63.変わったようで、変わらない
城内の廊下でラヴィニアはワゴンでお茶を運ぶ。ルエリアの好きな甘くてピリッとした味のものを。
「王妃殿下、お茶の時間でございます」
ラヴィニアは少し冗談めかして、わざと仰々しく言う。それがふたりのあいだの習慣のようなもので、彼女が安心するのをラヴィニアは知っている。
私室にいるルエリアは、王妃のローブを着ているが、ふとした仕草が昔と変わらない。成人したばかりの少女っぽさを残した表情をする。
「ルエリアが好きなお茶、持ってきたよ。甘くてピリッとするの」
それを聞いて彼女は、ぱぁっと昔と変わらない表情をする。城下町の喫茶で好きなものを飲んでいた頃と変わらないことに、ラヴィニアは安堵する。
ふと、彼女は遠くへ行ってしまったような気がして、ラヴィニアは一抹の寂しさを覚えることもある。ただ、城の中では数少ない彼女が『王妃』ではなく『個人』としていられる存在が自身なのだと理解している。
(ルエリアは王妃になったけど、選ばされたんじゃない。自分の意志で立ってる。あの頃の怯えた表情の彼女じゃない。フレン陛下のおかげかしら)
心の中で呟き、苦笑いを浮かべる。それでも、ラヴィニアは彼女のそばで親友として、女官として支えよう、そう思うのだ。
---
城の訓練場でオレンジ色の髪の若者が剣を振るう。フラヴィオは遠目に国王となった親友、フレンを見る。
いつも人に囲まれていて、以前より無口で、余裕をなくしている感じなのをが少し気がかりだ。
(大変そうだよな……でも、あいつは立場から逃げてない。でも、酒場にいけなくなったのは残念だよな……)
彼は王妃となった妹も最近は凛として立つようになったと思う。昔は母に、家に怯えているだけだった妹の表情を思い出す。
(あいつらの背中を押したのはオレだぞ? ……もう、守る必要はないのだと、わかっている。それでも、兄としては少しだけ、胸の奥が静かにならなかった。……でも選んだのは、あいつらだ)
怯えていた妹が、自分で道を選んで、生きている。フラヴィオはそれでいい、と思った、が少し寂しくもある。
ふっと笑い、彼は訓練に戻る。
---
神殿から遠くに見える城を、アミティエは見上げる。
まだ修繕が続く神殿で彼女は毎日、神官補佐として忙しく働く。そして、祝祭の雰囲気が、日常に戻りつつあることを空気で感じるのだ。
自分は『選ばれなかった』それでもアミティエは自分の今を後悔はしていない。
神殿で並んで立っていたふたりを見て、沈黙の中で揺れなかった姿を見た時、自分がなぜ選ばれなかったかがわかった。
(あたしは、揺れてしまうから。だからあんなことになった)
それでも、彼らはアミティエから奪わなかった。
押し付けることもしなかった。
だからこそ、王と、王妃にふさわしいと彼女は思う。
選ばされるのではなく、選ぶことを知り、選んでいける。だからこそルエリアは『選ばれた』のだ。かつての自身は選ぶことをせず、ただ言いなりになっていただけだった。だから揺れ、あのようなことになったのだとアミティエは考えるようになった。
石の床に落ちた花びらを拾い上げ、アミティエはそれを静かに片付ける。
(揺れないこと、選ぶこと。あたしも自分の道を、選んでいく)
アミティエは、忙しなく仕事を続けた。
---
世界は完全じゃない。でも今日も息遣いを感じ、続いていくのだ。
王と王妃は、まだ遠い。
それでも、今日も鐘は鳴り、世界は歩き続けている。
王も王妃も、周囲の人々も。




