策動の太平洋 第2章 護衛艦をぶっ壊した男
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
1942年1月下旬。
ハワイ諸島オワフ島ヒッカム航空基地。
アメリカの統治下であった時は陸軍航空軍の航空基地であったが、現在は日本の占領下で菊水総隊陸海空自衛隊の共同航空基地として使用されている。
そこに、1機のC-2輸送機が日の丸マークを常夏の太陽に照らされながら、着陸してきた。
「はあ~、着いた、着いた。さて、麗わしのお姉様がたは元気かな」
タラップを降り、オワフ島の大地に足を着けた白い夏服姿の自衛官が、太陽の光を眼鏡に乱反射させながら、これ以上ないくらいの軽い口調でつぶやいた。
氷室匡人2等海佐は雲1つない青い空を見上げていた。
真珠湾内の軍港に係留している、ヘリ搭載護衛艦[いずも]艦内の資料室で、アメリカ合衆国海軍レイモンド・アーナック・ラッセル少尉は様々な資料に目を通していた。
勿論、日本語が読めないため英文で書かれた資料限定であったが。
わからない物は、聞けば教えてもらえるのであまり不自由はしなかった。
現在彼らは第1護衛隊群首席幕僚の村主京子1等海佐が彼らの保証人になるという形で、行動の自由を保障されていた。
即日解放され、押収された私物も返却された。
しかも、護身用に持っていた拳銃までもだ。
正直、一瞬だが実弾が抜かれていないのを確認した時、目の前にいる村主を人質に取って逃走する。という考えが過ぎらなかったと言えば嘘になる。
(試されている)
そう感じて止めた。
そして[いずも]に連れて来られて、村主から全てを告げられた。
80年後の時代から時を越えてやって来た未来人。
彼女が包み隠さず語ってくれた事実に、さすがに衝撃を受けた。
そして、太平洋戦争(大東亜戦争)で、アメリカが勝利する事、その後の世界がどんな歴史を歩むかを教えられた。
「貴女たちは、歴史を変える為に来たのですか?」
レイモンドの問いに、村主は薄く笑った。
「私たちにできる事は、些細な事しかない」と。
歴史を変えるのは、軍事力では無い。今を生きる全ての人々の力だと村主は語った。
戦争は人間の文明を発展させるのに、確かに寄与した。
様々な兵器を開発した発明や研究や技術は民間に転用され、それが人間の生活水準を向上させる一因には確かになっている。
だが、それがどうした。第1次、第2次世界大戦であれだけの犠牲を出しながら、戦争はなくなるどころか、ますます凶悪化している。
文明は向上しながら、人間そのものは退化していっている。
征服したアメリカ人と征服されたアメリカ人。その2つの血を受け継ぐレイモンドにはそう思えた。
「未来の出来事の原因は、過去に蒔かれた種に起因する・・・か。哲学みたいなセリフだな」
考えても、考えても答は出ない。
「はぁ~、僕が考える事なの?責任取れないよ・・・こんなの」
ぼやきにも似た、つぶやきをもらす。
「少尉、コーヒーを淹れてきました」
資料室のドアを開けて、マーティ・シモンズ2等水兵がトレイを持って入室してきた。
「ありがとう」
自分の前に置かれたコーヒーカップを手に取って、レイモンドは礼を言った。
「これは?」
一緒に置かれた、お菓子の入った皿を見て聞いた。
「スグリ大佐が、甘い物を食べると頭がスッキリするからと、そう言っていました」
「ふ~ん、大佐がねぇ・・・」
自分たちより遥かに上位の階級の村主を普通に友人のように呼びながら、クッキーを口の中に放り込んだ。
「そういえば、マーティ。君はこの空母の乗員とよく話をしているそうだけど・・・」
「日本語を教えてもらっています。日本語がわかれば、連中の考えている事も色々わかると思って・・・」
「そう、それで?」
「・・・・・・」
マーティは口籠った。それは、自分の考えをどう表現すればいいのかわからないように見えた。
「少尉・・・日本はアメリカの敵ですよね・・・」
「まあ、交戦状態だからそうだね」
「みんな、結構親切なのです・・・これって、おかしくないですか?」
「・・・・・・」
レイモンドは無言で2つ目のクッキーをつまむ。
まあ、この艦隊の先任参謀である村主が自分たちを客人として迎え入れているのだ。
内心はともかく、表立っては誰も文句は言わないだろう。
「それより、マーティ。悪かったね、僕の我が儘に付き合わせて」
「いいえ、それに少尉は自分がいないと何も出来ないじゃないですか。服の洗濯やアイロン掛け・・・物を置いた場所を忘れて探し回ったり、そこらでつまずいたり、ぶつかったり・・・」
「・・・この時とばかりに言っていないかい?」
事実だけに言い返せないが。
本来なら、上陸してから5日後にはオワフ島を退去して、迎えに来た潜水艦でサンディエゴ海軍基地に帰投するはずだった。
レイモンドは村主に頼んで、日本軍に接収されたアメリカ軍の通信機を使い、迎えが不要になった事を太平洋艦隊司令部に打電した。
もちろん、暗号通信であり、その符丁は彼しか知らないため、レイモンド自身が打電した事はわかるはずだ。
それに、この符丁は1度しか使えない。たとえ、日本軍に知られても後は無効になるため日本軍に利用される事もない。
すでに、対潜哨戒を活発化させている大日本帝国海軍が敷いた、ハワイ諸島全域の領海の哨戒網を突破するのは危険過ぎる。
それなら、回収を中止するよう司令部に指示を出させなくてはならない。
確率は五分五分だったが、どうやら司令部はそれを信じてくれたらしい。
5日後の回収ポイントに潜水艦は現れなかった。
(これは、見捨てられたと見るべきだろうね)
元々成功の可能性の少ない任務だ、当然の結果だろう。
もし、帰りたいと言えば村主は何も言わずに、帰してくれただろう。
そういう女性だ。
しかし、それでは自分の知りたい事の欠片も得られない。
だから、残った。
それにマーティを付き合わせる事になってはしまったが。
ちなみに、[いずも]の艦内に限っては特定の区画を除いてだが、行動の自由は許可されている。MP(警務官)の監視もされていない。
ここまでされると人間は逆に良からぬ事を考えないものかもしれない。
「そうだマーティ、今度[あかぎ]とかいう巡洋艦を視察させてもらうように頼んでみよう。イージスシステムとかいうのに興味があるんだ」
その頃、ハワイ諸島近海で、イージス護衛艦[あかぎ]は、大日本帝国海軍の新型艦である防空駆逐艦、[緋桜]型1番艦[緋桜]との防空演習を行っていた。[緋桜]は昨年の開戦直前に就役したばかりの新造艦で、その名の通り従来の駆逐艦の対潜能力に加えて、対空兵装を強化した、汎用駆逐艦である。
駆逐艦用に製造された三式弾甲型(VT信管型)と対空銃座を装備し、空母、戦艦等の直衛艦として既に3番艦までが就役している。
対空電探と対空、対水上射撃電探は、アナログ式ではあるが、未来からの技術提供を受け、当時のアメリカやイギリスの開発したレーダーの性能を大きく上回っている。
イージス護衛艦や汎用護衛艦には及ばないものの、広範囲の索敵を可能にし、艦隊のレーダー艦としても期待されている。
「教練、対空戦闘用意」
「教練、対空戦闘用意」
艦長の神薙真咲1等海佐の命令を副長の切山浩次2等海佐が復唱する。
[あかぎ]の対空レーダーに無数の光点が映る。
「対空レーダー目標探知。対空目標60機」
レーダー員の報告に、神薙は指示を出す。
「諸元データを[緋桜]に転送」
「諸元データを[緋桜]に転送」
通信士が復唱し、データを転送する。モニターには光点の方向に向かって、砲身を回頭させる[緋桜]が映し出されている。
「SM-2、ESSMスタンバイ」
「SM-2、ESSMスタンバイ」
砲雷長が復唱し、担当員たちがデータを入力する。
「データ入力完了」
「目標、敵先行集団、SM-2撃ちぃ方始め!」
「SM-2、撃ちぃ方始め!」
「一斉発射!」
ピィィィィ!!
警告音と共に、光点が出現し敵性目標に向う。
光点が重なると、その光点は消えた。
「敵先行集団、撃墜!」
「敵機、散開してこちらに向かって来ます」
レーダー員、担当員から次々と報告が入る。
「優先迎撃目標に対し、ESSMで迎撃始め!!」
「[緋桜]砲撃を開始しました」
[緋桜]から発射された砲弾は、散開し向かって来ていた光点の直前で爆散する。
広範囲の光点が、一瞬で消えた。
「すっげぇ~」
担当員の1人がつぶやく。
[あかぎ]の演習はシミュレーションだが、[緋桜]の演習は標的機を使っての実弾演習である。
予測を上回るその砲撃の威力にCIC要員は、モニター画面をただ見つめていた。
「・・・以上が、今日の演習の結果です」
切山からの訓練報告を受けながら、艦橋に戻った神薙は太陽に煌めく青一色の海原を眺めていた。
「情報の共有もそれなりにスムーズにいった。悪くない結果と言っていいな」
正直、大日本帝国海軍の練度の高さには驚かされる。
「戦争を知っている軍隊と、知らない軍隊とではここまで違うのかと思い知らされる事ばかりだ・・・」
真珠湾攻撃に参加したと言っても、[あかぎ]を含めた第1護衛隊群は第1航空艦隊の護衛をしていただけである。
空自と航空艦隊の艦載機、陸自と陸軍は戦闘に参加したが、自分たちはただ、成り行きを遠く離れた場所から見ていただけだ。
[赤城]へ雷撃を仕掛けようと近寄ってきたガトー級潜水艦を、捕捉、撃沈したものの、戦闘をしたとは言えないだろう。
奇襲だから有利だったが、態勢を整えた太平洋艦隊とまともに戦闘になれば、どうなるか。
兵器の性能はこちらが上でも、それを使う人間は80年前も今もさほど変わらない。
意志の強さという点では、自分たちは80年前の日本人に一歩も二歩も遅れを取っている。
神薙はそれが引っかかる。
精神論だけで戦争は出来ないが、勝敗を決めるのはより強い精神力を持った方であろう。
「海はいいですね。今が戦時だという事を忘れそうになる」
神薙はその心情を誰にも語っていないが、それを察したのか航海長が話かけてきた。
「そうだな」
航海長の言葉に神薙はうなずいた。
[あかぎ]のレーダーに映るいくつかの光点は、対潜、対水上哨戒の任務に就いている、真珠湾警備戦隊所属の駆逐艦と第5護衛隊群の汎用護衛艦、統合省国土交通局海上保安本部から派遣されてきた巡視船だ。
「副長、CICから連絡は?」
「ありません。今のところ異常はないようです」
副長の切山浩次2等海佐の返事に神薙はうなずく。
「この間のような、小艦隊の領海侵犯もこのところないようですね」
「威力偵察だろう。元の時代の中国の領海侵犯と同じだな。もっとも、堂々と軍艦でやるだけ漁船を使ってのコソコソした嫌がらせよりは、遥かにマシだ」
「先島諸島の人々は酷い目に遭っていましたからね。中国が崩壊してからは、海賊同然でしたから・・・沖縄県の人々の安全が脅かされているというのに、一部の反戦団体は自衛隊の海上警備行動にも反対していましたからね。いくら言論の自由があるからと言っても、日本人が同じ日本人を見捨てるような発言をしていいものかと思いましたが」
「海上警備行動、治安出動、防衛出動等色々あるが、大半の人々はその違いを理解していないから仕方ないかもしれない。それに、戦闘艦が威圧的に行動するのを生理的に嫌がるのもわからないではない・・・」
「よくよく考えたら、面倒な時代ですね。我々の時代は」
「そうかもな」
わずかに神薙は苦笑した。
海上警備行動とは、領海を侵犯した船舶に対し、警告を発して領海退去ないし停船を促すものだ。停船した船舶には立検隊を乗艦させ、臨検をする。
基本的には海保の警備行動と同じ警察行動である。
警告に従わない場合は威嚇射撃を行うが、武器使用は相手から攻撃を受けた場合の正当防衛と緊急避難に限定されている。
これは水上船の場合だが、潜水艦の場合は異なる。
潜水艦が他国の領海を航行する場合は、国際法に則って、浮上して航行しなくてはならない。
もしも潜航したまま航行した場合は敵対的行動と見なし即刻撃沈しても、国際法上では問題にならない。
冷戦時代に、大国の潜水艦の沈没事故がニュースになる事があったが、これは表向きで、実際は仮想敵国の領海を潜航していたため撃沈されたらしい件もいくつかあるそうだ。
沈没した潜水艦を保有していた国家も、事故と発表するのが常で、本当の所はわからない。
「ふう~」
「艦長、お疲れのようですが。私が代わりますので少しお休みになられては?」
気が付かれないようにため息をついたつもりだったが、切山には見られていたらしい。
「いや、問題ない。帰投すれば休める、今はここで海を眺めている方がいい」
「・・・わかりました」
何か言おうとしたが、切山は口籠った。
神薙が何を思っているかはだいたい見当が付くからだ。
オワフ島の防衛のために、続々と上陸している帝国陸軍と陸上自衛隊。
その中に、第7機甲師団も含まれている。
第7機甲師団はオワフ島防衛の要と言ってもいい。アメリカ陸軍、若しくは海兵隊がハワイ奪還の為に上陸部隊を送って来れば、それこそノルマンディー上陸作戦並の激戦となるだろう。
その戦闘の真只中に息子がいるという事が心配で堪らないのだろう。
実際、息子の司がオワフ島に到着した時に訪ねて来たが、仕事を理由にして会わなかった。
会えば、平常心を保てるかどうか、自信がなかったかららしい。
「母は真面目過ぎる所があるから・・・」
その時応対した切山に、頭を掻いて苦笑しながら彼女の息子はそう述べた。
「母をよろしくお願いします」
別れ際に彼はそう言った。
出来るなら、どんな手段を使っても息子を日本に帰したい。それが、神薙の本心だと切山は思った。
親なら誰でもそう思うだろう。
生真面目さでは神薙と同じ気質の南雲忠一中将でさえ、そんな神薙の様子を見かねていたようで、たまたま会った切山に「少しは肩の力を抜かないと、肝心な時に参ってしまうのではないか」と、忠告したぐらいであった。
「やあやあ、お久~。元気だった?」
軍港に帰港し、桟橋に足を着けた切山を迎えたのは、やたらに軽い声だった。
「・・・・・・」
声の主が何者であるかを確認して、切山は声を失った。
ここにいる筈のない、同期。
別名[護衛艦をぶっ壊した男]。
またの名を[歩く天然危険物]。
あの、[たかなみ]型6番艦[ながなみ]を海賊船に体当たりさせた張本人。
常にトラブルと共に現れる疫病神、氷室が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「氷室2佐、なぜハワイに?」
「なぜって、勿論、神ちゃんのご尊顔を拝しに来たのに決まっているじゃないか」
「神ちゃん?」
「そ、神薙艦長のね」
不真面目を絵で描いた様な笑いを顔に貼り付けて氷室は笑った。
「かっ!!神薙艦長を!?失礼だろう!!上官に向かって!!!」
「あれぇ?真咲ちゃんて、呼んだほうが良い?」
「やめろっ!!!」
わざと言っているのはわかっているが、聞き捨てならずに切山は怒鳴った。
「おやおや、相変わらずの真面目一辺倒だねぇ。ところでさぁ~」
急に氷室が馴れ馴れしく肩を組んできた。
「な・・・何を?」
「神ちゃんにはもう告白したの?ずっと、思い続けているんでしょ?ちょっと年上でも、問題ないし。美人だし。僕が思うに、神ちゃんみたいなタイプは好きになった男には絶対尽くしてくれるよ・・・君がしないのなら、僕が先に告白しちゃおうかな」
「氷室!!ふざけた事を言うのは、やめろっ!!」
腕を振り解こうとしたが、氷室は離さなかった。
「・・・・・・」
「!!?」
耳元で囁いた氷室の言葉に切山は一瞬、表情を変えた。
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