第14話 巡る綾が
中央の大通りをまっすぐ進んだ先、一際立派な石造りの建物が見えてきた。騎士団の宿舎だ。思わず足を止め、見上げてしまった。
「そこの……黒い髪の君。入団希望者でないなら、速やかに立ち去りたまえ」
門番に不審がられ、俺は慌てて名乗った。
「申し訳ありませぬ。私はジン・リカルドと申します。こちらにおられるボルツ・ガットラムさんにご挨拶に参りました」
そう言って、荷の奥から一通の封書を取り出す。出立の前夜、コーデリアさんに「門番に渡しなさい」とだけ言われ、中身も知らされぬまま預かっていたものだ。
団員は封を検め、中の文へ目を通した瞬間、みるみる顔を青くした。
「し、失礼しましたリカルド様! ご案内いたします!」
「え? あ、よ……よろしくお願いします」
門番殿は任務を果たしただけで、礼を失することは何もしていない。
(いったい、何が書いてあったのだ……)
勢いよく開かれた門をくぐり、案内されるまま奥へと進む。近づくにつれ、気合の入った掛け声と、剣を打ち合わせる音が響いてきた。訓練場では大勢の団員たちが打ち込みに励んでいる。
その熱気に、じん、と身体の芯が疼いた。
案内の団員が指差した先――大勢の団員に囲まれながら、大剣を軽々と振るう一人の男がいた。あの厳めしい体躯も、豪快な太刀筋も、見間違えるはずがない。
「……ボルツさん」
思わず漏れたつぶやきに、団員が驚いた顔で振り返る。
「ボルツ教官! お客様です! ジン・リカルド様と仰る方が、レイトヘイム――」
「なにィ!? ジンだと!?」
怒鳴るような声とともに、囲んでいた団員たちがあっという間に蹴散らされる。ボルツさんは大剣を携えたまま、こちらへまっすぐ駆けてきた。それも、嬉々とした表情で。
その速さに、俺は反射的に迎え撃つ構えを取る。
交差させた二振りの舶刀へ、分厚い訓練用の大剣が容赦なく叩きつけられ、腹の底を揺さぶるような重い金属音が響いた。
「久しいなジン! 見ぬ間に、また力をつけたようだ!」
「私を見るや否や斬りかかる悪癖――いまだ、治っておられぬようで!」
剣を弾き返し、間合いを取る。周囲の団員たちが、何事かとざわめき始めた。
「悪癖とは人聞きが悪い。――おい、荷を預かってやれ」
ニヤリと笑ったボルツさんが、大剣を担ぎ直して、クィと親指で訓練場を指さした。
「休憩! これより、ここな若造と一手交える! よく見ておけ!」
突然の宣言に、俺は苦笑を禁じえなかった。問答無用、相変わらずの御仁だ。
「私はただ、旅立ちのご挨拶に伺っただけなのですが」
「これが俺なりの挨拶だ! はっはっは!」
あれよという間に訓練場の中央が空けられ、周りを団員たちが取り囲む。もはや逃げ場はない。俺は一つ息を吐き、腹を括った。
「胡乱な目で見られておりますが」
「気にするな。すぐに黙る」
「行くぞ、ジン!」
「――尋常に!」
ボルツさんの開幕一撃。振り下ろされる大剣は、先ほどとは違い強化が施されている。これを真正面から受けては腕が持たぬと踏み、俺は舶刀を返し、力を横へ受け流す。
しかし、受け流された大剣は泳ぐどころか、流れを利用してさらに加速。すさまじい回転横薙ぎによる太い風切り音が奔り、俺の胸を掠めた。
俺とて防戦一方ではない。大きく振り抜かれた大剣の距離を一歩で詰め、左の舶刀を横腹に振り抜いた。だが、ボルツさんの反応速度に衰えなし。右腕の手甲を刃と腹に滑り込ませ、俺の斬撃は弾かれる。
後に退こうと重心を傾けると、瞬時に右膝が腹に差し込まれるが、俺は迫りくる膝頭へ靴底を添えて踏み台とし、身を翻して後方へ飛び退いた。
「ふーっ」
一息で呼吸を整え、次の一手を探る。コーデリアさんの刺突と違い、ボルツさんの剣は一撃、即、敗北だ。
「その身のこなし、二年前より遥かに仕込まれているな。お前が双剣を選んだ意味が分かるというものだ!」
防戦に徹しながら、隙を探る。ボルツさんの太刀筋は豪快なようでいて、実は一手一手に隙がない。それでも、何百回と立ち合ってきた師の癖は、体が覚えている。
槍の次に射程の長い、大剣の鋭い突きが放たれたその刹那。
(ここだっ!)
俺は半歩だけ体をずらして左の舶刀で大剣をいなし、刃の擦れる音を響かせて懐へ飛び込んだ。
――俺の間合い。右の舶刀を、ボルツさんの腹へ添えるように突きつける。
「――刃引きをしておりませぬので、これにてご容赦を」
場が静まり返った、直後。
「くはっ……はっはっは! 見事だ、ジン!」
豪快な笑い声とともに、ボルツさんが大剣を引いた。勝負あり。どっと周囲から歓声が沸き起こる。
「な、なんだ今の動き……」
「教官から一本取ったぞ、まだかなり若いぞ、あいつ!」
「見えなかった……本当に見えなかったぞ、今の……」
どよめく団員たちをよそに、ボルツさんは俺の肩を大きな手で叩いた。
「かなり腕を上げたな。今度こそ、本気でやり合いたいものだ」
「ご勘弁を。もう、怪我をしても治してくださる母上はおられませんので」
「違いない! はっはっは!」
縦、横、視界外、そして、点。
大剣の軌道を、俺がどう捌くかをボルツさんは順に確認していたのだ。やはり、あの頃と変わらない。勝ちは譲られたが、彼は俺を最短で分析し、周りの疑念をたちまち払拭してしまった。
(まだまだ、敵わぬのだろうな)
快活な笑い声が、澄んだ空へ抜けていく。
十日の道草を経て、俺はようやくこの地に立った。振り返れば、ずいぶんと遠くまで来たものだ。預かってもらっていた荷を背負い直すと、改めてここまで来たのだと、充実感が滲んだ。
手のひらに残る剛剣の痺れ。これで、大恩ある師たち全員に、俺の現在地を知らせることができた気がした。
「さて――」
息を整え、目の前で笑う恩人の顔を見据える。
「積もる話、聞いていただけますでしょうか」
言った傍から、乾いた拍手の音が響いた。
振り向くと、稽古着の合間を縫うようにして、恰幅のよい壮年の男が悠然と歩み寄ってくるところだった。厳めしいボルツさんとは対照的な、どこか飄々とした佇まい。
「いやはや、見事なものだ。最後のかわし、私の目には正直、追いきれなかったよ」
「団長!」
周囲の団員たちが慌てて姿勢を正す。団長――その一言に、俺も反射的に居住まいを正した。
「突然の訪問、大変失礼いたしました。スルト村より参りましたジン・リカルドと申します」
「ああ、そうかしこまらなくていい。君の噂は、この人からもコーデリアからも、耳にタコができるほど聞かされていたものでね」
男は悪戯っぽく笑い、ボルツさんへ視線を投げる。ボルツさんは「うるさいぞエドワード」と唸るように返した。
「初めまして、ジン君。私はマイルズ騎士団長、エドワード・ギムルだ。ボルツさんの後任、コーデリアの元先輩、と言えば分かりやすいかな」
「なるほど、承知しました」
「この団長殿のおかげで、俺はまた野郎どもの世話を焼くハメになったんだ。ジンよ、二年も顔を出せなかったのはコイツのせいだ。文句の一つでも言ってやれ」
「ありがとうございます」
「……おいっ!」
思わずこぼれた一言に、ギムル団長が声を上げて笑った。
「気に入った。ジン君、積もる話とやら、私もよいかな?」
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