その2「指輪編」 第5話:もう一度、バカをやらせてくれ
「この場所を、まだ覚えているか?」望月誓は尋ねた。
灯里は遠くにある、人よりも高くそびえ立つ大きな岩を指さして言った。
「もちろん覚えてる。あの日、あなたはあそこで私に告白したのよ。それから、砂の中から、紙の星でいっぱいになったガラス瓶をバカみたいに掘り出して、『今はあんまりお金がないから、星を一瓶折ってあげることしかできないんだ』って……本当に、男の人ってバカよね。女は、紙の星なんて別に嬉しくなんかないって、なんで分からないのかしら?」
望月誓は何も答えず、ただ彼女の手を引いて、ゆっくりとその大岩の前まで歩いていった。そして、こう言った。
「それなら、もう一度だけ、バカをやらせてくれないか」
そう言うが早いか、彼はしゃがみ込み、両手で足元の砂を勢いよく掘り始めた。そして、砂の中から一つのガラス瓶を取り出した。中には、色とりどりの紙の星が、ぎっしりと詰まっている。
「これ、君に。何晩もかけて折ったんだ。気に入ってくれるか?」
灯里は両手で口元を押さえ、その瞳に溢れんばかりの喜びを浮かべて、何度も何度も頷いた。そして、手を伸ばしてガラス瓶を受け取ると、目の前に掲げて、中の星をじっくりと眺めた。その角度から、望月誓は、灯里の目が涙で潤んでいるのに気がついた。しかし、彼はそれを見て見ぬふりをすることにした。
「あの頃の私は、まだ厨房の見習いで、給料も安かったから、大したプレゼントも買ってあげられなかった。でも、あの日、君に約束したんだ。将来、必ず君を幸せにしてみせるって。……あの約束、ちゃんと守れたかな?」
「もちろん、守ってくれたわ。あなたのおかげで、私も陽菜も、とても豊かな生活を送れているもの」
「陽菜……その子の名前は、陽菜っていうのか。写真はないか?見せてもらえないだろうか?」
灯里は自分のスマホを取り出し、アルバムを開いて、別の時空にいる彼の娘を、望月誓に見せてあげようとした。だが、その時だった。灯里が画面を点灯させたその瞬間、あるメッセージが画面上に表示されていた。灯里が慌ててそれを素早くはらいのけたため、望月誓は全文を読むことはできなかった。しかし、そのメッセージに「離婚」という二文字があったのを、彼の目は確かに捉えていた。
灯里が娘の写真を見つけ、スマホを望月誓に手渡した。それを見た望月誓の胸に、激しい感情が込み上げてきた。嬉しさと悲しさが、一緒くたになったような気持ちだった。嬉しかったのは、もう一つの時空にいる、血を分けた自分の娘の姿を、ついに見ることができたからだ。そして悲しかったのは、もしかすると、この目で直接娘に会い、言葉を交わすことは、永遠にできないかもしれないと悟ったからだ。
灯里は、望月誓の心の内を、何となく察したようだった。
「私たち家族には、三人のグループチャットがあるの。そこに陽菜がパパ宛てに残した録音もあるから、聴いてみる?」
望月誓にスマホを持たせたまま、灯里は体を一歩寄せて、自分の指で画面を操作し、そのグループチャットのページを開いた。その間、望月誓は二つのことに気がついた。一つは、灯里の髪がとても良い香りがすることで、彼女は望月誓と少しだけ体が触れ合うことも、気にしていないようだった。もう一つは、そのグループの最後のメッセージが、昨年の半ばのものだったことだ。言い換えれば、この家族のグループは、すでに名ばかりのものとなっており、丸一年間、新しいメッセージが一切途絶えていた。
灯里はしばらく画面をスクロールしてから、一件の録音データを見つけ、それを再生した。
『パパ、私、来年卒業して仕事が見つかったら、初めてのお給料でパパにプレゼントを買ってあげようと思うんだ。何が欲しい?』
「お前がくれるものなら、何だって嬉しいさ」望月誓は、思わずそう答えていた。
「陽菜はつい先日、卒業したばかりなの。仕事ももう決まっていて、来週から小学校の先生として働き始めるのよ。でも、パパがあの時何も答えてくれなかったから、私たち、何をプレゼントしたらいいのか分からないの。何か良い提案はない?」
「私だったら、ガンダムのプラモデルがいいな。それも、できれば『SEED』より前の、古いシリーズのがいい」
「私は、彼がしょっちゅうプラモデルを買ってくるのが嫌なの。ほとんどは買うだけで作らないし、箱が部屋中に積み上がって場所ばかり取るし、せっかく組み立てたものには埃を被りっぱなし。ガンダムはもうやめて。他に何かアイデアはないの?」
望月誓はただ笑っただけで、何も答えなかった。
「……ねえ、私と、一緒にプラモ屋さんに行ってみないかい?男がどうしてガンダムが好きなのか、教えてあげるよ」
灯里はもちろん、プラモ店など好きではなかった。しかし、今日が二人にとって、最初で最後の一日だということを思った。この別れの後に、再び会う機会は永遠に訪れない。だから彼女はこう答えた。
「ええ、いいわよ。私、彼とプラモ屋さんに行ったことなんて一度もなかった。今度こそ、どんなところか見てみたいわ」
望月誓は、彼女をプラモ屋に連れて行くというこの一点において、別の時空の自分に、ついに勝てたことが、心の底から嬉しかった。そうして彼は、もう一度灯里の手をしっかりと握り、二人で駐車場へと戻っていった。
やがて、二人を乗せた車は、次の目的地へと走り出した。





