由らしい理由などなかった。ただ、父上と母上のような大人になりたい、村の外を、この目で見てみたい――それだけだった。案の定、父上には猛反対された。それでも食い下がる俺に、父上はひとつの条件を出した。


 四人抜き。


 父上の友人三人、そして父上自身。この四人すべてに勝てたなら、旅立ちを許す――そう言われ、俺は誓った。


 いつからか、この勝負は聖誕祭の初日に行われるのが習わしとなった。理由は俺にも分からない。ただ、村長様がそう決めたと聞いている。今では村を挙げての年中行事、といった風情だ。


 一年目、狩猟の師・エドガーさんに挑んだ。日が暮れるまでの間に森でエドガーさんを捕まえるだけの、簡単な勝負のはずだった。武器はなし。楽勝だとすら思っていた。だが結果は惨敗。森中を駆けずり回り、ようやく見つけたと思った気配は、いつも俺のすぐ後ろにあった。追いかけているつもりが、追いかけられていたのだ。


「ジン坊よ、俺に卑怯な手を使わせたら大したもんだ。がっはっは!」


 悔しさのあまり、その場で頭を下げた。「どうすれば、捕まえられますか」と。エドガーさんは呆れたように笑いながらも、結局は根負けしていろいろと教えてくれた。この人は、俺の頼みを断ったことがない。


 二年目、弓の師・オプトさんに挑んだ。互いに向かい合い、相手に一矢、先に当てたほうが勝ち。実に単純だが、弓の真髄がここに凝縮されていると言っていい。


 威勢よく挑んだが、戦いはあっという間に終わった。


 オプトさんは俺にあえて先に撃たせ、その矢を自らの矢で撃ち落とす、という離れ業を三度披露した。俺の師である。当然これぐらいはやると分かっていたので、俺は体力勝負に持ち込もうと企んでいたのだが、四本目を番えた瞬間に脳天を打ち抜かれた。平頭(ひらがしら)でなければ死んでいる。


 技、威力、速度、すべてにおいて敵わなかった。痛みより、悔しさが先に来た。


「す、すまねぇジン坊、痛かっただろう!?」

「絶対に、許しません! 俺が勝てる方法を、教えてください!」

「うっ……このしたたかさと礼儀正しさ。誰だ、こんな敵わねぇ奴に育てたのは!」


 オプトさんはそう言いながらも、しっかりと弓の呼吸を教えてくれた。この人も、俺の頼みを断ったことがない。


 負けるたびに、足りないものが分かった。魔法だ。二人とも呼吸をするように身体を強化し、武器を研ぎ澄ませていた。


「これが、皆を元気にする力よ」


 村人の傷を癒す母上の手を眺めながら、幼い頃はただ、すごいなと見惚れているだけだった。母上は村人の中で唯一、癒しの力を持つ凄い方である。正確にはもう一人いるのだが、その子は村人ではないし、まだあまり凄くはないので例外だ。


 とにかく、折れた腕、傷だらけの脚、あらゆる怪我をあっという間になかったことのように綺麗さっぱり治してしまう。幼い頃に母上が教えてくれた「心を形にする」という言葉。あのときはただ、「治れ」と願うことだと思い込んでいた。


 あの言葉の本当の意味が魔力を練る術だったと知ったのは、この二年目の負けを経てからだった。思い出せば思い出すほど、手のひらの中に確かな熱が灯る。


 森に入り浸る日々のある日、木の上で不意に、突風に切られたような傷を負った。獣の爪でも、刃物の跡でもない。ただ、風に斬られた。痛みも血もない、それなのに脚には確かに一筋の切れ目があった。


 その感触を像に結び直し、風断(カザキリ)と名付けて放ってみせると、稽古でエドガーさんを本気で走らせることができた。


「ジン坊、なんだそりゃ……そんな魔法、誰にも教わってねぇよな?」


 答えられなかった。教わってなどいない。ただ、知っていた気がしただけだ。


 風の起こる寸前、空気がわずかに張り詰める。その一拍を捉える感覚は、鍛錬で身につけたというより、もっと古い場所から染み出してくるようだった。


 木々の呼吸を読み、気配の薄い場所へ体を滑り込ませる。その一つ一つの判断が、十四の俺には出来すぎている――そんな違和感を、俺自身が一番、覚えていた。


 ◇


「あなた、少し厳しすぎませんか」


 井戸端で薪を割るロンの背に、ジェシカは静かに声をかけた。手を止めぬまま、ロンは答える。


「甘やかすほうが、あいつのためにならねぇ」

「エドガーさんもオプトさんも、本気であの子を叩きのめしているわけではないと分かっています。でも、あなたの出す条件だけは、年々厳しくなっている気がして」

「あいつはいずれ、この村を出る。だったら、外の何に出会っても死なねぇだけの牙を、今のうちに持たせてやるのが親の務めだろう」

「それだけ、でしょうか」

「……」

「ロン」


 斧が薪に食い込んだまま、止まった。


「冒険者なんてもんは、明日生きてる保証もねぇ稼業だ。もしジンが旅先で……お前を悲しませることになったら、俺は」


 言葉は、そこで途切れた。


 ジェシカは何も聞き返さず、ただその広い背に寄り添うように立った。理由は知らない。それでも分かっている。この人が、誰よりもジンを想っていることを。


 ◇


 そして三年目――今年だ。


 エドガーさんに教わった、周囲の魔力反応の大小、距離までも浮かび上がらせる感知魔法(スティア)。それをさらに練り上げ、魔力を発する存在の姿形、さらにその特色までをも浮かび上がらせる完全上位互換、遠視魔法(ディヴィジョン)を会得し、身を潜めるエドガーさんを、あっさり見つけ出した。


「まさか、俺が十年かかった魔法をもう覚えるとはなぁ……。ったく、可愛げのねぇ奴だぜ!」


 二人だけの静かな森の中。俺の頭をガシガシと撫でているエドガーさんは、なぜだか負けてなお嬉しそうにしている。


 初めての勝利に、俺は不意に込み上げてきたものを必死に堪えた。


 続くオプトさんとの勝負。


 音を置き去りにする師の矢を超えるには、俺にはこれしか思いつかなかった。


 ――バチッ


 雷をまとった矢は、放つと同時に命中した。オプトさんの腹に食い込んだ矢は瞬く間に炭と化し、崩れ落ちる。オプトさんはその光景を、呆然と見つめていた。


「た、たった一年でこれを……? 信じられねぇ」


 これで二人抜きだ。勝利した俺よりも、見物していた村人たちのほうが我が事のように沸き立った。


 ◇


「ったく、簡単に負けたクセになんで嬉しそうなんだよお前らは」


 悔しがるどころか、晴れ晴れとした表情の二人に、ため息交じりに並んだのはロン。


 オプトとの勝負に興奮冷めやらぬ村人らに囲まれ、困った顔をしながら祝福を受けているジンを遠目に見ながら、三人はその成長ぶりに舌を巻かざるを得なかった。


「いや、分かっちゃいたが……改めて、いるもんなんだな、と思ってよ」

「簡単じゃねぇっつうの! でもまぁ、あれだな。俺が教えられることはもうねぇ。そこは悔しい。エドガーは?」

「俺もだ。後はお前さんらに任せるぜ」

「そうか……ありがとよ。しかしまぁ……俺に挑めるのはまだ先になるけどな」


 三人の視線の先に静かに立つ一人の女性。


 腰の剣に手を乗せ、その凛とした立ち居振る舞いの中に、エドガーとオプトにはなかった、殺意のような冷たい感情をまとっている。


 ◇


「怪我はありませんか、ジン」


 ようやく村人の輪から解放された俺の元に、母上が静々と歩み寄る。その柔和な笑みの中に、幾万の言葉が込められているのを俺は知っている。


 息子の俺が言うのもいささかおかしいのかもしれないが、母上は、大地のようなお方だ。


「はい。ありませぬ。エドガーさんとオプトさんに手抜かりがあったとも言わせませぬ」

「ふふっ。手抜かりだなんて。お二人は感心していましたよ? あなたはおかしいと」

「……それは褒めているのですか」

「さぁ、どうなのでしょう。母には分かりません」

「むぅ……」


 そろそろ頃合いだろう。父上の出す条件は四人に勝ち抜くこと。後二人、最後は父上なのは分かっているので、次の相手が問題である。


 明かされてはいないが、おそらく俺を含め、村人全員が三人目が誰なのか分かり切っているだろう。


「無理はしないでね」

「……はい」


 そう言って母上が下がるのと入れ違いに、細剣を携えた女性が俺の目前に立った。


 この人はその表情からは何を考えているのか分からない。笑っているのか怒っているのかも分からない。


 しかし、俺に無類の愛情を注いでくれていることだけは、間違いない。


「よろしくお願いします」

「よろしくしたくありません」

「え」

「私に勝てば、手の届かぬ場所へ行ってしまうのでしょう? ならば、私が戦う理由などどこにもないではないですか」

「お、お待ちください。三人目を務めていただける、のですよね?」

「そういうことになっているようです」

「で、でしたら……」

「お断りします」


 これだ。噛み合わない。この人はわがままなのである。


(もう、始まっているのか。まいったな)


 これも試練の内か。自分を戦う気にさせてみろということなのかもしれない。やはり一筋縄ではいかないらしい。


「これは困りましたね。私はお願いする立場ですし……こればっかりは」

「そうでしょう。そもそも私はロンさんに言いくるめられただけなのです。ジンのためだと言って。まったく私のためになりません」

「なるほど、確かに。それは父上に非がありますね。受ける利点がない」

「その通り」

「……ならば、致し方ありません。三人目は抜きにしていただくか、他のどなたかにしていただけるよう父上に……うおっ!?」


 俺が踵を返してその場を離れようと背を見せると、背後からとてつもない怒気が放たれた。ただの気迫ではない。感知魔法と強化魔法を応用し、手を触れず相手を圧する、高度な魔法だ。


 ――つまるところ、だ。


「私をのけ者にするのですか」


 帝国騎士屈指の実力者であり、その二つ名は――「流星のコーデリア」


(さ、作戦通り! ここで畳みかける!)


「いえいえ、そんなまさか! コーデリアさんには、私と父上との戦いを最前列で見守っていただきたいと思っています」

「……その、最前列とやらを何というか。分かっているのですか?」


 コーデリアさんの身体がふるふると震えている。


 恐ろしいが、俺は止めの一言を告げるのにためらいはなかった。


「……蚊帳の外です」

「ゆ、ゆ、許さない! 許さない許さない許さないっ! 私の愛するジンの……旅立ちに……私がっ! 蚊帳の外などっ! 許されるはずがないっっっ!!」


 相手を射殺す視線、沸き立つ髪、悲哀と憤怒の化身が目の前にある。


「おわっ! そ、それが嫌ならば、てっ、手合わせをっ!」

「私を悲しませるなど言語道断! 思い知らせてあげましょう! こちらへ来なさい、ジンっ!」

「ぜひっ!」


 二人のやりとりを遠目に見ていた父上らのため息は、俺には届かなかった。


 ◇


「あいつらはおかしい」

「ああ、おかしい」

「俺は怖い」

「困りましたねぇ」


 そんな呆れ返る四人の元へ、ちょんちょんと歩み寄る小さな足音。


「わっ!」

「まぁ、びっくりしたわ」


 突然背後から抱きつかれ、ジェシカは足元で見上げる少女を優しく抱きかかえた。


「えへへ。ごきげんうるわしゅう。ジェシカお母さま」

「ええ、ご機嫌よう、アリア。今日も健やかなようで何よりです」

「はい、すこやかです!」


 齢九つ。


 流星のコーデリアの娘にしてすでに治癒魔法を扱う、こちらもまた天賦の才を持って生まれた、アリア・ティズウェルその子である。


「お母さまとジンさまはどちらへ行かれたのですか? またお母さまはおこっているように見えましたが」

「また?」

「はい。昨日おやしきできしさまをたくさん痛い目にあわせておられました」

「おいおい……騎士連中に八つ当たりかよ。どんだけジンに過保護なんだよ」


 アリアの目撃談を耳にし、ロンはまた大きなため息をついた。


 しかしその言葉に反応したのは、他ならぬアリア。ロンの前にすっくと立ち、両手を腰においてハッキリと物申した。


「ロンおじさま! やつあたりなどとわるいお言葉、お使いになってはいけないと思います!」

「うおっ!? そ、そうだよな、すまんすまん!」


(俺はあいつらよりこの子のほうが怖いわ……)

(将来が不安でならねぇ……俺の)


お読みいただき、ありがとうございます。

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(毎朝7時10分更新)

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