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この剣は、貴方のために  作者: 凪砂 いる
第十二章 戴冠までの日々

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54.選ばれないからこそ、見える道

 朝、淡い茶色の髪をふわりと揺らしながら、彼女は、さっさっと神殿の掃き掃除をする。


 橙色の混ざった光が、やわらかく神殿を照らしている。

 アミティエは、空をふと見上げた。


(終わったんだ……何もかも)


 少し重い体を引きずるように、彼女は神殿の朝の掃除を始める。魔力を封印された彼女に与えられた新しい役割は『神官補佐』。神職見習いのような立場の彼女は、礼拝堂に散らばる花びらを箒で集め、残った花を片付ける。

 残った装飾をひとつひとつ丁寧に拾い集め、片付けていく。彼女は涙も見せなかったが、指先はかじかみ、箒を持つ手に力が入りすぎていた。ただ、祝福の後の神殿の片付けを淡々と進めていった。


 片付けられていく残骸を集めるたびに終わったという感覚が彼女に残って行く。それが終わっても、アミティエの仕事も、世界も、続いていく。


 「……神殿の清掃、終わりました」


 彼女は神官に報告をする。若い神官は柔らかく頷く。


 「よく務めました。アミティエ」


 それを形式張った顔で頷く。その後も礼拝の準備、使用する香の用意など神官補佐としての仕事は山積みだ。


 彼女はふぅ、とひとつため息をつく。誇らしさなどはない。ただ毎日の務めを投げ出さずにこなしている自分がいることだけは、認めたいと彼女は思う。


 「アミティエ、礼拝堂に香の用意を」

 「……承知しました」


 香の用意が終われば、書類仕事の補佐。目まぐるしく過ぎていく日々に、アミティエは、これでいいと思う。忙しさに紛れていたほうが余計なことを考えずに済むからだ。


 務めがひと段落つき、神殿の外で深く呼吸をするアミティエに、男性が後ろから声をかける。


 「アミティエ……さん」

 彼女が振り向くと、オレンジ色の髪がなびく鎧姿の男性――フラヴィオがいた。

 

 「フラヴィオ様、どうされたのですか? こんなところで」

 

 アミティエの視線が、少しだけ落ちる。

 

 神殿の外で自然とふたりだけになる。ただ、空気は少しぎこちない。

 「神官補佐って……忙しいのか?」

 

 アミティエは首を振る。

 

 「いいえ。……今は忙しい方が、気が紛れます」

 

 フラヴィオは曖昧な表情で言葉を返す。

 「そっか。……今日はいい天気だな」

 そう言って空を見上げる。


 「……ええ。神殿の鐘の音は綺麗で。空も――澄んでいますね」


 ふたりの間に、しばしの静けさが流れる。

 風の音だけが彼らを包む。


 「……オレたち、なんか似てないか?」

 「何がですか? ――私は選ばれなかった者。フラヴィオ様には家の役割があります」

 「……役割から、オレは選ばれなかったんだよ」

 「選ばれないからこそ、見える道も、あります」


 ふと、ふたりの視線が交差する。


 「また、話に来ても――」

 フラヴィオが言いかける。アミティエはただ、微笑むだけで言葉は返さない。


 アミティエは、神殿の私室に戻り、書物を開く。

(あたしは、学び直して――神殿で務めを果たすだけ)

 魔術師としてではなく、神職として、学び直す。

 それは彼女の静かな、誰にも言わない密かな決意だった。


 魔力の枷は解かれたが、彼女はもう魔術師として生きる気はなかった。神殿での日々が少しずつ彼女を変えていったのだ。神殿で教えに触れ、務めを日々果たすうちに。


(あたしは、あたしの道を生きる)


 神殿の鐘の音がいつものように響く。いつもと同じはずなのに、アミティエにはなぜだか違って聞こえた。神殿での日々は、静かに過ぎていく。


 アミティエは書物を閉じ、本棚に入れる。

 枷の痕はまだ残っている。彼女はそれでもいいと思った。自分の過去の痛みも含めて、今日も生きようと、彼女は軽く手を握りしめる。


 そして、立ち上がり、私室を出て、神殿の回廊を歩き出す。

 コツン、コツンという足音だけが神殿に重みを持って響きわたっていた。 


 ただ、彼女の後ろには、静かな光がさしていたのだ。

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