溶け合う吐息と、放課後特別レッスン
「……んっ……ふぁ……♡」
放課後の旧資料室。夕焼けが赤々と部屋を染める中、重なり合った二つの影から甘い吐息が漏れていた。
星奈ちゃんに爪先立ちで抱きつかれ、耳元で「昨日の続きをして」なんて囁かれた俺の理性は、とっくに限界を迎えていた。華奢な腰を抱き寄せる腕に少しだけ力を込めると、彼女は嬉しそうに俺の首元へ細い腕を回してくる。
「れ、蓮くん……。本当に……理性がなくなっちゃったの……?」
「……星奈ちゃんがそんな可愛いこと言うからだろ」
「ふふっ……嬉しい。私ね、学校にいる間ずっと、この瞬間を待ってたんだよ? クラスの男子に話しかけられても、先生の授業を聞いてても、頭の中は蓮くんの腕の温かさと、昨日のキスのことばかりで……」
星奈ちゃんは上目遣いに俺を見つめると、小悪魔のような笑みを浮かべて、キュッと俺の制服の胸元を引っ張った。
「ねえ、蓮くん。私ね……もっと『蓮くんの特別』になりたいの」
「特別……?」
「うん。VTuberの『夢咲あいり』は、画面越しに何万人ものリスナーに笑顔を届けるのがお仕事。でも……ここにいる『姫宮星奈』は、蓮くんのためだけに存在する女の子になりたい。……だから、放課後の資料室限定で、私に『恋人のレッスン』をしてほしいな……♡」
「恋人のレッスンって……」
「まずは……手を繋ぐこと。ほら、学校ではすれ違う時に小指しか触れ合えなかったでしょ? だから……ちゃんと恋人繋ぎしてほしいの」
そう言って、星奈ちゃんは自分の右手をすっと差し出してきた。
白く透き通るような指先。俺は躊躇いながらも、自分の大きな手を重ね、指と指を深く交差させる。ぎゅっと力を込めると、星奈ちゃんはうっとりとした表情で頬を緩ませた。
「あ……すごく温かい……。蓮くんの手、大きくて男の子なんだなって実感する……♡」
「……星奈ちゃんの手はすごく小さくて柔らかいよ。壊しちゃいそうで、ちょっと緊張する」
「ううん、壊れるくらい強く握ってくれていいんだよ……? 私、蓮くんになら、どんなことされたって嫌じゃないんだから」
指先から伝わる彼女の體溫と、トクトクと刻まれる脈拍。
恋人繋ぎをしたまま、星奈ちゃんはさらに距離を詰めてきた。膝と膝が触れ合い、制服越しに彼女の柔らかい胸の感觸が俺の腕に伝わる。
「次はね……もっと甘いレッスン。……目、閉じて?」
「星奈ちゃん……?」
「いいから、目を閉じて……。私の言葉だけ、聞いてて」
言われるがままに瞼を閉じると、視界が真っ暗になる分、彼女の甘い草莓の香りと息遣いが恐ろしいほど鮮明に伝わってきた。衣擦れの音がして、星奈ちゃんの顔がすぐ目の前まで近づいてくるのが分かる。
「……蓮くん。私ね、学校では『高嶺の花』って呼ばれてて、誰にもスキを見せないように、ずっと一人で突っ走ってきたの。でもね……一人でいるの、本当はすごく寂しかった」
耳元で囁かれる彼女の本音。いつも完璧で、孤高で、誰も寄せ付けない姫宮星奈の、誰も知らない弱さ。
「配信でリスナーさんと話すのも楽しかった。でも……畫面の中のあいりは、みんなの理想のアイドルでいなきゃいけないの。本当の私——甘えたがりで、弱くて、一人じゃ何もできない姫宮星奈を見てくれたのは、世界中で蓮くんだけだったんだよ」
「星奈ちゃん……」
「だからね……私を『高嶺の花』から引きずり下ろしてくれた蓮くんに、私の全部を差し上げたいの。……目、開けて?」
ゆっくりと瞼を開けると、そこには夕日に照らされ、涙目で俺を見つめる星奈ちゃんの顔があった。
その瞳には、俺の姿だけがはっきりと映っている。
「画面の中のアイドルでもない、高嶺の花でもない……蓮くんの前でだけ見せる、本当の私の顔を……ちゃんと見ててほしいの」
(……もう、耐えられるわけがない……!!)
俺は繋いだ手にギュッと力を込めると、そのまま星奈ちゃんの華奢な体を抱き寄せ、彼女の小さく柔らかい唇を塞いだ。
「……んむっ……!?」
一瞬、驚いたように目を見開いた星奈ちゃんだった意、すぐにうっとりと瞼を閉じ、俺の首元に回した腕にギュッと力を込めてきた。
昨日の、ただ触れ合うだけの淡い吻とは違う。
何度も角度を変え、深く、甘く、お互いの體溫を確かめ合うような密接なキス。
「……んっ……はぁ……っ♡ 蓮、くん……っ♡」
離れる間際に吐き出される彼女の吐息は、熱く湿り気を帯びていた。唇を離すと、星奈ちゃんは力の抜けた体で俺の胸にぐったりと寄りかかってくる。
「……んぁ……すごい……っ。頭がクラクラして……溶けちゃいそう……っ♡」
「……やりすぎた……?」
「ううん……! 全然やりすぎてない……っ! もっと……もっと私を壊すくらい、激しくしていいのに……♡」
「星奈ちゃん、それ以上は本当に危ないって……」
「ふふ、蓮くんの顔……すごく男の人って感じで、かっこいい……♡」
星奈ちゃんは俺の胸に顔を埋めながら、クスクスと嬉しそうに笑った。
その顔は、學校の誰しもが憧れ、恐れる『高嶺の花』の面影など欠片もなく、ただ大好きな男の子に甘やかされて幸せに浸る、一人の恋する女の子そのものだった。
「ねえ、蓮くん……。明日の放課後も……ここで『特別レッスン』の続き、してくれる……?」
「……ああ。星奈ちゃんが望むなら、毎日でも」
「約束ね……♡」
小指を絡め合い、夕暮れの資料室で交わす二度目の秘密。
俺たちの『甘々秘密交際』は、誰も追いつけないスピードで、さらに深みへと落ちていくのだった。




