夕暮れの資料室と、放課後限定の甘いおねだり
放課後を告げるチャイムが校内に響き渡ると同時に、俺は心臓の鼓動が速くなるのを抑えられずにいた。
周りのクラスメイトたちが部活動や下校の準備を進める中、俺は鞄を抱えてゆっくりと立ち上がる。教室のドア越しにチラリと視線をやると、ちょうど廊下を歩いていく星奈ちゃんの姿が見えた。相変わらず「高嶺の花」として凛とした立ち振る舞いだが、すれ違いざまにほんの一瞬だけ、俺の方へ視線を送ってきた。その瞳には、昼間の『小指の合図』と同じ秘密の熱が宿っている。
俺は少し時間をおいてから教室を出て、校舎の奥深くにある旧資料室へと向かった。
普段は誰も近づかない静寂に包まれた木製のドア。そのノブに手をかけ、ゆっくりと押し開ける。
「……あ、蓮くん」
カタン、とドアが閉まる音と同時に、部屋の奧から甘いイチゴの香りがふわりと漂ってきた。
西日に照らされた資料室の中で、星奈ちゃんが制服のスカートを揺らしながら待っていた。学校でのクールな表情はどこへやら、いま俺の目の前にいるのは、頬を桜色に染め、瞳を潤ませた『俺だけの彼女』だ。
「……待ってたよ、蓮くん」
「星奈ちゃん……。誰も見てなかった?」
「うん、大丈夫。ちゃんと誰もいないの確認してから入ったから……」
そう言いながら、彼女は細い足取りで俺のもとへと歩み寄ってくる。そして、俺の制服の裾を両手でギュッと掴むと、そのまま俺の胸元に小さくおでこを預けてきた。
「っ……星奈ちゃん!?」
「……足りないの」
小さな声が、俺の胸に直接届くように響く。
「昨日のキスも……今朝のメッセージも……全然足りないの。学校にいる間中、ずっと蓮くんのことが頭から離れなくて、授業も全然集中できなかったんだから……責任、取ってよね……?」
「責任って……」
「抱きしめて、蓮くん。画面の中の『あいり』じゃなくて……ここ(学校)にいる姫宮星奈を、ちゃんとぎゅーってして……♡」
「……っ」
その上目遣いのおねだりに耐えられる男子高校生が、この世に存在するだろうか。
俺は意を決して、華奢な彼女の腰に腕を回し、力強くその体を抱きよせた。
「……んっ……♡」
星奈ちゃんの口から、甘い吐息が漏れる。
俺の胸の中にすっぽりと収まった彼女の体は、驚くほど柔らかく、そして温かい。小さな鼓動が、俺の胸にトクトクと伝わってくる。
「……あは、すごーい……。蓮くんの心臓、すごく速くなってる……」
「……誰のせいだと思ってるんだよ。星奈ちゃんが可愛すぎるからだろ」
「ふふ、嬉しい……。私だけじゃないんだって思うと、すごく安心する……」
星奈ちゃんは俺の背中に両腕を回し、さらに体を密着させてきた。制服越しでも伝わってくる彼女の熱量に、俺の理性が少しずつ削られていくのが分かる。
彼女は俺の腕の中で少し体を揺らしながら、耳元で吐息を吹きかけるように囁いてきた。
「ねえ、蓮くん……。知ってる? VTuberの『夢咲あいり』はね、配信で『みんな大好き〜♡』って言ってるけど……『姫宮星奈』が世界で一番大好きなのは、蓮くんだけなんだよ……?」
「……!?」
「学校では高嶺の花って呼ばれてるけど……蓮くんの前だけでは、ただの恋する女の子になりたいの。だから……もっと私を甘やかして? 蓮くんの彼女として、特別なこと……いっぱいしてほしいな……♡」
「星奈ちゃん、それ以上は本当に理性が……」
「ふふ、理性がなくなってもいいよ……? 私、蓮くんなら……何されても断らないもん……♡」
そう言って、星奈ちゃんは俺の胸から顔を離すと、背伸びをして自分の唇を俺の耳元へと近づけた。
「……ねえ。今日も、昨日の続き……してくれる……?」
夕焼けに染まる資料室で、二人の影が一つに重なっていく。
昨日よりも深く、昨日よりも甘い秘密の時間が、静かに流れ始めていた。




