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この剣は、貴方のために  作者: 凪砂 いる
第十三章 戴冠の日

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57.覚悟の沈黙

 朝の光が神殿を包む。いつも差し込む朝の光が、今日はなんだか違って見えた。控えの間にも装飾品が増え、騎士が並んでいる。今日がただの一日ではないことを、嫌でも感じさせられた。

 

 フレンは白い装飾と勲章が施された王族の正装で控えの間に立っていた。衣装も、マントも、いつもよりずしりと重く感じる。まだ王冠はここにはないが、これが『王になる』ということなのかと俯き、手を握る。


(俺は、やれるのか……? 選べる王に、なれるのか……?)


 理解はしていても心はまだ追いつかず、ただ、時が静かに過ぎていく。だが、ひとりではないということも彼は理解している。


(ルエリアは、大丈夫だろうか?)


 隣に立つ人がいるというだけで、彼にのしかかっている重圧が軽くなるわけではないが、楽にはなる。孤独ではないということはこんなにも息がしやすいのかと彼は感じる。


 控えの間の扉がギィ……と重い音を立て開かれ、女官に付き添われ、装飾の施された月白色のローブとマントに身を包んだルエリアが静かに入ってくる。彼女はただフレンの方をちらりと見た。

 その時視線が合い、視線だけで頷き合う。自然とふたりの呼吸が揃っていくのを感じる。まるで「大丈夫」と確認し合うかのように。


 「ルエリア、大丈夫か?」

 「……大丈夫。フレンこそ、平気?」


 彼女は強い。彼は一瞬そう感じた。視線は凛としており、怯えていた頃の彼女とは違い、確かに『王妃』の目をしている。しかし、彼女の手も僅かに震えているのをフレンは見逃さなかった。


 彼は彼女の手を取ろうとするが、直前で躊躇う。今そうするべきではないのだ。ルエリアが彼の方をちらりと見る。まるで「大丈夫だから」と励ますかのように。自身は押しつぶされそうだというのに、彼女はそれ以上の重圧にも凛とした姿勢を崩さない。覚悟を決めた視線をしている。


 ふたり並び立ち、一度視線を交わす。存在を確認するかのように。

 かすかに神殿の外のざわめきだけが聞こえる。

 逆に控えの間は波を打ったように静かな、ただ光が差し込んでいるだけの切り離されたような空間だった。


 開かれない扉が、この先に待つ重圧そのもののように立ちはだかっている。フレンは今すぐにでも逃げ出してしまいたいと思った自分を恥じるかのように隣に立つルエリアを見る。彼女は選んでここに来た。覚悟を決めた目で正面を見ている。


 この扉が開かれた時、もうこれまでの世界には戻れない。『王』と『王妃』としての覚悟を世間から、そしてプレヴァリス王国の歴史から問われる。


 ---


 私が部屋に入った時、フレンの目が若干震えているのを感じた。立つ場所が変わるだけだと思っていたが、実際に目にすると明らかに世界が変わってしまうことを空気で感じる。彼がその重圧に耐えることを選ぶなら、私も彼のそばに立つことを選ぶ。


 月白色のローブにマントという王妃の正装を身を纏った時、岩のような重みが更にずしりと増した。『王太子妃』より更に重い『王妃』という立場にのみ込まれそうだが、フレンの覚悟に、私も並び立つことを決めたのだ。


(フレンがいるから、私は大丈夫)


 私はちらりとフレンを見る。目が合った時、視線で頷きあった。「私たちは大丈夫」と確認し合うように。


 この扉が開いた時、私たちは、今までの世界と全く違う世界に立つ。覚悟を問われる。それでも、私は彼の隣に並び立ち、選び続けるのだ。


 ――もう、戻れない。


 これが私たちの選んだ『覚悟』だから。

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