59.授けられる冠
神殿の沈黙は続いていた。空間が切り取られたような沈黙も、まだそこにはあった。祈りの歌も、足音も、衣が擦れる音もないただ波打ったように私たちだけが空洞にいるような感覚が続く。
ただ、ステンドグラスの光が落とされるのみで、時間が過ぎているのかさえ、もう曖昧になっている。私の手にさわっと僅かに空気が触れる感触。
騎士や神官、貴族でさえも誰も動かず、ただ、じっと私たちを刺すように見つめる。まるで私たちが王と王妃の器に足りるか観測するかのように。ひとつひとつの視線が、私たちを確認しているような鋭い視線で見る。私の手の裏にじとりと汗が出るが、動けない。
伯父様と神官たちがゆっくりと動き始め、奥から冠が視界に入る。古びた冠はただそこにあるだけでプレヴァリス王国の歴史をたたえ、重い空気を放っている。ステンドグラスの光が僅かに反射し、一瞬だけ光る。
横にいるフレンをちらりと見る。冠が近づくごとに手が震えているのがわかる。呼吸が一度乱れるが、ひとつだけ深く呼吸する。足も動かさずに、彼は正面を見て立っている。
私は彼の半歩だけ横に立ち、彼と同じ場所を見ている。もう紋章は光らないが私の答えはもう決まっている。もう揺らがない。ここにはもう、呼ばれる名前はない。それでも私は、確かにここに立っている。
伯父様が、運ばれてきた冠に触れ、それを持ち上げる。
空洞のようだった神殿の空気が、ぴんと張りつめる。
光が一瞬遮られたように暗くなり、音は何ひとつなく、この空間はしんとしている。
時が止まったかのように誰も動かず、何も聞こえない。
誰の息遣いも感じられない遮断された空間は、私たちの息遣いだけ現実味を帯びていた。
まるで、世界が私たちの答えを待っているかのように。
ただ、静かに伯父様が冠を運ぶ。
そして、フレンの頭上に、冠が掲げられる。
まるで冠というよりプレヴァリス王国の歴史そのものが載せられるかのように。
フレンの視界がわずかに沈み、王冠が載せられる。
ゆっくり冠がおさまったその時、彼はぴくりともせず、ただ、そこにいた。
続いて伯父様が、静かに私の前に立ち、冠を掲げる。
私は一瞬目を閉じる。フレンの方をちらりと視線だけで追うが、距離は変わらない。
ずしりとしたそれが乗った時、重さより、馴染む感覚がした。
私は一瞬視線を落とし、正面を見る。
私たちの頭上に冠が置かれ、並び立った時、わずかに空気が動く。
空間がひとつ深い呼吸をしているような、ゆっくりとした動き方で。
誰も声は発さず、ゆっくりと空間が動き始める。
切り離された空間から現実に戻ってきたような時間の歯車が少しずつ噛み合う。
先ほどまで突き刺さっていた視線が、いつの間にか、重さだけを残して静かに落ち着いている。
フレンは、まっすぐ正面を見据え、立っている。
私も、彼と同じ場所を見てただ立っている。
頭上の冠が、ずしりとしたまま、ただ存在している。
動き始めた時間の歯車は、私たちを現実に戻すには、まだゆっくりで、ただ私たちは現実感のない空間の正面を見つめていた。
歯車は動き出している。
それでも、もう二度と同じ位置には戻らないと、空間だけが知っているようだった。
私たちは並んで立っている。
それは、もう偶然でも、仮の位置でもなかった。




