62.世界の音は続いていく
城のバルコニーへ立つと城下町が見え、私の大好きな城下町のざわめきが聞こえ、遠くにいつものように神殿の鐘が鳴り、修繕工事の音も僅かに聞こえる。
神殿の修繕は、まだ完全には終わっていない。毎日工具の音や人の声が僅かに聞こえてくる。
城下町にはもう気軽に行くことはできなくなったが、ここに来ればいつでも城下町の空気を感じることができる。
何事もなかったかのように流れる時。戴冠式の余韻は残っていても、町の息遣いは聞こえる。それが、私の心を暖めてくれるのだ。
祝祭は終わっても、立ち止まらない世界。それをいつの間にか怖いと思わなくなっている自分がいる。呼吸をすることが当たり前のように、時間もこうやって、流れていく。
冷たい石の手すりに指先を置くと、ひやりとした感触が伝わってくる。
王妃の名で呼ばれるようになってから、こうして何かに触れて確かめる癖がついた。
——私は、確かにここにいる。
城の廊下に戻ると、臣下たちが深々と頭を下げる。誰も私と目を合わせない。以前よりも周囲との距離を感じるが、不思議と傷つかない。それは、拒絶ではなく、秩序なのだと今ならわかる。
私が守られる側ではなく、守る側に立った証なのだと。誰も踏み込んでこない『王妃』という立場。少しだけ寂しいと感じることもあるが、誰も敵意の刺すような目線で見ない、拒絶されていないと視線で感じるようになった。
これが『王妃』という立場なのだろう。あれほど私を値踏みするように見てきた貴族たちの視線も少しだけ棘がなくなってきている。最初はぎゅっと縮こまっていた私の心も、最近は少しほどけてきて、現実に馴染んできているのを感じる。
(ただ、フレンには……同じ城の中にいても、会えないけど)
国王になったフレンは会議や、書類、人に囲まれている気配がし、とても近づけないし、会うこともあまり叶わない。たまに廊下ですれ違ったりする時に目線で頷きあうくらいだ。そばにいなくても、彼の息遣いを感じることはできる。おそらく、それが『お互いを信じている』ということなのだろう。何よりも強い絆で。
触れられない時も、話せないときでも『繋がっている』と感じられるからこそ、私は孤独だとは感じない。何も言わなくても、確かに私たちは、わかり会える。お互いを感じられる。
それでも、ふとした瞬間に声が聞きたくなることはある。
それを口に出さずいられる自分になったことを、少しだけ誇らしく思う。
城の一階に降りると、何やら人々の話し声が耳に入る。
「新しい王様も、王妃様も若いよな」
「王妃様は、騎士の家の娘らしい」
「王妃様が神殿で祈った時、何かが光ったらしい」
以前ならぎゅっと締め付けられていた言葉も、そのまま受け止められる。まだ私たちは完全に祝福されていないが、それでいい。拒まれてはいないのだから。
私は立ち止まらずに歩く。
誰かの噂ではなく、自分の選択に応えるため。
私たちは『王』と『王妃』として完全に受け入れられてはいない、存在しているだけだが、今はそれでいい。ただ人の息遣いが聞こえる世界は、いつもと変わらない。それで十分なのだ。
私たちは、ただ立ち続け、選択し続ける。
それは、戦うためではなく、生きるための選択だ。




