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この剣は、貴方のために  作者: 凪砂 いる
第十一章 選び続ける光の中へ

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51.あなたという光の中へ

 祈りの音楽が、人々のざわめきと溶け合い、神殿内に静かに満ちていた。

 天井のステンドグラスからは、きらびやかでありながら抑えられた光が落ちてくる。

 それに呼応するかのように神殿の礼拝堂にある魔法灯の光がゆらりと揺れる。


 礼拝堂の奥、光の神アウレシアを祀った祭壇の前、中央には神官長セシリオ。そしてフレンが立っていた。白い王族の正装を身にまとった彼の手には内側に汗が握られている。胸元にある王家の紋章を見て、フレンは姿勢を正す。


 視線は正面を見ていたが、どうしても大扉の方に吸い込まれる。神官が、香炉の位置を調整し、一瞬ふわっと香が漂う。まるで祝福のように。祈りの歌の演奏が淡く、静かに続いており、彼の意識の中で少しだけ音が遠くなる。


 人の気配が、息を潜める。

(もうすぐ、ルエリアが来る。彼女の人生の責任が――俺にも降りる。彼女を守るのではなく、並び立つ)


 神殿の外のざわめきがわずかに漏れ聞こえ、すぐかき消される。

 足音のようなものが一瞬止まり、ギィ……と大扉の蝶番が低い音を立て軋む。


 フレンの喉の奥はカラカラに乾いており、視線が、指輪へと落ちる。

 一瞬、それに触れたくなり手を伸ばしかけて――指先を引き戻した。


 扉が開かれたその時、外の光が帯のように礼拝堂の中央に差し込んだ。

 その光が舞い上がる香の煙や埃を照らして金の粒のように瞬いた。

 ギィ……と更に扉の開かれる音が、礼拝堂に響き渡る。人々の衣が一斉にかすかな音を立て、扉に視線を向けごくりと息を呑む音がする。


 光の中にヴェール越しの輪郭と、彼女の父の腕に添えられた手が見える。

 光りに包まれた彼女にはまるで翼が生えたように、その輪郭は凛とした百合の花のように見える。


 一歩、彼女のドレスの裾が光の帯をさらりと踏む。


 ヴェール越しのルエリアの菫色の瞳はまっすぐフレンを見つめ、口元には確かな決意が滲んでいる。


(――彼女は、選んでここまで、来てくれた)


 ゆっくりルエリアと、彼女の父ヴァレリオが歩みを進める。

 ルエリアのコツンという足音が静かに、重く響き渡る。一歩進むたび、床音が神殿に響く。

 

 彼女を見た列席者は、黒に金の装飾の儀礼服に身を包んだ騎士団員は誇りに満ちた、だが少し複雑な表情をしており魔導師会員を中心とした貴族たちは品定めをする目つきで彼女を見る。

 神官長セシリオを中心とした神職たちは祈るような目で彼女とその父を見つめている。


 フレンはふとルエリアの胸元の百合の紋章を見る。それは光らず静かに彼女の中に存在している。彼はふっと安堵する。

 一瞬、呼吸が浅くなっていることに気づいたフレンは、呼吸をひとつ深く整える。手はルエリアを迎えに行こうとするが、王太子という立場がそれを押し留めた。


 祭壇の前に到着したルエリアの横で、ヴァレリオが、セシリオと黙って目礼し、フレンに向き直る――その時、列席者の気配が波を打ったように静まりかえった。


「娘は自分で選んでここに来ました。あなたも、彼女とともに――」


 そう低い声で呟き、フレンを見据える。フレンもまっすぐ言葉を返す。


 「彼女の選択に恥じぬよう、彼女の意思を妃としてではなく――『彼女個人』として尊重します」


 ヴァレリオは目で頷き、ルエリアの手をそっと外す。

 ルエリアは一瞬だけ指を握り直す仕草をし、その手をフレンがそっと受け取った。


 彼女からふわりと百合の香りがした。かすかに微笑みを浮かべ、表情を戻し、凛とした表情で正面を向き直す。


 その時、神官長の厳かな声が神殿に響き渡る。


 「これより、婚姻の儀を執り行う――」


 フレンは、真っ直ぐ前を見つめ直した。迷いのない、未来を見据えた表情で。

 彼は、一瞬ルエリアの手にそっと触れた。


 ---


 ――そっと触れたフレンの手が、暖かい。

 周囲のざわめきも、音楽もどこか遠く感じる。


 一瞬、呼吸が浅くなる。目を閉じ、ひとつだけ呼吸を整えてから、前を見る。

 伯父様が、柔らかくも厳格な表情で、私たちを見つめる。

 心臓の鼓動が、次第に早くなり、そのたびに手の内側から汗が出るのを感じる。


 伯父様の声が、低く、深く響き渡る。


「フレン・デ・ヴァローツァ。あなたは王太子として、この婚姻によって生じるすべての結果を――王国の責として引き受ける覚悟がありますか」


 フレンは深く頷き、「あります」とはっきりとした声で告げる。


 伯父様の視線が、続いて私の方に向けられる。


 「ルエリア・アルデンツィ。あなたは王太子フレン・デ・ヴァローツァの妃として、神と王国の前に、定められた道を歩み――失うものの重さを知った上で、それでもこの誓いを受け入れますか」


 私は、静かに目を閉じる。

 定められた道――かつての母の叱責が頭をよぎる。

 「――ルエリア、わかってるわね? うちは先祖代々王家に仕えてきた騎士の家系という意味を」

 母の声が、頭の中でこだまする。私は一瞬目をぎゅっと閉じたあと、目を開き、まっすぐと向き直る。


 「定めではなく――私の意思で立ち、これからも選び続けていくことを、誓います」


 ふっと伯父様の瞳がやわらかくなった。


「それでは――誓いの言葉と証の交換を」


 フレンがふっと目を閉じ、まっすぐ私を見つめる。その眼差しは見たことのないくらい真剣で、やわらかいものだった。


 「ルエリア。俺はじき王になる。だが、王である前に——君の隣に立つ。君を従わせない。君の意思を、俺の隣で生かす。俺は選び続ける。逃げず、目を逸らさず、君と国のために――君を、愛している」


 私の胸が一瞬熱くなる。そしてこれまでのことが頭に浮かぶ。

 泉で再会した日。剣を置き、フレンと生きることを決めた日。傷ついて――神殿が崩壊した日。神殿の瓦礫に消える兄の姿。

 (全て、私たちが選んできた先に、ここにいる)


 フレンが、少し震えながら、私の手をそっと取る。私は目線で頷く。

 彼の手から私の指に、金の装飾が施された誓いの指輪がはめられる。すっと暖かくなる感覚がする。


(これは鎖じゃない――私たちが選び続けるための、絆の印)

 

 その時、静かにあるだけだった胸の紋章が揺れず、強く、静かに光り――神殿の光と混ざりあった。


 一瞬、神殿がざわっとし、静まる。


 そして、私もまっすぐフレンを見つめる。


 「あなたと並び、これからも選び続けます。妃としてではなく――私として」


 フレンの手をそっと取り、指輪をはめる。

 彼の目が、少し潤んで、揺れている。


 フレンが私に優しく、確認するような目線を落とす。

 私はそれにゆっくり頷く。


 私は彼に一歩だけ近づき、彼から口づけが落とされる。

 短い。けれど、やっとここまで来た。私たちにとって、たしかに一番のキスだった。


 「……ありがとう」

 口が離れる瞬間。フレンが呟く。


 私は一度だけ客席の方を見る。

 少しだけ肩が震えている父と兄。瞳が潤んで揺れている母――そして微笑むラヴィニアと、最後に真っ直ぐこちらを見るアミティエと、目が合う。


 伯父様が、高らかに声を上げる。


 「ここに、ふたりの婚姻を認めます――光の神の祝福があらんことを」


 神殿内に拍手とざわめきが戻ってくる。

 ふたりで神殿の中心を歩き出す。


 儀礼服に身を包んだ騎士団は胸に手を当て、表情が少し揺れて硬い拍手の貴族。そして、ただ祈っている目の神官。


(私たちは、並んでここに立っている。選び続けるために)


 神殿の鐘の音が、アウレシア様の祝福の声のように響き渡った。

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