↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染チョロインはギャルゲー主人公から逃げたい  作者: 柊原 ゆず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

第四話 拒絶ルート③


 彼という『呪縛』を振り切り、自分の意志で友達との時間を守り抜いた。

 結衣ちゃんと二人きりで過ごした別の公園での時間は、本当にあっという間で、私は久しぶりに心の底から笑った気がした。彼のねっとりとした視線も、息が詰まるようなマウントも、そしてあの気持ちの悪い『不可抗力』に怯える必要もない、純粋な子供としての時間。

 落ち葉を拾い集めてごっこ遊びをし、ブランコでどちらが高く飛べるか競い合い、喉が渇けば水飲み場の水をはしたなく飲んで笑い転げる。彼と一緒にいる時には決して許されなかった、ただ無邪気で自由な時間。

 夕日が街を赤く染め始め、長く伸びた影が二つ並んで揺れる頃、私たちは公園の出口で立ち止まった。


「今日はすっごく楽しかったね!優奈ちゃん」

「うんっ!私もすっごく楽しかった。また遊ぼうね!」


 私たちは「また明日、学校でね!」と大きく笑顔で手を振り合って別れた。結衣ちゃんの背中が角を曲がって見えなくなるまで見送り、私は家路へと歩き出した。足取りは羽が生えたように軽く、胸の中はかつてないほどの達成感で満たされていた。

 やればできるじゃないか。

 私が毅然とした態度で拒絶すれば、彼だってどうすることもできないのだ。これまでの私は、彼が泣いて大人に縋ることを恐れるあまり、自分の意志を押し殺してただ耐えるしかなかった。けれど、今日のように『今はあなたと遊びたくない』と明確に線引きをしてしまえば、彼はもう私の世界に踏み込むことはできない。

 もし親に泣きつかれたところで、「私と結衣ちゃんが遊んでいるところに後から来て、邪魔をされたから別の場所に行っただけ」と事実を淡々と告げればいいのだ。私は見た目こそ幼い子供だが、中学生の記憶と精神を持っている。感情的にならず、論理的に説明すれば、いくら彼を甘やかす親たちだって、どちらが悪いかくらい分かってくれるはずだ。

 ……そう、大丈夫。私はもう、彼の思い通りにはならない。

 そんな少しばかりの甘い見通しと、彼に打ち勝ったという高揚感を抱きながら、私は自宅の玄関のドアを開けた。


「ただいまー!」

 明るい声を響かせて靴を脱ぐ。しかし、いつもなら「おかえり」と奥から返ってくるはずのお母さんの声が聞こえない。

 ……あれ?

 静まり返った玄関。どこか重苦しい、どんよりとした空気が家の中に漂っているのを感じ、私の心臓がトクリと嫌なリズムを刻んだ。

 気のせいだと思いたかった。けれど、張り詰めた沈黙は、まるで嵐の前の静けさのように私の肌を粟立たせる。恐る恐るリビングに向かおうとした、その時だった。


「優奈ッ!!」


 鼓膜を劈くような、お母さんのヒステリックな怒鳴り声が飛んできた。ビクッと肩を跳ねさせてリビングを覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。

 腕を組み、仁王立ちで私を睨みつけるお母さん。その顔は怒りで真っ赤に染まっている。そして、その横のソファーには、彼のお母さんにきつく抱きしめられながら、ヒックヒックと過呼吸気味にしゃくりあげて泣きじゃくる遥希くんの姿があった。


「お、お母さん……?それに、遥希くんたちも……」

「あんた、今までどこで何してたの!?」


 状況が飲み込めず立ち尽くす私に、お母さんがもの凄い剣幕で詰め寄ってくる。その目には、私への疑念と怒りしか映っていない。


「どこって……結衣ちゃんと、公園で遊んで……」

「嘘おっしゃい!遥希くんを置いて、黙っていなくなったんでしょ!遥希くん、あんたたちが迷子になったんじゃないかって、泣きながらあちこち探し回ってたのよ!」


 え……?

 ドクン、と心臓がひときわ大きく跳ねた。私は信じられない思いで、ソファーで泣いている彼を見た。彼は顔を真っ赤に腫らし、ひどく怯えた小動物のように身を縮めている。彼のお母さんは「かわいそうに、怖かったわね」と何度も彼の背中を撫でている。


「おばさん、怒らないであげて……っ。僕が、僕が優奈ちゃんから目を離したから……優奈ちゃんたち、悪い人に連れて行かれちゃったのかと思って、僕、怖くて……っ」


 震える声で紡がれるその言葉に、私は耳を疑った。

 はぐれた? 探していた?

 違う。私ははっきりと「帰って」と告げた。彼はそれを聞いて立ち尽くしていたはずだ。私が結衣ちゃんの手を引いて走り去るのを、彼は確実に見送っていたはずなのに。


「違うよ、お母さん!私は遥希くんに『帰って』って言ったの!それに、遥希くんが勝手についてきただけで――」

「言い訳しないのッ!」


 必死の抗弁は、お母さんの怒声によってあっけなく掻き消された。私が中学生の精神で組み立てていた『論理的な説明』など、激昂した大人の前では紙切れほどの意味も持たなかった。


「遥希くんはね、あんたたちが心配で、わざわざ様子を見に行ってくれたのよ!それなのに、一緒に行ったお友達の前で彼を仲間外れにして、勝手にいなくなるなんて、なんて意地悪な子なの!」

「そうよ、優奈ちゃん。うちの遥希はね、優奈ちゃんに何かあったらって、息ができないくらい泣きながら帰ってきたのよ。いくらなんでも、やりすぎじゃないかしら」


 彼のお母さんからも、冷たい非難の目が向けられる。いつもは優しいおばさんのその目は、私を『息子をいじめた加害者』として見定めていた。大人たちの目には、『心配してついてきてくれた優しい幼馴染を、意地悪して置き去りにした酷い女の子』という構図が完全に出来上がっていた。

 彼は『私が自分を拒絶した』という事実を、『はぐれて迷子になった私たちを必死に探した』という美談にすり替え、大人たちの同情と私への怒りを完璧にコントロールしていたのだ。あの小動物のように震える背中も、ひきつるような泣き声も、すべてが私を追い詰めるための完璧な演技に違いない。


「違う、違うの……!遥希くんが、結衣ちゃんに嫌なこと言って……!」

「優奈!まだそんな嘘をつくの!遥希くんがそんなことするはずないでしょ!」


 お母さんの手が、大きく振り上げられた。

 パァンッ、と。

 鼓膜を叩く乾いた音がリビングに響き渡った。直後、頬に火が出るような鋭い痛みが走る。

 え……?

 打たれた頬を押さえながら、私は呆然と立ち尽くした。脳が、今起きたことをうまく処理できない。お母さんに叩かれたのなんて、生まれて初めてだった。


「遥希くんと、おばさんに謝りなさい。今すぐに!」


 冷たく厳しい声が、頭の上から降り注ぐ。それはもう、私の言葉を少しも聞く耳を持たない、絶対的な拒絶の声だった。

 涙でぐにゃりと歪む視界の中、私はソファーに座る遥希くんを見た。彼は相変わらず母親の胸に顔を埋めていた。けれど、その腕の隙間から、彼はこちらをじっと見つめていた。泣き腫らした赤い目の奥。そこには、先ほどまでの弱々しい悲しみも、迷子を心配する恐怖も、微塵も存在していなかった。あるのはただ、絶対的な優位に立った者の、昏く冷ややかな嘲笑だけ。

 ――ほらね。僕から逃げようとするから、そんな痛い思いをするんだよ。

 声にならない彼の目が、楽しげにそう語りかけているように見えた。私の全身を、冷たい戦慄が駆け抜ける。


「……ごめん、なさい……」


 震える唇から、屈辱的な謝罪の言葉を絞り出すしかなかった。中学生の記憶があるからといって、所詮は子供の身体だ。論理的な説明なんて、親の盲目的な信頼と、彼の用意周到で完璧な嘘の前では、全くの無力だった。






 翌朝。

 鏡の前に立った私は、少し腫れた左頬を、俯き加減にして髪で必死に隠した。赤く腫れたその痕は、私が犯した『逃亡』という罪と、大人たちから下された罰の生々しい証明だった。

 足取りは鉛のように重かったけれど、それでも学校に行けば結衣ちゃんがいる。彼女と笑い合えれば、ほんの少しでも息ができるかもしれない。そんな縋るような思いで登校した私を待っていたのは、さらなる深い絶望だった。

 教室に入り、自分の席に着く。ふと隣を見ると、結衣ちゃんがビクッと肩を大きく震わせ、弾かれたように私から視線を逸らしたのだ。普段なら笑顔で出迎えてくれるはずの彼女の顔には、明らかな怯えと戸惑いの色が張り付いている。


「……結衣ちゃん?おはよう」


 嫌な予感に心臓を早鐘のように鳴らしながら、恐る恐る声をかける。すると彼女は、今にも泣き出しそうな、酷く思い詰めた顔で私を振り返った。


「ごめんね、優奈ちゃん……。昨日、優奈ちゃんのお母さんから、うちのお母さんに電話があって……」

「え……電話……?」

「うん。昨日、私たちが幼馴染の男の子を置いて勝手にいなくなったから、私たちが迷子になったって大騒ぎになってたんだって……。『その子が泣きながら探し回ってたのに、うちの結衣も仲間外れに加担したんじゃないか』って、お母さん、すごく怒ってて……」


 その言葉を聞いた瞬間、頭を巨大な鈍器で思い切り殴りつけられたような衝撃が走った。目の前がグラリと揺れ、全身の血の気が一気に足元へと引いていく。見えない手で首を絞められたように、息が詰まった。

 お母さんは、私が迷子になったことを心配して、結衣ちゃんの家にまで電話をしていたらしい。そして、そこで私たちが二人きりで遊んでいたと知り、私が『幼馴染を置き去りにした』のだと確信してしまったのだ。大人のネットワークという恐ろしい包囲網が、私の知らないところで完全に私の退路を断っていた。


「お母さんに、『もうあの子と遊ぶのはやめなさい』って言われちゃって……。だから、ごめんなさい……!」


 耐えきれなくなったように、結衣ちゃんはポロポロと涙をこぼしながら顔を伏せ、バタンと音を立てて教科書を開いた。それは、明確な拒絶。これ以上私と関わることはできないという、彼女からの悲痛な会話の遮断だった。

 私は何も言えなかった。弁明の言葉すら喉の奥でつっかえ、ただ呆然と彼女の小さく震える背中を見つめることしかできなかった。何の罪もない結衣ちゃんを、私の身勝手な逃亡劇の巻き添えにしてしまった申し訳なさと、大人たちの行動を読み切れなかった自分の浅はかさに対する凄まじい後悔で、胸がギリギリと張り裂けそうだった。

 彼を置いて逃げた代償は、あまりにも大きすぎた。

 親からの信用を決定的に失い、せっかく自分の意志で手に入れた新しい友達すらも、彼の描いた完璧な『迷子のでっち上げシナリオ』によって根こそぎ奪われた。

 私は今度こそ完全に、誰の助けも呼べない、孤立無援の袋小路へと追い込まれてしまったのだ。






 その日の放課後。

 誰とも言葉を交わすことなく終わった、まるで酸素の薄い水底に沈められていたかのような地獄の一日。教室の引き戸を開け、足を引きずるようにして廊下へ踏み出した私の視界に、真っ先にその姿が飛び込んできた。

 行き交う他の生徒たちの喧騒からそこだけが切り離されているかのように、彼――遥希くんは、当然のように私の教室の入り口で待ち構えていた。


「優奈ちゃん、一緒に帰ろ」


 夕日が差し込む廊下で、彼は私を見つけてふにゃりとした笑顔を向けた。それは、昨日結衣ちゃんと遊んでいた公園に現れた時と全く同じ、無害で無邪気な子供の表情だった。けれど、私はもう痛いほどに知っている。その柔らかい笑顔の裏側に、大人たちの心理すらも盤上で転がすような、底知れないどす黒い狂気が潜んでいることを。

 ヒュッと喉が鳴り、恐怖で声も出せずにただその場に立ち尽くす私に、彼はゆっくりと近づき、逃げ道を塞ぐようにして私の小さな手をそっと握った。


「……頬っぺた、痛かったね。おばさん、ひどいなあ」


 私の顔を覗き込み、昨日お母さんに叩かれて赤く腫れたままの左頬に、彼のもう片方の手がゆっくりと伸びてくる。心配そうに眉を下げ、優しく私の頬を撫でるその指先は、ぞっとするほど氷のように冷たかった。私がこんな目に遭ったのはすべて彼の巧妙な嘘のせいなのに、彼はまるで自分だけが私の唯一の味方であり、唯一の理解者であるかのように振る舞っている。その完璧な狂気に、全身の産毛が逆立つような悪寒が走った。

 やがて、彼は私の耳元にそっと顔を寄せ、甘く、そして酷く冷酷な声を落とした。


「でも、よかった。これで優奈ちゃんは、もう僕のそばから離れられないね」


 それは、私の心にトドメを刺す、決定的な絶望の宣告だった。ハッとして彼を見ると、糸のように細められた瞳の奥に、獲物を完全に囲い込んだ捕食者のような、昏く淀んだ歓喜の色が揺らめいていた。

 ――ああ、そうか。

 私は自分の意志で彼から逃げたつもりが、結果的に、彼が用意した『完全な鳥籠』の中に、自分から嬉々として飛び込んでしまっていたのだ。私が反抗すればするほど、彼はそれを逆手にとって大人たちを操り、私の外堀を完璧に埋めていく。私のささやかな抵抗すらも、彼にとっては私を孤立させ、自分だけに依存させるための都合の良いスパイスでしかなかったのだ。


「さ、帰ろう? 優奈ちゃん」


 絶対に振り解けない強さで握られた手から、彼のどろどろとした執着が、ドクドクと脈打つように私の血管へと直接流れ込んでくるような気がした。

 心の中の何かが、音を立ててポキリと折れた。

 これ以上どう抗えばいいのか、もう何も分からない。私はただ、泥のように重く冷たい絶望に沈みながら、彼に手を引かれるまま、夕闇が迫る帰り道を力なく歩くことしかできなかった。


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。