資料室の鍵と、高嶺の花の甘いおねだり
「……遅い」
放課後の夕暮れ時。古びた資料室の扉をそっと開けると、西日に照らされた部屋の奥で、彼女——夢咲あいりがポツリと呟いた。
学校での彼女は、誰をも寄せ付けない『高嶺の花』。
完璧な所作、冷淡な眼光、そして近づきがたい美貌。
だが、今目の前にいる彼女は——制服のネクタイを少し緩め、大きなヘッドホンを首にかけ、熟したイチゴのように頬を赤く染めていた。
「LINE、送ったでしょ? 『すぐ行く』って言ったくせに……三分も待たせるなんて、万死に値するよ」
「いや、流石に三分は誤差の範囲だろ。それに先生に日誌を渡してたら遅くなったんだ」
「ふん……理由があるなら許してあげなくもないけど」
あいりはぷいっと横を向くと、パイプ椅子から立ち上がり、カチャリと音を立てて資料室の鍵を閉めた。
「ちょっと、なんで鍵閉めるんだよ?」
「……バカ。これから何するのか忘れたの?」
彼女はゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
夕風に揺れる銀髪と、微かに漂う甘い香水の花の香り。紫色のアメジストのような瞳が、じっと俺を射抜く。
「今日の配信の台詞練習……『密室での甘々ボイスレッスン』。誰かに見られたら、私が学園で生きていけなくなるでしょ」
「あ、なるほど……」
「なるほど、じゃないの。……ほら、座って」
指示されるまま長椅子に腰掛けると、あいりは俺のすぐ隣——肩と肩が触れ合う距離にすっぽりと収まった。近すぎる。吐息すら聞こえそうな距離だ。
「ねえ……配信のコメントでね、『あいりちゃんの“あーん”が聞きたい』ってリクエストがたくさん来てたの」
「へえ、大人気だな」
「他人事みたいに言わないで。……だから、練習。君で試すの」
そう言うと、あいりは制服のポケットから小袋を取り出した。中身はイチゴ味のキャンディ。
彼女は透明感のある細い指でキャンディの包み紙を破ると、それを自分の唇ではなく、俺の口元へと差し出してきた。
「はい……あーんして?」
「……っ」
「……な、何照れてるのよ! 配信の練習なんだから、早く口開けてよ……///」
強がっているものの、キャンディを掴む彼女の指先は微微たる震えを見せていた。耳まで真っ赤だ。
「あいり、顔……すごい赤いぞ」
「う、うるさい! 夕日のせい! ……早くしないと、自分で食べちゃうんだから……っ」
耐えかねた俺が素直に口を開けると、甘いイチゴの味が口いっぱいに広がった。と同時に、彼女の柔らかい指先が、微かに俺の唇に触れる。
「……美味しかった?」
「ああ、甘い」
「……ふん。なら、合格」
あいりはホッと息をついたかと思うと、急に力の抜けた様子で、俺の肩にぽてんと頭を預けてきた。
「……ねえ」
「ん?」
「学校では……みんな『夢咲さん』って遠くから見るだけ。でも、君だけはこうして近くにいてくれる」
髪の隙間から覗く紫の瞳が、潤みを帯びて俺を見上げる。
「配信の私じゃなくて……本当の私を見てくれるの、君だけなんだからね。……だから、明日も放課後、ここに来て?」
高嶺の花の甘い「おねだり」。
こんなの、断れるはずがなかった。
【作者より】
ご覧いただきありがとうございました!
放課後の資料室で二人きり、イチゴキャンディの甘々レッスンでした♡
少しでも「尊い!」「甘い!」と思っていただけたら、下部の『★評価』やブックマーク登録をしていただけると、執筆の大きな励みになります!
次回(19:00更新):『VTuber配信事故!? 画面に映り込んだ「男の手」』
お楽しみに!




