策動の太平洋 序章 フューラーの独語
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
第4部の後半よりアメリカ軍を含む連合軍の反攻作戦が開始されます。
1942年1月。
ドイツ第3帝国首都ベルリンは、熱狂に包まれていた。
1941年12月下旬。エルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメル将軍率いる対ソ連侵攻軍は、モスクワを陥落、占領した。
スターリンの命じた徹底交戦により、かなりの損害を被ったものの、突然姿を消したスターリンの情報が流れると、パルチザン化したモスクワ市民の抵抗は、風に吹き消される蝋燭の火のように消えていった。
ロンメルは、降伏した兵士や市民に対し、ジュネーブ条約に則った待遇を約束したのだった。
「国民諸君、勇猛果敢にあらゆる困難に立ち向かい戦い続ける諸君等に、私は深い敬意と感謝の意を伝えたい」
その声は独特の抑揚と共に、朗々と響き渡る。
「我が国民諸君、諸君等の耳にも既に届いている事と思う。私の盟友であり、我がドイツの誇り。そして、英雄である将軍ロンメルは、ロシア帝国を悪逆な暴力で滅ぼし、今は自国の国民さえ、言われなき殺戮と暴力で支配し続ける、悪魔の後継者によって牛耳られたモスクワを解放した。そう、これは解放なのだ。数多の民族、人種、宗教によって成り立つ国家とは、そこに生きる国民のための国家でなくてはならない。国家の指導者とは、支配者ではない。国民と共に在り、共に生き、そして、常に国民を守る盾であり続けなくてはならない。その逆はあり得ない、ソ連を見よ。彼の国の指導者と自称する恥知らずは、モスクワ市民の命を無慈悲にすり潰し、自分は逃げた。私は約束する。私はいかなる事があろうとも、諸君らと共に在り続けると・・・この身はベルリンに在ろうとも、心は遠く離れた戦場で、今も戦い続ける将兵たち。諸君らの父親、夫、息子、兄弟たちと共にある。イギリスは我々の戦いを侵略と非難している。しかし、彼らがこれまで行ってきた行為を見よ。他国を侵略し、滅ぼし、植民地として支配し、他国の富や資源を根こそぎ奪い取っているではないか。彼らこそが侵略者、破壊者である。しかし、我々は違う。アーリア人が先頭になって、世界を変えるのだ。我々が範となり、世界の民の先達となり、恒久的世界平和を築く」
そこで、彼は言葉を切り周囲を見回す。
「これからも、苦しい戦いが続くだろう。しかし、それを乗り越えてこそ真の平和がある。国民諸君。私と共に、栄光あるドイツの未来を築こうではないか」
そう彼は語り、演説を終えた。
一瞬の沈黙。
そして・・・
「ハイル・ヒトラー!」
「ハイル・ヒトラー!」
「ハイル・ヒトラー!」
会場のあちこちから声が上がる。やがて・・・
「「「「「ハイル・ヒトラー!!ハイル・ヒトラー!!ハイル・ヒトラー!!!」」」」」
声は1つとなり、無数のハーケンクロイツの旗が掲げられた会場を揺るがしたのだった。
その熱狂振りを少し離れた場所から眺める3人の人物がいた。
菊水総隊陸上自衛隊2等陸佐。表向きの身分は大日本帝国ドイツ大使館駐在武官の新居孝彦陸軍中佐、部下である2等陸尉。
そして、彼の秘書兼通訳官が表向きの身分の新世界連合軍連合陸軍所属のカーテローゼ・オリガ・バルツァー大尉(ドイツ連邦陸軍)であった。
「しかし、映像は何度も見ていましたが・・・生の迫力は比べ物になりませんね」
2尉が正直な心情を漏らした。
「本物のカリスマとは、何かと考えさせられる・・・元の時代でもこれ程の政治家はいなかった。正直、ドイツ国民の大半が彼を心から信じ、支持するのもうなずける。それだけの器を持った政治家という事だな」
「史実の彼のやりようは、賛成出来ませんが・・・これ程の演説を聞かされれば心を揺さぶられるのもうなずけます。この時代のドイツ人が彼に心酔するのもわかります。正に、稀代の政治家と言っていいのではと思ってしまいますね」
「どうでもよろしいが、我々ドイツ人の前であの男を称賛するような、意見はやめて頂きたい」
不快な表情を浮かべて、バルツァーは抗議するような口調で述べた。
「失礼、フロイライン・バルツァー。個人的に疑問だった事がわかった事がうれしくてね・・・以後、発言には気を付けよう」
30歳を少し越えたばかりの、金髪碧眼というアーリア人の特徴が色濃い大尉に新居は、軽く頭を下げた。
「ただ、個人的意見という事で言わせてもらえば、日本には言霊と言うものがある。簡単に言えば言葉には霊的な力が宿るそうだ。悪い心で発した言葉は災いを呼び、清らかな心で発した言葉は幸福をもたらす・・・表面だけを取り繕った言葉は人の心に響かないが、本心からの言葉は、人の心を動かす力がある。俺にはあの男が、歴史上最悪の独裁者とはどうしても思えない。彼は心から祖国を愛し、国民を愛している・・・そう感じられるのだ。彼程の人物なら自分の死後、ドイツが歩んだ苦難の歴史を知れば、彼はドイツにとってより良い未来を選択するのではないか。そう思うのだが」
「つくづく、日本人とはお人好しの民族だとしか思えない発言ですね。あの男の妄言に踊らされて、我が国は取り返しの付かない罪を犯した。私にはあの男の演説など、誇大妄想家の虚言としか思えない・・・しかし、貴方の意見には聞くべき所はある。それは認めます」
「どうも」
いつまでも覚めやらぬ興奮に沸く人々を眺めながら、新居はつぶやいた。
演説の後、休む間もなく総統官邸に戻ったアドルフ・ヒトラーは、軍部から次々と上がって来る報告書に目を通していた。
「失礼します。総統閣下、コーヒーをお持ちいたしました」
「うむ、そこに置いておいてくれたまえ。後で頂くことにする」
「・・・・・・」
報告書を読むのに没頭していたヒトラーは顔を上げた。
「クーリヒはどうしたのかね?」
いつも自分の身の回りの世話をしてくれる兵士ではない、少年を見てそう聞いた。
「はい、クーリヒ上等兵は風邪を引かれたそうで、閣下にうつしてはならないとの事で、代わりに閣下のお世話をと・・・」
「そうか、クーリヒには大事を取るように伝えてくれたまえ」
「あの・・・」
「うん?」
そこで、ヒトラーはまじまじと少年を見詰めた。
「君の名は?」
「はい、ハンス・ボウマーです。閣下」
茶色の開襟シャツの制服姿から、ヒトラー青少年団[ヒトラーユーゲント]の1人だろう。
「そうか、ハンス君。私に何か言いたい事があるのかね?」
「・・・は、はい。出過ぎた発言とは思いますが、いつも朝から働き詰めではお身体に障ります。クーリヒ上等兵も、心配なさっておいででした。少しお休みになられた方がよろしいのでは・・・」
「君は私が他国の支配者のように、国民を戦場に送りながら、自分は贅沢な部屋でのんびり酒を飲んでいた方がいい。というのかね?」
「も・・・申し訳ありません」
慌ててボウマーは頭を下げた。
「はっはっは。そう畏まらなくてもいい、君の進言は聞くべきものがある。クーリヒが戻って来た時に私が寝込んだりすれば、君が叱られるだろう。少し休憩しよう」
そう言ってヒトラーは、コーヒーカップを手にとり香りを楽しみながら、黒い液体を喉に流し込む。
「うむ、美味い。疲れが吹き飛ぶようだ」
「恐れ入ります」
満足そうにつぶやくヒトラーを見て、ボウマーは嬉しそうに微笑んだ。
彼は、尊敬する人物と同じ空間にいる事に至福を覚えていた。
コンコン。
ノックの音。
「入りたまえ」
「失礼します」
執務室に入ってきたのは、女性だった。
ヒトラー政権の第1副首相ロザリンダ・ベレ・クラウゼン。
彼女は、謎な存在である。
10年ほど前から、ヒトラーの側で彼を支えている。
噂では未来を予知する能力があると言われているらしい。
「閣下、私は外に」
ボウマーは、退室しようとした。
「いや、それには及ばない。君もここにいなさい。ローゼ君、何かね?」
「はい、海軍司令部から先のデンマーク海戦で損傷した、戦艦[ビスマルク]の修理が完了したと報告が入りました。いつでも戦列に復帰が可能との事です。それと、[U-XXI型]の試験航海も完了。新型兵器の試射実験も成功と報告が入りました」
史実と異なり、戦艦[ビスマルク]は撃沈されずにイギリス海軍の追撃を振り切り何とか帰投出来たのだった。
戦艦[ビスマルク]は、修理と改修を受け、再び戻ってきた。
「そうか、海軍司令部にご苦労だったと伝えてくれたまえ」
「それと、空軍司令部より新型機の実戦配備が完了したとの報告も入っております」
クラウゼンの報告にヒトラーはうなずいた。
「イギリスは内乱状態だ、放っておいても崩壊するだろう。今年中にロンドンにハーケンクロイツの旗を立てて見せよう。これで、ヨーロッパは我が第3帝国と同盟国で統一できる。後の問題はスターリンの身柄を拘束する事と、アメリカの動向だな」
「アメリカは現時点では問題なさそうです。ルーズベルト大統領は、日本に気を取られて、こちらに見向きもしていません。放っておいても問題ないかと・・・念の為に[U-XXI型]を大西洋に差し向けるだけで十分です。いざとなれば、東海岸の都市への対地攻撃の手段もあります」
「日本か・・・」
一昨年の三国同盟破棄には少し腹が立ったが、今にして思えば幸運だった。
アメリカが、あの国に気を取られている以上、余計な手出しはしてこないだろう。
「それと、南米の親独派の勢力が動きそうです。事態は我が国に有利に働いています」
クラウゼンの報告を聞きながら、ヒトラーはある国の事を考えていた。
大国アメリカ合衆国に真っ向から立ち向かう小国。
あの国は、どんな未来を視ているのだろうと。
策動の太平洋 序章をお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。




