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この剣は、貴方のために  作者: 凪砂 いる
第十三章 戴冠の日

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58.問われる覚悟

 扉が開かれたその時、一瞬世界がぐにゃりと曲がって見えた。神殿の礼拝堂の天井はいつもより高く、ステンドグラスの光が、現実とは違う色を帯びて落ちている。

 

 フレンを見る視線がいつもの『王太子』を見る視線ではなく、王の器か見定めるように深く突き刺してくる。もう、これまでの世界ではないのだ。ステンドグラスの光が歪んで見え、人の気配がまるでひとつの塊のように見える。

 

 波を打ったように静まり返る礼拝堂には何ひとつ音がないように聞こえ、まるでどこか別の場所へ来てしまったのではないかとフレンは感じる。


 柱の陰もいつもより伸びて見え、嫌でももう自分には逃げ場がないのだ。覚悟を既に問われているのだということを感じさせるには十分な空気だ。


 彼は一瞬ゴクリと息を呑む。そして、正面を見る。


 祈りの歌が、礼拝堂を包み込む。彼は静かに騎士、神官とともに歩みを進め。祭壇の前に立つ。王冠が、遠くに見える。


 彼が祭壇の前に立った時、世界が、息を潜める。


 神官長セシリオが声を上げる。

 だが、それは、もはや一人の神官の声ではなかった。

 プレヴァリス王国そのものと言わんばかりの重厚な、低い声が彼の耳にこだました。


 『この国が、正しいと信じてきたものが誤りだったと知ったとき、お前はそれを、壊せるか』


 フレンは黙って正面を見据える。


 『守るとは、救うことではない。選ぶとは、切り捨てることでもある――それでも、お前は選ぶか』


(俺は、もう迷わない――)


 「もし、愛した者がこの国に仇なす存在へなったとき――お前は、それでも王でいられるか」


 フレンの脳裏に怯え、剣を向けるルエリアがちらつく。

 それでも彼は黙って、一歩も引かずに立ち続けた。


 ---


 伯父様の声、いや、伯父様の声ではなく『王国そのもの』の歴史が重く、低いトーンで私に呼びかける。


 「お前は、名を失う覚悟があるか。『王妃』と呼ばれ、『ルエリア』と呼ばれなくなる未来を」


 私の脳裏にかつて騎士への道を強制されて逆らえなかった自分、剣を持って試合に臨む自分、家族、友人の顔が浮かぶ。

 そして、泉や裏庭でのフレンとの日々が浮かぶ。


 「声を上げられぬ者たちの代わりに、お前は、黙って立ち続けられるか」


 反抗を許されなかった記憶が浮かぶ。

 書斎で掟を知った日。剣を置くと決め、フレンと並び生きる覚悟を決めた日。


「それでもなお、お前は、己を失わずに、ここに立つと言えるか」


 私はまっすぐに前を見据える。

 胸の紋章は、もう光らない。私は、『選び続ける』立場なのだから。

 守られるだけじゃない。選んで、並び立つ。

 

 「私は、失うためにここへ立ったのではありません。選び続けるために、ここに立っています」


 伯父様の声というより、世界が、私たちに問いかける。


 「それでもなお――世界が、お前たちを拒んだとき、お前たちは、立ち続けるか」


 私たちは、一歩も引かずただ正面を見た。神殿は波打ったように静かで、音ひとつなく視線だけが私たちを貫く。


 ただ、フレンが横にいる。触れられないけれど、息遣いは感じられる。自然と私たちの呼吸が揃っていく。それが私たちの世界に対する答えだった。


 静まり返った神殿の中で、私たちはただ正面を見つめる。

 窓から差し込む光が、ただ静かにゆれている。空間が切り離されたかのように音がしない、プレヴァリス王国の歴史が、静かに私たちの答えを待っているように。


 世界は、まだ答えを知らない。ただ、私たちはもうすでに選んでいた。

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