夜の部屋で、甘すぎる『特別配信』が始まる
部屋を照らすのは、デスクの上に置かれたデュアルモニターの淡いブルーライトと、ローテーブルの小さな間接照明だけだった。
カーテンの隙間から覗く夜空には、ぽつんと小さな月が浮かんでいる。
膝の上に収まった八重の頭からは、シャンプーの甘い香りがふわりと立ち上り、俺の鼻腔を満たしていた。
「……ねえ、〇〇くん」
膝の上で、八重がゆるやかに身を翻す。
仰向けになった彼女と、真上から覗き込む俺の視線が、至近距離でバチリと交差した。
前髪の隙間から覗く大きな瞳には、モニターの青い光と俺の顔がはっきりと映っている。
クラスでの陰キャな『ボッチ女子』の面影も、配信中の『高嶺の花VTuber』の気高さもなく——そこにあったのは、熱を帯びた瞳で俺をじっと見つめる、ただの一人の少女の素顔だった。
「膝枕……心地いい?」
「……心地いいのは八重の方だろ? 俺は緊張で固まって、膝が痺れてきそうだよ」
「ふふ、バカ。……逃がさないよ?」
八重は細い腕を伸ばすと、俺の首元に回してくいっと引っ張ってきた。
顔と顔の距離が、一気に数センチまで縮まる。吐息が触れ合いそうなほど近い。
「あ、八重……!?」
「いいの。今は誰も見てないし、カメラもマイクもオフだから」
彼女の唇が、耳元で小さく囁く。
「……ねえ、知ってる? VTuberのアリスちゃんにはね、裏限定の『メン限(メンバー限定)配信』があるの」
「え、うん。俺も最高プランのメンバーに入ってるけど……」
「ううん、そうじゃないの。その上の……『超・特別限定配信』」
八重はくすりと悪戯っぽく笑うと、俺の首に回した手に少し力を込めた。
「世界でたった一人……助手くんで、私の彼氏である〇〇くんだけにしか見せない、秘密の配信。……今夜はね、その生放送中なんだよ?」
「……反則だろ、それ」
「反則じゃないよ。だって、君が私を推してくれて……私の秘密を受け入れてくれたんだもん。これくらいのリターンは、当然でしょ?」
八重は俺の手を自分の胸元へと引き寄せた。
パーカー越しにも伝わってくる、トントンと早まる彼女の鼓動。強がった言葉とは裏腹に、彼女自身の心臓も破裂しそうなほど打ち鳴らされていた。
「私の心臓の音……聞こえる?」
「……うん。すごく速い」
「……君のせいだからね。配信で何万人に見られててもこんな風にならないのに……〇〇くんと二人きりになると、胸が苦しくて、甘くて、どうにかなりそうなの……っ」
恥ずかしそうに頬を染め、八重は俺の胸元に顔を埋めた。
学校では他人。
画面越しでは推しとファン。
けれど、この暗い部屋の中では——お互いの温もりを感じ合える、特別な恋人同士。
「……明日も、放課後の資料室で待ってるから」
八重は照れ隠しのように、ぎゅっと俺の服の裾を握りしめた。
「鍵を締めて、私が『アリス』じゃなくなったら……また、今日みたいに甘えさせてね?」
夜の静寂の中、ふたりだけの秘密の時間は、どこまでも甘く、ゆっくりと深まっていった——。




