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幼馴染チョロインはギャルゲー主人公から逃げたい  作者: 柊原 ゆず


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第五話 拒絶ルート④


 あの日、私が自分の意志でようやく押し開けた『外の世界』への扉は、あまりにも無惨で、暴力的な形で叩き閉ざされた。

 親たちの絶対的な信頼という揺るぎない後ろ盾と、周囲の同情を完璧に引き出す巧妙な嘘。それらを自在に操る彼の前にあって、わずか六歳の身体しか持たない私がいかに無力でちっぽけな存在であるか。それを骨の髄まで思い知らされるには、あの一件だけで十分すぎた。

 無駄なのだ。私がどれだけ必死に知恵を絞り、彼の監視の網を掻い潜って足掻いたところで、すべては彼の手のひらの上で転がされているに過ぎない。誰かに助けを求めようとすればするほど、精巧に作り上げられた『可哀想な遥希くん』という虚像が私を追い詰め、最終的には私だけが残酷な悪者に仕立て上げられる。私の抵抗は、彼を遠ざけるどころか、むしろ彼の歪んだ支配欲を正当化し、さらに増長させるための餌にしかならない。

 たった一人の大切な友達――結衣ちゃんを失ったあの日から、私の生活は文字通り『遥希くん一色』へと塗り潰された。

 週が明けて登校した私を待っていたのは、針の筵(むしろ)のような教室だった。

 『優しい幼馴染を、わざと仲間外れにして置き去りにし、泣かせた酷い子』。

 そのおぞましいレッテルは、週末のうちに親たちのネットワークやこどもたちの無邪気な噂話を伝って、狭い一年生の教室中に瞬く間に知れ渡っていた。


「おはよう……」


 朝の教室に入り、小さな声で呟いた私の挨拶に、返事をする者は誰一人としていなかった。


「あ、優奈ちゃんだ」

「遥希くんを泣かせた子だよ」


 返事の代わりに、六歳のこども特有の無遠慮で容赦のない言葉が投げられる。昨日まであんなに明るく笑い合っていたクラスメイトたちが、ヒソヒソと内緒話を交わしている。

 一番の拠り所だった隣の席に目を向けても、そこに救いはなかった。

 結衣ちゃんは、私が席に着くなりビクリと肩を震わせ、まるで見えない壁を作るかのように机の端へと身を寄せた。私と目が合わないように頑なに俯き、鉛筆を握りしめる彼女の小さな背中からは、私に対する明確な『拒絶』と『怯え』が伝わってきた。

 決定的に心を抉られたのは、生活科の授業で行われたグループ学習の時間だった。


「はい、じゃあ近くの人と三人組を作ってくださーい!」


 先生の明るい声が響いた瞬間、教室中が一斉にざわめき、こどもたちが笑顔で手を取り合って輪を作っていく。しかし、私の周りだけには、まるでぽっかりと穴が空いたかのような不自然な空白が広がっていた。誰かと目が合いそうになっても、相手はすぐに気まずそうに顔を背け、別の子のもとへと走っていく。あっという間にグループが出来上がっていく中、私だけが教室の真ん中で、誰からも声をかけられずにポツンと立ち尽くしていた。余り者になる、突き刺さるような惨めさ。耳の奥がじんじんと熱くなり、足元から地面が崩れていくような孤独感が全身を襲う。

 けれど、私はもう、誰かに歩み寄ろうとも、必死に声を張り上げて誤解を解こうともしなかった。唇を噛み締め、ただ黙って自分の足元を見つめる。先生の『じゃあ優奈ちゃんは、ここのグループに入れてもらおうか』という無邪気な配慮と、受け入れる側のこどもたちの露骨に嫌そうな顔にすら、私は心を無にして耐えるしかなかった。

 だって、もう分かってしまったから。

 もしここで誤解を解き、誰かと新しく親しくなることができたとしても、また必ず彼がそれを壊しにやってくる。私が誰かに笑顔を向ければ、その相手は『僕から優奈ちゃんを奪う邪魔者』として彼の標的になってしまう。

 結衣ちゃんのように、何の罪もない誰かを彼の悪意に巻き込んで傷つけ、そして私自身もまた引き裂かれるような絶望を味わうくらいなら――最初から誰とも関わらず、たった一人でいた方がずっとマシだった。そうして私は、自らの心に重い鍵をかけ、教室という空間で完全に息を潜めるようになった。






 キーンコーン、カーンコーン……。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、教室中が一斉に休み時間の賑やかな喧騒に包まれる。クラスメイトたちが楽しそうに声を掛け合い、廊下や校庭へと駆け出していく中、私は誰とも視線を合わせないよう、自分の机の上に腕を組んで静かに突っ伏していた。

 けれど、その孤独な静寂すらも、私には許されない。

 一分も経たないうちに、ガラリと教室の後ろの扉が開く音がする。直後、周囲の空気をわずかにざわつかせながら、迷いのない足音が私の席へと一直線に向かってくる。


「優奈ちゃん、お待たせ!」


 弾むような、無邪気で明るい声。遥希くんだ。

 彼は他のクラスの生徒であるにもかかわらず、まるで自分の指定席であるかのように私の前の席の椅子を勝手に引いて座ると、背もたれに腕をかけながらくるりとこちらを振り返った。そして、突っ伏している私の顔を覗き込むようにして、満面の笑みで話しかけてくる。


「ねえ聞いて、さっきの図工の時間でね、僕、先生に褒められたんだよ。粘土で作った動物、すごく上手にできたんだ。あとで優奈ちゃんにも見せてあげたいな」

「あ、そういえば今日の給食のパン、優奈ちゃんの好きなやつだよね?僕の分も半分とっておいてあげるから、昼休みにまた持ってくるね」


 拒絶されることなど微塵も疑っていない、純粋そのものの笑顔。


「あんなに意地悪されたのに、まだ優しくしてあげるなんて」

「遥希くん、ほんとにいい子だよね」

「なのに無視するなんて、優奈ちゃんってほんとにひどいね」


 遥希くんが私の席に来るたび、周囲のクラスメイトたちからは同情と称賛の混じった視線が向けられ、同時に私への冷ややかな軽蔑がより一層深まっていくのを肌で感じた。

 そんな周囲の空気などどこ吹く風で、彼はずっと、楽しそうに今日あった出来事を一人で話し続けている。けれど、私の耳には、彼の言葉はもう何一つとして入ってこなかった。鼓膜を絶え間なく震わせるその甘く幼い声は、今の私にとっては意味を持たない、ただ脳を直接掻き乱すような不快な『ノイズ』でしかなかった。私は腕の中から顔を半分だけ出し、相槌すら打たず、ただ虚ろな目で窓の外に広がる四角い空を見つめる。返事もしない。笑いかけもしない。まるで魂の抜けた人形のように、彼の存在を完全に無視し続けた。

 それでも、遥希くんは全く気にする素振りを見せなかった。私がどんなに冷たい態度を取ろうと、生返事すら返さなかろうと、彼にとってはそんなことはどうでもいいようだ。私の隣に他の誰もいないこと。休み時間のたびにこうして私の前に座り、私との時間を完全に独占できているという事実。ただそれだけで、彼は心の底から満足そうに、とろけるような笑顔を浮かべていた。

 視界の端でニコニコと無邪気に笑う彼の姿を見るたびに、私の胃はキュウキュウと雑巾を固く絞られるように激しく痛んだ。

 吐き気がする。

 彼のこの無垢な幸福は、私の自由と、友人関係と、人間としての尊厳をすべて生贄にして成り立っているのだ。私が彼を恐れ、周囲から孤立し、絶望の底に沈めば沈むほど、彼が作り上げた見えない『鳥籠』はより強固に完成されていき、彼はその中で絶対的な安心と幸せを手に入れる。その歪みきった構造がたまらなく気持ち悪くて、底知れず恐ろしくて、私は机の下で小さな拳を血が滲むほど握りしめ、ただ休み時間が過ぎ去るのを、息を潜めて耐え忍ぶことしかできなかった。

 春が過ぎ、夏が来て、幾度となく季節が巡っても、その地獄のような日常が変わることはなかった。鮮やかな色彩をすべて奪われ、灰色に塗り潰されたような私の小学校生活は、ただ彼という飼い主に生殺与奪を握られ、静かに飼い殺されるようにして、音もなく過ぎ去っていったのだった。


つづく

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