雨の日の図書室と、制服の下の密やかな温もり
第十六話:雨の日の図書室と、制服の下の密やかな温もり
ザーザーと篠突く雨が、校舎の窓ガラスを激しく叩いていた。
梅雨の季節に入り、放課後になっても空は暗く沈んだままだ。部活動の声も雨音にかき消され、校舎全体がいつも以上の静寂に包まれている。
俺はいつものように、放課後の旧資料室へと向かっていた。だが、ドアを開ける直前、スマホに星奈ちゃんからのメッセージが入る。
『蓮くん、ごめんなさい! 今日は図書委員の当番で、18時まで図書室を離れられなくなっちゃったの……。でも、蓮くんに会いたい……っ。誰も来ない奥の開架スペースで待ってるから、来てくれる……?』
「……図書室、か」
普段の資料室なら完全な二人きりだが、図書室はいくら放課後とはいえ、他の生徒や先生が立ち寄る可能性がある。
だが、文面から溢れ出る「会いたい」という彼女の熱量に抗えるはずもなく、俺は足早に三階の図書室へと向かった。
ガラガラと重い扉を開けると、館内は薄暗く、雨音と古本の匂いだけが充満していた。カウンターには誰もおらず、貸出業務を終えた星奈ちゃんは、指示通り一番奥の『歴史・資料コーナー』にいるようだ。
本棚が入り組み、死角になっている棚の奥へと足を進める。
そこには、制服の上にカーディガンを羽織り、小さなパイプ椅子に座って本を抱きかかえている星奈ちゃんの姿があった。
「星奈ちゃん」
低めの声で呼びかけると、彼女はハッとして顔を上げた。
次の瞬間、彼女の瞳がパッと花が咲いたように輝く。
「蓮くん……! 来てくれたんだ……っ」
立ち上がろうとした彼女の腕を、俺は制した。本棚の隙間から他の生徒に見られるリスクを減らすため、俺はその場にしゃがみ込み、星奈ちゃんの目線と合わせる。
「大丈夫? 誰か来そう?」
「うん……カウンターの受付はもう閉めたし、雨だから誰も残ってないよ。でも……万が一誰か来たらどうしようって、ドキドキしてた……」
「じゃあ、今日は顔を見るだけにしておこうか。無理してバレたら大変だし——」
俺がそう言って立ち上がろうとした瞬間。
キュッと、制服の裾を強く引っ張られた。
「……ダメ」
星奈ちゃんが、うるうると湿った瞳で俺を見上げている。
華奢な指先が、俺の服を離そうとしない。
「ダメ……っ。顏見るだけなんて、嫌。私……ずっと蓮くんに触れて欲しくて、当番中もずっと時計ばかり見てたんだよ……?」
「でも、ここは図書室だし……」
「誰も来ないよ……。それに……刺激的な方が、ドキドキして甘くなるでしょ……?」
小悪魔的な微笑みを浮かべた星奈ちゃんは、抱えていた厚い本をそっと床に置くと、自らパイプ椅子の上で膝を開き、俺の体を抱き寄せるように手招きした。
「ほら……こっち来て? 立ちっぱなしだと疲れちゃうでしょ……?」
「星奈ちゃん……っ」
俺が意を決して本棚の死角、彼女のすぐ目の前に踏み込むと、星奈ちゃんは待っていましたと言わんばかりに、俺の首にぎゅっと両腕を回してきた。
そのまま、俺は彼女の膝の間に挟まれるような形でしゃがみ込む。
制服越しに伝わる、彼女の太ももの柔らかさと熱気。外の冷たい雨音とは対照的に、この狭い空間だけが狂おしいほど熱を帯びていく。
「んふふ……蓮くんの匂い……♡」
星奈ちゃんは俺の首元に顔をうずめ、深呼吸するように吐息を吹きかけてくる。その吐息が耳たぶに当たるたび、背筋に甘い痺れが走る。
「ねえ、蓮くん。知ってる……? 図書室で声を出したら、ダメなんだよ……?」
「……知ってるよ」
「じゃあ……私が声を出さないように、しっかり口塞いでてね……♡」
そう囁いた瞬間、星奈ちゃんの方から背伸びをして、俺の唇に己の唇を重ねてきた。
「……んむっ……♡」
図書室の静寂を破らないよう、密やかな、けれど深く貪るような吻。
星奈ちゃんの手が俺の頭後ろに回り、髪の毛を愛おしそうに指で弄ってくる。舌先が触れ合うたび、彼女の口から「んっ……ふぁ……」と切ない漏れ声が零れそうになり、その度に俺はさらに強く唇を押し当てて、彼女の声を押し殺した。
(やばい……資料室の時より、背徳感がすごすぎる……!)
もし誰かが本を探しにこのコーナーに来たら、一発でアウトだ。
学校一の「高嶺の花」が、図書室の奥で男子生徒と抱き合って濃厚なキスをしているなんて知れたら、学校中が大騒ぎになる。
だが、その危険が、かえって二人の体温を異常なほど高めていた。
「……んっ……はぁ……っ♡」
一度唇が離れると、星奈ちゃんはうっとりとした、完全に蕩けた表情で俺を見つめていた。薄桃色の唇が濡れて光り、吐き出される息は熱く乱れている。
「れ、蓮くん……激しすぎるよ……っ。声……出ちゃいそうだったじゃん……♡」
「星奈ちゃんが誘うからだろ……」
「ふふ……だって、蓮くんが困った顔するの、大好きなんだもん。……ねえ、まだ当番の18時まで時間あるよ?」
星奈ちゃんは俺の手を引っ張り、自分の制服のカーディガンの内側——暖かく柔らかい胸元へと導いていく。
「雨、止みそうにないね……。ここで……もっと秘密の続き、しよ……?」
外の雨音は強まるばかり。
暗闇の図書室で、誰にも言えない二人の秘密は、静かに、そして確実にその密度を増していくのだった。




