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異世界剣風録~その少年は、自分が武士だったことを知らない~  作者: 詩雪
序章 転生編

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第2話 天覧

 交易都市マイルズ。アルバート帝国北東の要衝であり、帝都アルベルヴィクへと続くメルベール大河の渡し口を扼(やく)している。街を守る城は、領主の質実剛健さそのままに、館というより砦に近い佇まいだった。


 その夜、外郭に立つ北東監視塔の衛士が、見慣れぬ光を捉えた。


「んー? なんだあの光は」


 強化魔法で視力を高め、目を凝らす。青い炎のようだ。だが揺らめきながら、明らかにこちらへ近づいてくる。


 交代に来た相棒も呼び寄せ、二人で確認する。


「火魔法には見えるが……あんな色、見たことねぇぞ」

「つうか、あの距離でこの大きさで見えるってことは、とんでもねぇデカさだ」


 言い合っているうちにも、光は着実に迫ってくる。やがてその輪郭が、翼を広げた鳥の形だと分かった瞬間、二人の顔から血の気が引いた。


「お、おい、巨大な魔獣かもしれん! 報告だ!」


 一人が強化魔法を全身にかけ、監視塔を飛び降りた。


「伝令、緊急事態! 北東の空に、正体不明の光る鳥! 規模不明、団長へ至急報告を!」


 ◇


 城壁上の庭で、マイルズ城主ドリードは遠くの青い光を見上げ、絶望にも似た声を漏らした。


「なんだ、あれは……魔獣なのか」

「城主、あの方角ならこちらへは来ないかと思われますが」


 傍らに立つマイルズ騎士団長ボルツ・ガットラムが答える。厳めしい顔つきに似合わぬ、努めて冷静な声だった。


「ですが、このまま進行され、仮に降り立ったとなれば我らが領内。あの辺りの開拓村にどのような被害が及ぶか分かりません」

「……祈るのは後だ。すぐにアルベルヴィクへ報せを!」


 城主の命を受け、すぐさま使いが走り出した。そして入れ替わりに、静かにその光を凝視しながら歩みを進めてくる女が一人。若くして城主、騎士団長の側に立ったその者の名は、コーデリア・レイトヘイム。


 細身に細剣といういかにも貴族令嬢といった様相だが、弱冠十八にして二番隊長を任されている。


「団長。あれはただ美しいだけではありませんね」

「……ああ。だが正体が分からんうちは、迂闊に動けん」


 コーデリアは光から目を離さず、静かに頷いた。恐れよりも、まず何をすべきかを測っているような目だった。


 そこへ、顔面蒼白の伝令が駆け込んでくる。


「失礼します! アルベルヴィクより閣下へ、陛下直伝でございます!」

「申せ!」


「あの飛行体は、か、かの神鳥の疑いありとのこと! 速やかに追跡し、道中の状況を報告せよとの仰せです! 加えて、アルベルヴィクより調査団と大隊が後を追い――陛下御自らも御出陣なされるとのことです!」

「陛下が……直々に!?」


 絶句するドリードを横目に、ボルツはすぐさま伝令へ声を張り上げた。


「承知した、と伝えろ! 全団員を叩き起こし、隊舎で待機、我々もすぐに向かう!」

「はっ!」

「城主、お気を確かに。一番隊を街の守護につかせ、私は二から五の全隊率いて後を追います。定かではない伝承の鳥の情報は伏せたままがよいかと。住民が混乱せぬよう手配を致します」

「……すまん、ボルツ、コーデリア。ここは任せる」

「私を守護役に選ばなかったこと、感謝します」


 コーデリアが一歩前に出た。ボルツはクッと口角を上げ、腰の細剣を握る彼女に強く頷いた。


「お前の優れた感知能力は必要になる。頼りにするぞ」

「行きましょう」


 短いやり取りだけで、二人はもう駆け出していた。


 ◇


 マイルズより報せを受けた帝都アルベルヴィク。


 皇帝直属にして唯一の魔法師団が管理する巨大な陣魔法が、皇帝の居城クルドフォルス城に据えられている。強大な魔力だけに反応し、その発生、動きを感知するこの陣は、先帝である十四代皇帝シュミッツバルトが、帝国領内に存在する危険な魔力反応の持ち主を監視するために皇命をもって作らせた、帝国屈指の傑作だった。


 十五代皇帝ウィンザルフの即位十年前に一度反応して以来、実に十三年ぶりに陣が反応を示した夜だった。


「この反応は……おい、誰か来てくれ!」


 見張りの者は、駆けつけた衛士に言伝を頼み、ほどなくして魔法師団長パルテールとその一番隊長ノルンが飛び込んできた。


「これは……明らかに反応している。北東でこの距離……クテシフォン山脈……っ、団長、発生源は大火山です!」

「私は目視に向かう。ノルンは陛下へ報告できるよう待機、見張りは変化を随時報告しろ。それと――カーライル団長を北の監視塔まで」


 パルテールは自身に強化魔法をかけ、風のように駆け出した。


「まさか、退役するまでにもう一度あの反応を見るとはな……」


 ◇


「待たせたな」


 北の監視塔に現れた騎士団長カーライルが、パルテールの隣に並ぶ。


「急遽呼び立てて申し訳ありません。あれを」


 強化魔法をかけた目で、カーライルは北東の空を凝視する。


「間違いなくあれが震源か。青く光り、あまりに巨大。十三年前と何が違う」


「あのときは反応が一瞬でした。魔法発動の余波にすぎなかったからです。ですが今回は反応が続いている――移動しているからです。魔物か魔獣、それも大規模攻撃魔法級かそれ以上の」


 二人は同じ団長格でも、団長歴も年もカーライルのほうが上だ。パルテールが崩さぬ敬語も、その歴戦への敬意だった。


「監視員、進行方向は」

「地図によれば、マイルズの北を抜けます。ですが、その辺りは小さな開拓村が点在する地域かと。その先には何も」

「そうですか……その地域は帝国内でもとりわけ魔素が薄い場所が多いという特徴はありますが……いったいどこを目指しているのか」


 パルテールが言葉に詰まる。かつて研究に携わり、対症療法しか見出せなかった黒瘴病。その死病の療養に使われる地域である。魔素を好む魔物が、わざわざ寄りつく場所ではない。


 カーライルはパルテールの思考を追及せず、話を進めた。


 そこへ、一人の老人が息を切らして現れる。先々代の魔法師団長、カデシュだった。


「陣が反応したと聞いてな……」


 見張りの監視員が手短に状況を伝えると、カデシュの顔が興奮に赤らんだ。


「大火山より出で、強大な魔力をまとい、青く光る……鳥の姿をしておらんか!?」

「――そのような報告がマイルズより」

「おそらく、いや……間違いない。かの神獣、ロードフェニクスじゃ! 古書で幾度も見た!」


 カーライルとパルテールは顔を見合わせる。カデシュの言う通りなら、伝説を今、視界に入れていることになる。


「俺は団に伝えてから陛下の元へ向かう!」

「ノルン、陛下へご報告を! カデシュ老もご足労をかけますが、ご一緒に!」


 三方に散る足音が、監視塔の夜を裂いた。


 ◇


「玉座は話すのに向かん。緊急故、ここへ集めた」


 皇帝ウィンザルフの居館(パラス)、貴賓室。カーライル、パルテール、ノルン、カデシュが顔を揃えていた。


「お休みのところ申し訳ございません」

「構わん。手短に」


 パルテールが陣の反応、目視した姿形、進行方向、そしてマイルズからの報告を踏まえた三者一致の見解――神獣ロードフェニクス――を伝える。


「ふむ。茶を飲みながら書物を読んでいたら、数刻後には亡国の危機か」


 笑うウィンザルフだったが、目はまるで笑っていない。『亡国』の二文字に、場の空気が凍りついた。


「マイルズのドリード卿へ、後を追うよう命じるべきかと。討伐でも拘束でもなく、被害の把握のためです。それと――万一、愚か者が神獣に手を出せば」

「それこそ国が亡ぶ、か」

「……恐れながら」

「パルテール」

「はっ。地に降り立てば魔素溜りとなり、これまでにない規模の奈落氾濫(アビス)もあり得ます。神獣の被害がなくとも、民が恐れ、土地を捨てるやもしれません」

「だからこそ帝都の騎士団も出し、国内を回らせ、大事なしと示す、か」


 ウィンザルフは一拍おいて、静かに告げた。


「余も共に行く」

「――それだけはなりません、陛下!」


 四人の声が重なった。


「ノルンと翁まで声を張るとはな」

「陛下に万一があれば、この国はどうなります」

「陛下がご存命である限り、この国は何度でも蘇ります」


 しつこく食い下がる四人へ、ウィンザルフは静かに問うた。


「皆共、時が惜しいのではないか。もし戦になれば、帝国の全戦力をもってしても神獣は倒せぬのだろう、カーライル」

「……恐れながら、見込みは薄いと申し上げざるを得ません」

「パルテール」

「不可能……に、ございます」

「帝国軍最高位の二人がそう言うなら、そういうことだ。ならば、ディオス・アルバートを祖とする者として、この目に焼き付けるまでよ」


 反論の言葉は、もう誰の口からも出なかった。後に「雷帝」と呼ばれることになるこの皇帝の一言は、居合わせた誰の記憶にも深く刻まれた。


 ◇


「アルベルヴィクより通信! アルベルヴィク騎士団および魔法師団の混成部隊五百が出陣、現目標はスルト!」


 先頭を駆けるボルツの背に、通信士(シグナラー)の声が届く。


「スルトか。了解だ!」

「全隊聞け! 目標はスルト、飛び去ってくれるなど期待するなよ! 二日で駆ける! 馬に気合で強化をかけ続けろ! シグナラーより先にバテた奴はクビだ!」


 強化魔法に長けた騎士たちが、目標が定められた瞬間に一斉に速度を上げる。コーデリアは姿勢を低く保ったままボルツの傍らで馬を繰り、思考を巡らせている。


(青炎の主、神獣ロードフェニクス。まさかただのお伽話だと思っていたけれど……何を求めて地上に)


 その疑問の答えを持ち合わせる者は、いない。


「団長ぉ、そりゃないっすよ」

「シグナラーより先にバテたらさすがにまずいだろ」

「なあ、どうやってションベンす」

「漏らせ」


 馬を駆けさせながら軽口を叩く団員たち――


 夜はまだ、始まったばかりだった。


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