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この剣は、貴方のために  作者: 凪砂 いる
第十二章 戴冠までの日々

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53.妃として立つ

 「――妃殿下、謁見のお時間でございます。広間に」


 女官の声に私の顔が引きつる。『王太子妃』としての最初の公務。それは、騎士団、魔術師会、神殿関係者との公式な顔合わせだった。個人としては知っていても『ルエリア』としてではなく『王太子妃』として顔を合わせる。


 私のあとに、女官の列が続く。着用している衣装も、王族として公式なものとなる。それがどうもしっくりこないまま、全身が引きつっている。衣装の重さと公式な場では笑顔を崩せないという緊張感で、手元には汗を握る。

(これだから騎士の娘は……ってもう言わせない)

 私は背筋を伸ばし、静かに広間への回廊を歩く。目線は真っ直ぐ前を見据えて。しかし全身の動きが、どこか硬く、引きつっていた。


 広間には貴族代表として魔導師会幹部、そして騎士団幹部、神官たちが控えていた。私は先に立っているフレンの横へ、歩みを進め、彼の横に立ち、正面を向く。ただ、正しいのかわからない動作を、ぎこちなく行う。沈黙の中に祝福だけではない雰囲気を感じる。


 集まった人々――特に魔導師会側の上から下まで何かと比べ、値踏みするような、ねちっこい私を貫く視線を感じる。


 「この度はおめでとう存じます――お若い妃殿下で。こんな若い娘に務まりますやら」

 「騎士の家出身の妃殿下……王家はどうなっているのやら」


 魔術師会館部のやわらかな口調のナイフが突き刺さる。私は引きつりながらも笑みをたたえ、見据える。


 ちらりと騎士団側に目をやると、団長の父が公式な場の厳格な視線で見ている。後ろには幹部として母もいる。もう『親子』ではなく『王太子妃と騎士』なのだということを、まざまざと実感する。


(立っているだけで、疲れる……)


 神官側の方を向くと、神官長の伯父様が厳格ながらも「大丈夫だ」といいたげに視線で目配せをする。それで少しだけ力が、抜ける気がする。


 私の隣にいるフレンは、ただ凛として立っている。言葉を挟まず、時々私の方をちらりと見、目線だけで頷く。彼の距離が半歩だけ私に近づく。私はそれに勇気づけられるようにふわっと気持ちがあたたかくなる。横にいるだけなのに、彼の僅かな動作に安心する。私は、再び姿勢を正して正面を向く。


(もう、ひとりで戦わなくて、いいんだ)


 私たちはそれぞれ祝福を受け、微笑みながらどこか圧のようなものを感じていた。今までにない『公』の立場が初めて私にずしりとのしかかった。


 私室に戻ると、身体がずしりと重くなり、笑みをたたえていた顔は筋肉の鈍い痛みで引きつり、足は重りを着けたように動かせずにいた。

 鏡台の前に座ると、引きつって疲れがにじみ出ている見たことのない私が映っている。

 さっきの言葉のナイフが遅れて私に突き刺さる。少し遅れて、視界が滲む。

 指もむくみ、痛みで指輪が邪魔に感じる。全身が岩に乗られたかのように重く、これが『王太子妃』の現実の重さなのだと思い知らされる。


(初めての公務はこなせたけど……これ、しんどい)


 心の中でひとり呟く。


 窓辺を見ると遠目に神殿が見える。結婚式の日から神殿が少し遠いもののように感じ、『これが現実の始まり』ということを思い知らされる。

 ただ窓の光に橙色が混ざり始め、時間が過ぎていってることだけはわかった。


 明日も同じように重い衣装を着て、立ち続けるのだろう。

 それだけが、はっきりとしていた。


 窓の外には風に揺られる花が見える。まるで私の心のようにゆらり、ゆらりと揺られている。


 私は、ただ窓の外を眺め、時間が過ぎていくのを重くて痛む身体と、沈んでゆく心で感じていた。

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