策動の太平洋 第1章 反戦活動の萌芽
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ市。
サンディエゴ海軍基地の近くにあるアパートの部屋に1人の若い女性がドアの鍵を開けて、入ってきた。
この部屋は彼女が借りている部屋だ。
金色の髪に緑色の目、白い肌はまさしく彼女が白人である事がわかる。
彼女はサンディエゴ海軍基地の近くにある個人経営の入院設備を完備した病院で看護婦をしているシンディー・プラウトンだ。
夜勤の仕事を終えて、帰宅したプラウトンは疲れた顔でラジオの電源を入れた。
1941年12月8日に、日本陸海空軍の侵攻でハワイが占領されて以来、ラジオから流れるニュースは専ら、太平洋で行われている戦闘についてのものばかりだ。
そこで語られる内容も、日本に対して反撃を叫ぶものが多いように思える。
サンディエゴは海軍の町だから、プラウトンの勤める病院に診察を受けるために来る患者も、入院患者も主戦論を唱えている者が多い。
正直、耳にタコである。
さらにノーフォーク海軍基地も日本空軍の戦略爆撃機による空爆を受けた事が放送されている。
当初、ノーフォーク海軍基地で起きた事は単なる爆発事故と発表されていた。しかし、目撃者がかなりいたため、すぐに政府と海軍は真実を公表しなければならなかった。
「・・・・・・」
プラウトンは遠い国で行われている戦争の足音が、自分たちのすぐ側に来ている事を理解した。
昨日の夕方に診察を受けに来た老婦人の言葉が思い出された。
「他国で起こっている戦争を、単に他人事のように眺めている貴女たちも、いずれは思い知る事になる」
ドイツ空軍機によって、連日のように空爆を受けるロンドンから家族と共に、アメリカの親戚を頼って逃げてきたという老婦人は、恨みの籠った目でそう言った。
ため息をついて、プラウトンは自分の左手を見た。彼女の左手には婚約指輪がある。
プラウトンの婚約者はアメリカ海軍中尉でグアム島の哨戒艇の艇長をしている。
来年の1月上旬にはサンディエゴ海軍基地に戻り、彼女と結婚式を挙げ、基地の事務員に転属する事になっている。
その時、ラジオからグアム島が日本軍に占領されたという、内容が伝えられた。
「新しいニュースが入りました。先ほど海軍省の発表によりますと、グアム島が日本軍の侵攻を受け、陥落しました。グアム島に配備されているアメリカ軍は日本軍の攻撃で多くの死傷者を出したそうです。詳しい内容は後ほど伝えます」
その放送にプラウトンは衝撃を受けた。
気が付いた時にはアパートを飛び出し、サンディエゴ海軍基地に全速力で向かっていった。
サンディエゴ海軍基地の正門を警備している警備兵にプラウトンは叫んだ。
「あの!この基地に勤務するキャンブス少佐を呼んでください!」
キャンブスはプラウトンの婚約者の先輩である。
たまたま正門を警備していた警備兵が彼女の事を知っている兵士だったから、すぐに取り次いでくれた。
「プラウトンさん。少佐が司令部の執務室でお待ちです。許可が出ましたので、すぐに司令部に行って下さい」
警備担当の下級士官がプラウトンに言った。
プラウトンはすぐに駆け出し、海軍司令部のある建物に向かった。
海軍司令部の出入口に彼女の知った顔が見えた。
キャンブスだ。
どうやら、彼女の出迎えのために司令部の出入口に姿を現したのだろう。
「キャンブスさん!エドは!?」
プラウトンは婚約者であるエドワード・ホーキンズの名を叫んだ。
「・・・・・・」
キャンブスは何も言わない。
だが、黙っている事ができなかったのか、苦痛に耐える表情で口を開いた。
「プラウトンさん。覚悟して聞いてください。エドが乗る哨戒艇は日本海軍駆逐艦の砲撃で撃沈され、乗員のほとんどが戦死したそうです。グアム島が陥落した時に、守備隊司令官からそう報告されました。日本海軍がその後、撃沈した哨戒艇の生存者の捜索を開始しましたが、エドの遺体が見つかったそうです・・・」
キャンブスは重い口調で真実を告げた。
「せ、戦死・・・」
プラウトンは地面に崩れ落ちた。
サンディエゴ海軍基地の医務室のベッドでプラウトンが寝込んでいた。
キャンブスから婚約者の死を聞かされて、彼女は取り乱し泣き叫んだ。キャンブスの計らいで、医務室に運ばれ、安静にしている。
どのくらい寝ていただろうか・・・
プラウトンは目を開き、身体を起こす。
「シンディーさん。起きていますか?」
中年男性の声がした。
プラウトンはその声に聞き覚えがあった。
「はい。起きています」
プラウトンはさほど大きくない声で返事をした。
彼女が寝かされているベッドの横でカーキ色の海軍士官の作業服を着た中年の男がパイプ椅子に座った。
「エドワードの事は残念だった」
中年の男はそう言った。
「・・・・・・」
プラウトンは何も喋らない。
パイプ椅子に座っている中年男は海軍少将でエドワード・ホーキンズの父親である。
「正直、貴女に話すべきでは無いのだが・・・息子の婚約者である以上は知るべきだと思う。これから、私が話す内容は極秘事項だが、貴女に打ち明けます」
婚約者の父親はそう言って、対日戦についてのアメリカ政府の計画を打ち明けた。
アメリカ政府は南太平洋にあるフィリピンとグアム等は最初から守るつもりはなかった。
守ったところで、日本軍の進撃を防ぐ事はできないと判断していた。そのため、国民にはそれらの場所には増援を送ると言っていたが、実際にはそんな事はしていなかった。
南太平洋で日本軍の緒戦で侵攻する地域のアメリカ軍兵士たちは見捨てるつもりだった。
それが対日戦を有利に進められる最善の策と結論付けられたからだ。
国民世論を対日戦へ向かわせる為の情報操作としての生贄。
一部の主戦論派の政治家たちによる、政治的策略であった。
「・・・・・・」
プラウトンは婚約者の父親からの説明に何も言えなかった。
日本との戦争を有利に進めるために自分の婚約者だけでは無く、国を思って軍に入隊したアメリカ国民を生贄にした。
彼女はそう思った。
そう思うと日本軍に対してより、アメリカ政府に怒りが沸き上がった。
許せない・・・彼女の頭の中にそんな単語が過ぎった。
「失礼します」
キャンブスが基地の食堂で作らせたチョコレートケーキとコーヒーを淹れたカップをトレイに乗せて運んできた。
「プラウトンさん。甘い物を召し上がってください。これで少しは心の傷を癒す事ができます」
キャンブスはテーブルの上にトレイを置いた。
「しばらく、ここで休んでください」
婚約者の父親がそう言って立ち上がり、キャンブスと一緒に医務室を出て行った。
プラウトンはしばらく呆然と白い壁を見ていた。
頭の中では婚約者との大切な思い出が過ぎっていた。
婚約者とは2人の故郷である教会で出会った。いつも顔を会わせているうちに彼と話をしたいと思った。そして、彼が優しく声をかけてきた。
それがきっかけである。
やがてお互いが相手を愛しく思い。結婚の約束をした。
しかし、彼とは二度と会う事ができない。確かに彼は軍人。軍人である以上は戦いで死ぬ事もある。
覚悟はしていた。
だが、彼だけはどんな事があっても生きて帰って来ると信じていた。でも、現実は違った。
それも対日戦争を有利に進めるために婚約者とそれ以外のアメリカ国民の命が失われた。
その時、彼女は、どうしても知りたいと思った。
そして、それを実行するためにベッドから起き上がり、ケーキやコーヒーに手を付けず、医務室を出て行った。
目的地は決まっている。
ワシントンDC。
プラウトンはアパートに戻り、急いで身支度を整えた。
大きなバックにできる限りの着替えを入れると、お金を持って、すぐに部屋を出た。
今度は部屋の鍵を閉めた。
電車に乗り、サンディエゴからワシントンDCに向かった。
西海岸から東に向かうのだから、かなりの時間がかかる。
気の遠くなる長旅をした後、プラウトンはようやくワシントンDCに到着した。
ワシントンDC内は騒がしかった。
あちらこちらでプラカードを持った団体がデモ行動をしている。
「侵略者を打倒せよ!」
「日系アメリカ人の市民権を剥奪せよ!」
「極東の山猿ども皆殺しにしろ!」
等々と市民団体が叫んでいる。
プラウトンはそんな声を聞きながら、駆け出し、彼女の知人がいるアメリカ合衆国連邦議会に向かった。
連邦議会の敷地の外ではかなりの数の主戦論派と思われる団体が、日本人打倒、と叫んでいる。
デモの規制のためにワシントンDCの治安維持を担当している首都警察の警察官と州兵が展開している。
すると1人の金髪の肥満体の男が持ち運び式の演説台を置いて、それに昇り、連邦議会の前で、日本人打倒、と叫んでいる市民団体の前で演説を始めた。
その男は見た目でわかるように、かなりの資産家である事が一目瞭然だった。
「極東に位置する小さな島国は帝国主義を掲げて、自由の国である我が祖国を侵略しようとしている!我が国と友好関係を築こうと主張しながら、突如として彼らは裏切ったのである。侵略者に奪われたアメリカの土地を奪い返し、侵略者の土地に星条旗を掲げ!我々の土地にするのだ!」
誰が聞いても帝国主義のモラルをそのまま主張している。
「今こそ!我々はアメリカ各地に行き、自由を守る若者たちに銃を手にさせ、外敵の土地を足で踏み付けるように扇動するのだ!」
演説している男の演説にプラウトンは怒りを覚えた。
「若者を戦場に向かわせようとする貴方はどうなのですか!?」
気が付いた時にはプラウトンは肥満男に聞いていた。
「?」
肥満男は、賛同する声が来る事は想定していたようだが、それ以外の声は想定していなかったようだ。
口をポカンと開けている。
「日本がハワイに侵攻する前に日本政府は私たちの国に宣戦布告しています。それにその気なれば私たちの国は日本と戦争を回避する事もできました。しかし、陸海軍の上層部はもちろんの事、ルーズベルト大統領は戦争回避の道を閉ざしたのです!」
彼女の正論に市民団体のデモたちは今までの事を思い出した。
「確かにそうだ」
「極東の島国はハワイ侵攻前の半年前から訴えていた」
頭が柔らかい青年たちの一部がそのような声を漏らした。
「先ほど貴方はこう申しました。自由を守る若者たちに銃を手にさせ、外敵の土地を足で踏み付けるように扇動しろ、と。その時、貴方は当然ながら戦場に向かうのですね?貴方に男性のお子さんがいるなら、当然戦場に送り出すのですね?」
プラウトンの言葉に肥満男は、言葉を失ったようだ。
もし、この場に70年以上後の日本人がいたら、こう思っただろう。
(安全な場所でしか、デモ活動ができない人間は万国共通なのだな)と。
肥満男は、情けないほど狼狽しオロオロした。
「そ、それは・・・」
その動作を彼女は見過ごさなかった。
「貴方はもちろんの事、貴方の子供も戦争には行かない・・・いえ、きっと、行かせないように工作するでしょう!そして、銃を取り、戦地に行くのはそういう事ができない子供たちなのです!」
「そ、そ、そ、そんな訳があるか!私を誰だと思っている!」
見事な逆切れだった。
「じゃあ、貴方と貴方の子供が銃を持ち、1番に戦地へ行って、それを証明してください!」
プラウトンが叫んだ。
すると・・・
「ふざけるな!なぜ、私と私の子供たちが戦地に行かなくてはならん!行くのは貧乏人どもの仕事だ!私たち金持ちには自由の国で生きる権利がある!・・・あ」
肥満男は感情のまま本音を叫んでしまった。それも群衆の前で・・・
その瞬間。
「ふざけるな!てめぇー!」
「私の息子には生きる権利ないと言うの!」
群衆の怒りが外敵からこの男に集中した。
「ひぃぃぃぃ!」
肥満男は慌てて逃げ出した。
その速さはまさしく脱兎の如くであった。
連邦議会での主戦論派の発言はプラウトンの抗議で自然消滅し、解散した。
彼女は連邦議会で上院議員である知人に面会できるよう手続きし、連邦議会の待合室で椅子に座って待っていた。
1時間ぐらい待っていると、待合室のドアが開き、1人の白髪が少し混じった黒っぽい灰色の髪をした茶色の目の長身男性が入ってきた。
「待たせたね。シンディー」
年齢は60歳になったばかりの男だが、顔立ちや雰囲気からとても老けているようには見えない。
彼はアメリカ合衆国連邦議会上院の議員であり、軍事委員会に籍を置く実力者の1人である。
名はジュード・ウォール・ホイルである。
「お忙しい時にお呼びして申し訳ありません」
プラウトンは謝罪した。
「別に問題ない。君のお父上にはずいぶんと世話になった。このぐらい苦労の1つにもならない」
ホイルは笑みを浮かべて言った。
しかし、その後、彼は笑みの表情を消し、悲痛な表情を浮かべた。
「婚約者は残念だった。日本との戦争を回避できなかった上院議員として謝罪とお悔やみを申し上げる」
ホイルは本当にすまなそうに告げた。
「いえ。私はおじさんを恨んでいません」
プラウトンは首を振った。
彼女はホイルが日本との戦争回避に尽力していた事を知っている。
大日本帝国政府がハル・ノートの一部を承認した時、彼は日本への経済制裁の解除と友好関係をさらに築くべきだと、強く主張していた。
現在、日本軍の攻撃でハワイ諸島が占領され、パナマ運河が破壊され、ノーフォーク海軍基地が空爆された状況下でも、大統領や議会に日本との講和を結ぶべきだと主張している。
しかし、誰も耳を貸していないのが現実だ。
ホイルが20代だった頃は下級士官として陸軍に籍を置いていた。
当時はロシア帝国との戦争に備えて準備していた日本を見ていた事がある。
その時、彼の同僚たちは弱小国が軍事大国の1つであるロシアに勝てる訳が無いと馬鹿にしていたが、彼は日本に行き、日本人たちを自分の目で見た。
その時、日本陸軍の騎兵隊の訓練を視察した。
後にこの騎兵隊は日露戦争の英雄である陸軍第1騎兵旅団長である秋山好古少将(日露戦争時)の指揮下でロシア陸軍のコッサク師団と戦う騎兵部隊の1つであった。
ホイルはその時、こう予測した。
「日本とロシアの戦争は日本が完全勝利する事は無いが、恐らく日本陸軍はなんとかロシア陸軍を撃退するだろう」
その予測は的中し、勝ってはいないが負けてもいない結果になった。
だからこそ、ホイルは日本の底力と言うべきか火事場の馬鹿力と言うべきものでアメリカと戦う。
それはこれまでアメリカが経験した事の無い損害を出すだろうと、しかし、アメリカは負けない、と考えている。
だが、そのために多くのアメリカ兵が命を落とす事になる。彼はそう考えている。
ホイルはプラウトンに腰掛けるように合図すると彼女は腰掛けた。
「それで私にどういう用件だね?」
ホイルはソファーに腰掛けて、聞いた。
「おじさん。どうか、私のような大切な人を失って悲しむ女性をこれ以上作らないようにしてください。そのためなら、私もお手伝いします」
プラウトンの言葉にホイルはうなずいた。
彼の事だ。最初からわかっていたのだろう。
「私は上院議員であり、人望も高いと思っているが、今の主戦論を覆すだけの力はない。しかし、方法がないわけではない。いかに大統領といえども、国民の声は無視できない」
ホイルはそう言った後、プラウトンに1つ提案した。
「君が中心となって、世論に訴えるのだ。これ以上、大切な人を戦争に奪われてはならないと。自分の家族や恋人、友人たちが無益な戦争で失われてはならないと。勝利の美酒が美味いのはほんの一瞬だけ、後は苦い思いしか残らない。それを国民に訴えるのだ」
ホイルの言葉にプラウトンはうなずいた。
ワシントンDCに到着する前に考えていた事だ。もちろん、かなり悩んだ。しかし、ワシントンDCに来て、主戦論派の主張を聞いて覚悟を決めた。
「ありがとうございます。おじさん」
プラウトンは決心した。
「私も及ばずながら、力になる。知り合いの新聞社に紹介状を書こう。最初はほんの小さな滴でも、集まれば大きな川の流れとなり、岩も動かす。必要なものは、私の力の及ぶ限り用意する」
小さな反戦運動への芽がワシントンDCで芽吹いた。
その芽は、瞬く間にアメリカ全土に根を張る事になる。
しかし、アメリカの抱えた矛盾を糧に育った大樹は、思わぬ出来事を巻き起こす事になる。
後にアメリカ合衆国建国以来の大事件が起こる事になるが、今のプラウトンには想像もできなかった。
策動の太平洋 第1章をお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
次回の投稿からはいつも通りの1話投稿になります。
投稿予定日は5月17日です。




