雨の後の傘の下と、放課後デートのおねだり
圖書館の時計が18時を告げるキンコンカンコンという鐘の音で、俺たちはハッと我に返った。
「……あ、もう18時になっちゃった……」
星奈ちゃんが名残惜しそうに俺の胸から顔を上げ、濡れた唇を指先でそっと拭う。制服のカーディガンの乱れを整え、図書室の鍵を閉める手つきは、いつもの「完璧な生徒」のそれに戻っていたが、時折チラチラと俺に送ってくる上目遣いの視線だけは、甘く熱を帯びた『俺の彼女』のままだった。
二人で重い木製のドアを施錠し、薄暗くなった校舎の玄関へ向かう。
外は相変わらず土砂降りの雨が続いており、アスファルトを叩く激しい雨音が校舎中に響き渡っていた。
「わぁ……すごい雨。蓮くん、傘持ってきた?」
「いや、今朝は降ってなかったから忘れて……」
俺が困り顔で頭を掻くと、星奈ちゃんはバッグの中から折りたたみ傘を一本取り出し、パッと花が咲いたような笑顔を見せた。
「ふふ、じゃあ……相合い傘だね♡」
「え、でも学校の敷地内で二人で一つの傘に入ってたら、誰かに見られた時に……」
「大丈夫だよ。もう18時過ぎてるし、この雨だもん。誰も残ってないよ」
星奈ちゃんは俺の腕に自分の腕をぎゅっと絡めると、自ら傘を開いて俺の体を引き寄せた。
小さな折りたたみ傘。二人が濡れないようにするためには、嫌でも肩と肩、腰と腰をぴったりと密着させなければならない。
パシャリ、パシャリと雨音を鳴らしながら、暗くなった通学路を二人で歩き出す。
「……ねえ、蓮くん」
傘の下という、世界で一番狭い秘密の空間。
隣から伝わってくる星奈ちゃんの體溫と、甘い草莓の香りが、雨の日の湿った空気の中でいっそう濃厚に漂ってくる。
「なに、星奈ちゃん?」
「図書室でのレッスン……すごくドキドキしたね。……私、声が出そうになるの我慢するの、本当はいっぱいいっぱいだったんだよ……?」
「……俺だって、誰か来ないかヒヤヒヤしてたよ」
「ふふ、でも……蓮くんが私の声を塞ぐために何度もキスしてくれたの、すっごく嬉しかった……♡」
星奈ちゃんは俺の腕に抱きつく力を強め、自分の頭を俺の肩にちょこんと乗せてきた。
「学校では誰にも言えない秘密の恋人……図書室での特別な時間……。なんだか私、どんどん欲張りになっちゃいそう」
「欲張り?」
「うん。……ねえ、蓮くん。今週末……私と『放課後』じゃなくて、本当のデート……してくれないかな……?」
「え……デート?」
突然の誘いに俺が足を止めると、星奈ちゃんも立ち止まり、傘の影からまっすぐな瞳で俺を見上げてきた。
「うん。画面の中の『あいり』としてのイベントでもなくて、学校での秘密のレッスンでもなくて……普通の男の子と女の子として、お出かけしたいの。二人で美味しいスイーツ食べて、手を繋いで街を歩いて……恋人らしいこと、もっとたくさんしたい……っ」
彼女の頬が、夕闇の中でうっすらと赤く染まっていく。
「駄目……かな……?」
不安そうに上目遣いで尋ねてくる星奈ちゃん。
学校一の「高嶺の花」が、ただの恋する女の子として、俺との週末デートを心から望んでくれている。
そんなの、答えは最初から決まっていた。
「……駄目なわけないだろ。行こう、星奈ちゃん。週末、二人だけのデート」
「……っ! 本当……!? 嬉しい……っ♡」
パッと顔を輝かせた星奈ちゃんは、雨が降っていることも忘れたように、傘の下で俺の胸に飛び込んできた。
「楽しみにしてるね、蓮くん……! 私、とびきり可愛い服着ていくから……絶対に私から目を離しちゃダメなんだからね……♡」
雨の日の相合い傘の下で交わした、週末の約束。
資料室、図書室と深まってきた二人の秘密は、ついに放課後の校舎を飛び出し、新たなステージへと広がっていこうとしていた。




