あついひび
梅雨も終わり、今年も夏がやって来た。
「あっつー……」
生暖かい探索者協会を出て、灼熱の集落を歩いて豊穣の森の中へ。
「ふいいぃー」
本来なら涼しさなんて感じるはずのない場所で涼しさを感じ、力が抜けて変な声が出た。
「……あんまり気を抜いちゃ駄目だね」
気合いを入れなおす。今日は一層でひたすら泥炭を掘らないといけないのだ。
送電ロス対策と廃熱利用のため、集落の傍に『小型泥炭発電所』と『銭湯』が出来て、また国としての石油の備蓄が危ういからと、泥炭の買い取り価格が上がったのだ。
集落に出来た発電所勤務の人曰く「安価で簡単に作れて簡単に交換出来る煤塵除去装置の開発で手間取った」とのこと。私個人としては、炉に使うらしいレアメタルをどう確保したのか気になった。そちらは「炉が小さいからなんとかなった」らしい。本当かな?
まあそれはそれとして。値上がりしたと言っても、泥炭一キロ三〇〇円と『豊穣の森』で産出する他のモノと比べると単価が安いし、やることは湿地に埋もれつつ穴を掘るだけという地味で汚れてキツい単純作業のため、多くの探索者はやりたがらない。
しかも、掘った泥炭を日陰に干す作業も、
『【ストレージ】から出すついでだから』
と任される。拘束時間が増える訳で、これも泥炭掘りの不人気さに拍車をかけている。
ただ、この泥炭発電所で多くの発電が出来たなら、集落の家々で冷房をガンガン使えるようになる。この暑さで集落のジジババもダンジョン救助隊の子供達も参ってきているので、シフト上は休日のダンジョン救助隊の方々は休日返上で泥炭堀りをする予定だった。
そんなダンジョン救助隊員なとあるお父さんの奥さんと子供が風邪をひいたため手が空かず。そこで私が代打に立候補した訳だ。
「……この辺りね」
色々書き込まれた地図に示された場所に到着し。
「掘りますか、と」
剣先スコップで掘っては【ストレージ】に入れる。この作業を出来るだけ短くループさせ、短時間で多く掘れるよう意識する。でないと発電に必要な量を確保出来ないからだ。
「重機は、偉大、だねえ」
探索者の身体能力があれど、適当にやればショベルカー入れて掘ってトラックに乗せる方が早い。その程度の速さでやっていては間に合わないので、必死まで行かずとも真剣に泥炭を掘る。
「ふいぃ疲れたー」
一時間ほど掘り続けたところで、足場のしっかりしたところへ移動して休憩。
「うわあ結構泥で汚れてるなあ」
服装を確認したけど、洗うのが間違いなく大変なありさまだ。
「これは探索者協会に納品行く前に着替えた方が良さそうだなあ」
洗濯物が増えることに頭を抱えたくなる。給水制限もあるけれど、それ以上に洗剤が貴重なのだ。
「いやー。分かってはいたけど、汚れ落ちるのかなあこれ」
愚痴は口にするけれど、やらなければいけないことなのは分かっているので、この周囲に誰もいない場所で愚痴るだけだ。
「さて。あと二時間も掘ったら必要な量になりそうだし。念を入れて三時間掘ったら帰ろっか」
予定を立てて、剣先スコップを手にする。
ダンジョンを出てすぐ、土の広場の端で大雑把に泥を落としてから、探索者協会裏のがらんどうな倉庫へ。
「発電用の泥炭はこちらに全て置いてください」
「分かりましたー」
モリモリと泥炭を置いていく。結構頑張ったし、規定量より少し多めに掘ってきたつもりだったけれど、倉庫に置いてみると思ったほどの量になっていなくて不安になる。
「……納品、確かに受け取りました。ありがとうございます」
「いえいえー」
会話もほどほどに協会を出て自宅へ。多少レベルアップした肉体で、ただ泥炭を掘るだけという単純作業なのに、肉体も精神も疲れた。
「毎日泥炭掘ってる人、凄かったんだなー」
感慨を抱きつつ帰宅。
今日来ていた服を漬け置きに。濡れタオルで軽く体をぬぐって、ラフな服に着替えて発電所付属の銭湯へ。探索者だと割引があるらしいことと、給水制限のある自宅だとシャワーで限界になるからだ。
時間が早かったこともあって、銭湯は空いていた。
「うわーこんなところまで泥が」
丁寧に体を洗う。軍手なんてなかったみたいに、爪の間に泥が入っている。髪にも結構絡んでいて、ジャリジャリする手触りに嫌になる。
三回洗い直してやっと、泥の感触がなくなったので湯船につかる。
「あー……。つかれたー……」
深々と息を吐く。強ばっていた体も、お湯に溶かされるみたいにほぐれていく。
「……明日のこともあるし、長風呂せずテキトーなところで上がるかあ」
体がポカポカしてきたので、浴場を出て着替え、ロビーへ。
「はー。美味し」
よく冷えた紅茶(ストレート。一杯五十円)を飲み干して、コップを窓口に返してロビー端の椅子に座り、しばし呆ける。
「……よし」
体の熱が逃げていった辺りで、なんとなく気合いを入れてから、銭湯を後にする。
空はすっかり茜色で、銭湯に入りに来る家族連れや探索者とすれ違う。
「どうも」
「どうもー」
挨拶を交わしながら思ってしまう。
(この生活、いつまで続けられるだろう?)
軽く頭を振って、不吉な思考を追い出した。




