閉ざされた資料室と、責任を取らせたい高嶺の花
「……遅い! 遅すぎるよバカ!!」
キィ、と小さな音を立てて放課後の資料室の扉を開けた瞬間、突風のような勢いで飛んできたのは、そんなお叱りの言葉だった。
西日に染まる資料室。
本棚の影から飛び出してきた夢咲あいりは、開口一番に俺の胸元をぽかぽかと小さな拳で叩いてきた。
「ちょ、待てって! 終礼の後に日誌の提出があったんだって!」
「言い訳禁止! 三分……ううん、五分も私を待たせた! 万死に値するどころか、十万死に値するんだからね!」
ひとしきり胸元を叩き満足したのか、あいりはふんっと鼻を鳴らして離れると、パチンと音を立てて資料室の鍵を閉めた。
カチャリ、と重い金属音が部屋に響き渡る。
「……また鍵閉めたな」
「当たり前でしょ! 今日の学校の騒ぎ、あんたも知ってる癖に……っ」
あいりはぷいっと横を向くと、パイプ椅子に置かれていた自分の通学カバンから、一冊のノートを取り出した。
それは昨夜の配信で、見事に床へ落下しかけたあの資料ノートだった。
「ほら、見てよこれ」
彼女が差し出してきたスマホの画面には、昨夜の配信の切り抜き動画が再生されていた。
画面の隅、カメラの死角からスッと伸びてノートを支える俺の手。そして、極めつきはパニックになったあいりの「野良の妖精さん」発言。
再生数はすでに数万回を超え、コメント欄には『妖精さんの手、ごつくて草』『あいりちゃん絶対焦ってて草』といった書き込みが殺到している。
「……『野良の妖精さん』ねえ」
「い、言うなー! あの時はパニックになってたの! あんたが急に手を伸ばしてくるから……っ」
「いや、倒れてくるノートを咄嗟に支えただけだろ! 放置してたら配信機材に当たってただろ!」
「うぐっ……それは、そうだけど……」
論破されたあいりは、ぐうの音も出ない様子で言葉詰まらせた。
だが、そのまま黙るような彼女ではない。
紫色の瞳をうるうると潤ませると、上目遣いで俺をじっと睨みつけてきた。
「……でも、大騒ぎになったのは事実だもん。クラスの男子たちが『彼氏の手か!?』って盛り上がってる時、私、生きた心地がしなかったんだからね?」
「それは……まあ、すまん」
「反省してるなら、責任取って」
「責任?」
あいりはそっと歩み寄ってくると、長椅子の端にぽてんと腰掛けた。
そして、自分の隣のスペースをトントンと手で叩く。
「座って。……私のお願い、一つ聞いて」
指示されるまま隣に腰掛けると、微かに漂ういちごの甘い香水と、放課後の太陽の香りが鼻腔をくすぐった。
近すぎる距離感に俺の心拍数が跳ね上がる。
あいりは恥ずかしそうに視線を泳がせながら、小さな声で呟いた。
「……次の配信でね、昨日の事故を『演出でした』って誤魔化すための『甘々シチュエーション台詞』をリスナーと一緒に考える企画をやることになったの」
「へえ、たくましいな」
「他人事みたいに言わない! ……だから、その予行練習。あんた、私の彼氏役やって」
「はい!?」
「嫌なの……?」
普段の強気な『高嶺の花』からは想像もつかない、消え入りそうな声。
銀髪の隙間から覗く耳は真っ赤に染まり、握りしめた制服のスカートが微かに震えている。
「嫌……じゃないけど」
「じゃあ決まり! ほら、手出して」
俺が戸惑いながら右手を差し出すと、あいりは自分の小さな手を重ねてきた。
指と指が絡み合う、完全な戀人繋ぎ(恋人繋ぎ)。
「っ……あ、あいり?」
「な、何よ……これくらい、練習なんだから当然でしょ……っ」
顔を真っ赤にしながらも、彼女は俺の手をギュッと強く握り返してきた。
手のひらから伝わってくる、彼女の早すぎる鼓動。
「……昨日の手、すごく格好よかった。……だから、責任取って、これからも一番近くで支えなさいよね。バカ……」
西日に照らされた資料室で、高嶺の花の甘すぎる「おねだり」が、二人の間に静かに響き渡った。
【作者より】
第25話をご覧いただきありがとうございました!
資料室での密室反省会から、まさかの『彼氏役』の予行練習へ……! 恋人繋ぎで真っ赤になるあいりちゃんでした♡
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次回(8:00更新):『第26話:恋人繋ぎのまま……!? 突然のノック音と二人だけの隠れんぼ』
お楽しみに!




