表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この剣は、貴方のために  作者: 凪砂 いる
第十二章 戴冠までの日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/66

56.戴冠前夜、包まれる時

 照明を少し落とした寝室に、しんとした静かな時間が波打つ。明日は戴冠式だというのに私は眠れず、窓から遠くに見える神殿の灯りをぼうっと見ていた。

『王太子妃』としての自分にもまだ慣れていないのに、明日からは私は『王妃』になる。『ルエリア』としての私はどこにいったのだろうか。

 

 ここまで来たのも、自分で選んできた結果だ。剣を置き、フレンの手を取ることから始まり、色々あった時も、選んできた。『公』に身を置く立場になるほど『私』個人としての輪郭が曖昧になる。でも、私はこの道を後悔はしていない。


 私は左手を顔の前にかざす。金の装飾の指輪が『妃』としての私なら、『ルエリア』としての私は――ふと、視線を落とすと、胸元の百合の紋章が目に入る。これが『私』。コルシー家とアルデンツィ家の血を引く『ルエリア』。私の視線がゆらりと揺れる。


 その時、「コンコン」と控えめに扉を叩く音がする。

 私は扉の方を向く。扉に向かう前、声がした。

 「ルエリア?」

 「フレン? ……入って」

 正装ではない、少し『私』の部分が入った衣装でフレンが入ってくる。彼は私の隣に立ち、ゆっくりと私の顔を見る。


 「……起きてたのか、少しだけ、顔が見たくて」

 私の心が暖まり、ゆっくりと頷く。


 「眠れなくて……」

 「……俺もだ。しばらく、こうしていようか」


 静かに、彼の方へ抱き寄せられる。彼の鼓動が、私にも聞こえる。それが私の心と繋がっているようで落ち着く。私は、うっすらと目を閉じる。包まれている。それだけで、張りつめていたものがふっとほどけていく。


 その後、彼に手を取られ、部屋のソファに腰を下ろした。彼が一瞬視線を逸らす。

 肩が触れるか触れないかの紙一枚挟んだような、近くて遠い微妙な距離で。

 ふと、視線が交わり、彼がふっと微笑む。

 私は少しだけ、首を傾げる。


 「……いよいよ、明日だな……」

 「……そうだね、やっぱり、緊張する?」


 彼は少し視線を落とす、そして、呟く。


 「王になるっていうより……明日から、立つ場所が変わるだけ、みたいな。さっき、おふくろと話して、親父のことを思い出して……」

 彼が古びた指輪を取り出す。

 「……親父の形見だって、これを渡されて。俺、子供だったから親父のことあんまり覚えていないんだ。それでも、これを持っていると、親父も見てくれている気がして――」

 私は静かに頷く。

(ふたりでこうしていると、あんまり実感ないな。明日から立つ位置が変わるだけ)


 フレンは視線を落としたまま、少し震えた声を出す。

 

 「怖くない、とは言えない。でも隣にルエリアがいるなら……俺は、選べる」

 

 私はゆっくりと、口を開く。

 

 「隣で一緒に選ぶ。どんな時も」

 

 彼の揺れる視線と、私の視線が、ゆっくりと静かに交わる。

 フレンの呼吸が少しずつ、落ち着いていく。

 私は、そっと彼の背中に手を触れて、ふわりとさすっていた。そうすることで、私も自然と心がほどけていった。


 「……ルエリア」

 彼がゆっくりと私に顔を近づける。私は目を閉じて静かに頷く。

 フレンの手が私の頬に触れ、ゆっくりと口づけが落とされる。

 私は心臓の鼓動が早くなるが、何故か気持ちは落ち着いていた。

 ゆっくりと彼の背に手を回す。

 視線が交わるたびに、私は包まれるように安心する。

 彼の隣にいるから私は輪郭を見失わない。

 

 (フレンがいるから、私は『ルエリア』に戻れるんだ)


 私の視界が、少しだけ滲む。


 「……大人になったばかりの君に、重い責を背負わせている……本当に後悔はしてないか?」

 「後悔していないから、ここにいるの。隣に立つって、決めたから」


 私が呟くと、彼の瞳の奥が更に揺れる。少し、涙がこぼれ落ちている。

 もう一度、彼のほうに抱き寄せられ、口づけが落とされる。私は、あたたかい空気に包まれて、身を任せていた。


 神殿の鐘が遠くで鳴っていることに夜の深まりを感じる。私たちは、その音を聞きながら明日を迎える覚悟をしたように、見つめ合っていた。


 明日、私たちの世界は変わる。

 でも今夜だけは、ただの夫婦でいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ