週末の休日デートと、私服の姫宮さん
雨の日の約束から数日。待ちに待った土曜日がやってきた。
放課後の薄暗い資料室や図書室での「秘密のレッスン」とは違い、今日の舞台は陽光が眩しい休日の駅前商業エリア。人通りが多く、いつも以上に胸の鼓動がうるさい。
「蓮くん! お待たせ!」
約束の15分前。群衆を割るようにして駆け寄ってきた少女の姿に、俺は思わず息をのんだ。
そこにいたのは、学校の制服姿でも、画面の中のVTuber『夢咲あいり』でもない——とびきりおしゃれをした「姬宮星奈」だった。
ふんわりとした淡いピンクのフリルブラウスに、ホワイトのマーメイドスカート。風に揺れる漆黒のロングヘアには、小さめのリボン型ヘアクリップが添えられている。普段の「高嶺の花」としての張りつめた空気は消え去り、恋する男の子に会えた喜びで、瞳をキラキラと輝かせていた。
「どう……かな? 蓮くんとデートするために、今朝早く起きて一生懸命選んだんだけど……変じゃない……?」
「変なわけないだろ……っ。可愛すぎて、直視できないくらいだ」
俺が本音を漏らすと、星奈ちゃんは「〜〜〜っ♡」と嬉しそうに頬を染め、両手で顔を覆った。
「ふふ、合格みたいでよかった……♡ 今日の私は『学校の高嶺の花』じゃないからね? 蓮くんの『本当の彼女』として、めいっぱい甘えさせてもらうんだから!」
そう言うや否や、星奈ちゃんは躊躇うことなく俺の左腕に自分の腕をぎゅっと絡めてきた。
制服越しではない、私服の柔らかい生地越しに伝わる彼女の體溫。街ゆく通行人たちが「なんだあの超絶美少女は!?」という驚愕の視線を送ってくるのが痛いほど分かる。
「星奈ちゃん、みんな見てるよ……!?」
「いいの。今日はプライベートだもん。それに……蓮くんと恋人繋ぎしながら歩くの、ずっと夢だったんだから」
彼女は組んだ腕からすっと指を滑らせ、俺の指と自分の細い指を深々と交差させた。
陽光の下で堂々と交わされる「十指緊扣(戀人繋ぎ)」。手と手から伝わる温もりが、身体中を駆け巡っていく。
二人が向かったのは、星奈ちゃんが前々から行きたがっていた「人気カフェ」。
テラス席に座り、期間限定のいちごパフェを一口サイズにスプーンですくった星奈ちゃんは、そのまま俺の口元へと運んできた。
「はい、蓮くん……あーん♡」
「えっ……俺が食べるの!?」
「当たり前でしょ? 恋人同士のあーん、だよ? ほら、早く口開けて……?」
周りの客の視線に耐えかねつつも、俺は覚悟を決めて口を開けた。甘いイチゴと生クリームの風味が口いっぱいに広がる。
「美味しい……?」
「すごく美味い……けど、めちゃくちゃ恥ずかしい……」
「ふふっ、蓮くんの顔、いちごより真っ赤だよ? でも……私だけに魅せてくれるその表情、大好き……♡」
カフェを出た後も、服屋を巡ったり、雑貨屋で文房具を選んだり——どこにでもいる「普通の高校生カップル」としての時間を、二人は噛み締めるように楽しんだ。
そして夕方。街が橙色の夕日に包まれる頃、二人が辿り着いたのは、海が見渡せる臨海公園の展望デッキだった。
潮風が二人の髪を揺らす。人影もまばらな夕暮れの景色の中で、星奈ちゃんは俺の腕にギュッと抱きついたまま、静かに口を開いた。
「……ねえ、蓮くん。私ね、今日一日……夢の中にいるみたいだった」
「星奈ちゃん……?」
「学校では誰にも見せられない本当の私を、蓮くんは全部受け止めてくれた。VTuberとしての自分も、学校での自分も、こうやって私服で甘える自分も……全部、蓮くんが『可愛い』って言ってくれたから」
星奈ちゃんは俺の胸に顔を埋め、少しだけ震える声で言葉を続ける。
「私、もう蓮くんがいない毎日なんて考えられないよ……。放課後の資料室も、今日のデートも……全部全部、宝物なの」
「星奈……」
思わず呼び捨てにしてしまった俺に、彼女は驚いたように顔を上げた。
夕日に照らされた彼女の瞳には、愛おしさと、溢れんばかりの情熱が宿っている。
「……名前、呼んでくれた……♡」
「……星奈。俺にとっても、お前と過ごす時間は何より大切なんだ。学校でも、ここでも……俺が好きなのは、姬宮星奈だけだから」
俺の言葉を聞いた瞬間、星奈ちゃんの瞳からポロリと一粒の涙が零れ落ちた。
だが、その表情は言葉にできないほど幸せそうに歪んでいた。
「……蓮くん……っ♡」
星奈ちゃんは背伸びをし、俺の首元にギュッと腕を回すと、夕日を背にして自分から唇を重ねてきた。
街の喧騒から離れた展望デッキ。
潮風と夕暮れの光の中で交わされる吻は、これまでの放課後のどのレッスンよりも深く、甘く、二人の心をひとつに溶かしていった。
「……んっ……ふぁ……♡ 蓮くん……大好き……っ。ずっと……私の側から離れないでね……♡」
「ああ、離れないよ。ずっと一緒だ」
放課後の秘密から始まった二人の恋は、週末のデートを経て、決して解けることのない強い絆へと昇華していくのだった。




